第80話 フルリール

 無事に開幕式が終わった。


 私は令嬢達とお話してるソフィアナ様の邪魔にならないよう、天幕で食事やお茶などの提供がスムーズに行くようにセッティング中。


 コウタはライ君と狩りに出た。



「カナデっち、ソフィアナ様に、鳥飛ばす?」

「ソフィアナ様は目視出来るくらいのすぐ近くにいるのになんで?」


「密かに綺麗なレースの追加購入がコータ君が生存する限り可能になったって。

ほら、あそこでソフィアナ様に群がる令嬢達がレース欲しがってたし」


「うーん、そうだね、じゃあ一筆書いて飛ばそうか」

「んじゃ、お願い」



 テーブルセットのテーブルの上でささっと手紙を用意して、鳥の足にミニ筒をくくりつけ、少し離れた場所にいる白雪を飛ばした。

 

 超近距離だけど知らない貴族との会話中に入って行けないから。



 * *


 白雪が令嬢達と歓談しているソフィアナ様の所に着いた。



「……あら、鳥が」


 ソフィアナ様が白雪の手紙に気がついたっぽい。


「まあ! 丸くて可愛い鳥! ソフィアナ嬢の伝書鳥ですの?」

「うちの商人からの手紙ですわ。……まあ!」



 手紙を読んだソフィアナ様が驚いている。



「ソフィアナ嬢、どうかいたしまして?」


「当方の商人のうち、一人が無事生存中は……あの、私が今日身に着けているドレスに使われているレースの入手が可能になりました。ですって」


「まあ! ぜひ紹介してくださいませ!」

「私にも!」

「是非に!」


「ええ、でもその者は今日の狩りにも参加しておりまして……」

「まあ! その者が生存しなければ入手不可能になりますのに!

危険な! どこにいるのですか!?」

「当然、目の前の森のどこかにいますでしょうが……」


「その商人の名前はなんとおっしゃるの!?」

「え……コウタですけれど」


「コウタ〜〜!! 出て来なさいな!」

「コウタ殿〜〜!」

「まあ、アーシェラ嬢、そんなに大声で、はしたないですわよ」

「ですが! そんな悠長な事をしていて、レース売りが死んでしまっては元も子もないのですわ!」


「うわ、めっちゃコウタが呼ばれてる」

「マジだ、ウケる」


 最近集中すると、ちょっと離れた場所の声までも聞こえると思ったら、狩人のレベルが上がっていて、聞き耳スキルってのがついていた。



「ああっ! お嬢様! お待ちください!!」



 護衛の人が止めるのに、痺れを切らした令嬢はあろうことか、森にドレスのまま突撃しようとしている!

 美しいレースへの執着心が凄い!!


「まあ、抜けがけはいけませんわよ! アーシェラ嬢!」

「お待ちになって!!」


 ズザザザザッ!!



「ヤバ! ドレスの令嬢達が森に突撃して行く!」

「うわ、どうしよう! 在庫こっちにも今預かっていますッて呼び戻そう!

森で魔物と遭遇したら危ない!」



 私は走りだしつつ、叫んだ。



「ソフィアナ様〜〜! レースの在庫なら多少預かっております〜〜!!」



 紗耶香ちゃんも声をあげた。



「令嬢達を止めて下さ〜〜い!」

「素敵なレース! こちらにありまーす!」


 スキルのアイテムボックスから直接出してると思われたくないので、私は鞄からレースを出して振ってみた。




「!! お嬢様方! レース売りがあちらにいましたよ!」



 護衛の声が聞こえた令嬢達が一斉に振り返る。



「「なんですって!?」」


 ドドドドドドッ! 

 野生動物の群れが走って来るみたいな迫力で、令嬢達が今度はこちらに向かって来る!

 私は彼女らに気がついて貰ったので、逆に足を止めた。


 しかし、まるでセール会場!

 危険なので会場は走ってはいけません!


「キャッ!」

「危ない!」


 ああ! ヒールの令嬢まで無理矢理走るから! 

 転けそうな所を護衛が華麗に受け止めた!

 ちょっと乙女ゲームの恋愛イベントっぽい!



「カナデっち! テーブルに布敷いてレース並べようか!?」


 はっ! 見惚れてる場合じゃない!

 紗耶香ちゃんもテーブルの有るとこにUターンしてきた。


「そうだね! 並べよう!」



「はあっ、はあ……っ」

「ハアッ! ハアッ!……息が……っ」



 テーブルの有る所まで頑張って走ったせいで息を乱す令嬢達。

 お、落ち着いて下さい、怖い。



「そ、そのレースを私に!」

「そこの花柄のピンクと白いレース全部わたくしに売りなさいっ」


「まあ! 全部はあんまりですわ、話しあいで決めませんこと!?」

「私もそこのピンクのレースが素敵だと思っていましてよ!」

「私はそこの紫と青のレースを!」


「私が一番高値で買いますわ!」

「え!? まさかここでオークション形式ですの!?」

「それなら公平では!? お金を一番だした者が勝ち取るのですから!」


 いけない、財力に任せた仁義なきレース争奪戦が始まってしまう!

