66.首輪はいつ着けるのが正解か

 首輪を箱ごと受け取り、アイカは唸った。これって先に装着するもの? それとも結婚式で着けてもらうのが正しい?


「どうしたんだい」


「これって先に着けて待ってるのかな」


 ぱかっと黒い箱を開けて中身を見せる。銀より薄い感じの白金に似た宝飾品は、きらきらと光を弾いた。興