 どうにかしないといけないと思って、私はヤケクソで提案した。


「あの、今日は狩猟大会で、お嬢様方は婚約者や令息達に獲物を貢いで貰うとお伺いしております」


「そうですけど!?」

「ええ!」


「一番強く大きい獲物ではなく、美味しい獲物を貰って来た方から優先して、二種までレースをお選びいただき、お売りすれば、皆様にチャンスが有るかと愚考いたします」


「一番美味しい!? 一番強いのや大きいのでは無くて!?」

「狩りに出た男性陣が無理して強すぎる獲物に手を出し、怪我でもしては大変なので、ここは味で勝負にいたしましょう?」


「く、仕方ないですわね。お金で勝負の方が早かったですのに」



 実際の所、オークションとかそっちの方がこちらは儲かるけど! 

 家門の力、資金で負ける令嬢が気の毒だし、恨みをかいそうだし、この場にいる令嬢は六人いる。


 狩猟大会会場には30人は令嬢が来てるけど、元々ソフィアナ様と雑談し、つるんでいたなら同じ派閥の人達だろうから、こんな事で仲違いはして欲しくない。



「伝令! 私の支持者に美味しい獲物を! 種類を出来るだけ多くと伝えてちょうだい!」

「すぐに婚約者に鳩を飛ばして! 一番美味しそうなのをと!」

「わたくしも!」



 狩猟大会は一部で美味食材狩り大会になってしまいつつあった。

 私は鞄からメモ用紙と鉛筆を数本取り出して言った。



「と、とりあえず、ここに紙があります。欲しいレースの前にお名前を書いて置いて下さい、誰とも希望が被ってないものはそのままお買い上げできます」


 令嬢達が凄い勢いで鉛筆を手に、紙に名前を書きはじめた!

 鬼気迫る勢いだ。

 入試テストじゃないんですけど……!


「私、あちらの方ででお飲み物の用意をいたしますね! 

慌てなくて大丈夫ですので!」


「ちょっと! どれだけお名前書くのです!?」

「全部綺麗だから欲しいのですけど!」

「そ、それはあんまりにも欲張りすぎでは!?」



 また令嬢達が小競り合いを始めた。



「当方の商人仲間が無事なら、また入荷は可能なので、落ち着いて下さいませ! 

全く同じ物があるとは限らないのですが!」


 紗耶香ちゃんがギャル語を封印してフォローを始めた。



「ほら! デザインは変わるかもしれないのでしょう!?」


「そうなのですが、可愛いデザインが多いですし」

「だから目移りして困るのですわ!」

 

 贅沢な悩みですが。


「とにかく、皆様、仲良く……」


 私は令嬢達を宥める紗耶香ちゃんの声を聞きつつも、キャンプセットに火をつけて、鍋にワインを入れた。


 ボオオッ!!


 ワインのアルコールのせいで、めっちゃ火が出た。



「ちょっと、カナデ、大丈夫!? 何をしてるの?」

 


 ソフィアナ様がでかい炎に驚いて、私に声をかけてきた。



「ワインでホットサングリアを作っています」

「え、ワインを火に?」


 令嬢達はヒートアップしているが、今は冬。


「先程は走っていて寒さを忘れておられたようですが、立ち止まって、冷えてきたところではありませんか?」

「あ……」



 令嬢達が、そう言えば……と言う顔をした。



「紗耶香ちゃん、私は今からりんごとみかんをカットするからそっち、どのレースに名前を書いたメモが集中しているかチェックをお願いね」


「は〜い」


「ホット赤ワインにりんごと蜂蜜、スティックシナモン。白ワインにオレンジの輪切り、八角、クローブ、生姜、オレンジの輪切り、八角、クローブ、スティックシナモン、生姜、ローリエの葉っぱ」


 私は呪文のように食材を確認しながら鞄から取り出す。



「赤と白の二種類のワインで作っているの? そんなにフルーツとかを入れて?」


「はい、赤と白のホットワインで作るホットサングリアです。

フルーツなど、美容や健康に良いものを追加で入れます」


 耐熱ガラスにホットワインとフルーツなどを一緒に入れてるから映える。

 令嬢達が集まって来て私に声をかけてきた。


「とても綺麗な持ち手付きのガラスのコップね」

「まって、そんなに熱い物をガラスに入れたら割れるのでは?」

「これは……錬金術師が作った特別な……耐熱ガラスですから大丈夫です」


 うっかり出したけど、オーバーテクノロジーなグラスだったかな。

 10個のグラスに白ワインのを五個、赤ワインのを五個、ホットサングリアを用意した。


「……綺麗ね」



「皆様よろしければ、ゆったりとお飲みになって男性達をお待ちになって下さい。

ソフィアナ様、どれでも指を差して下さい、それを私が毒見いたします」


「じゃあこれを」


 ソフィアナ様が指定したサングリアを私が一口飲んで見せた。


 それからメモを書き終えた令嬢からサングリアを手にし、次々に飲みはじめた。


「あら、美味しい……」

「本当」

「良いわね、温めたワインにフルーツを入れるのは初めて飲みました」

「ありがとうございます」


「ねえ、あなた、わたくし、このグラスも欲しいのだけど」


「本日、レースをお買い上げのお嬢様には、その手にされたグラスを一個ずつお持ち帰りいただけます」

「絶対に買うわ、そういえば、あなた達、店の名前は?」


「当方はよろず屋からフルリールと改めました」

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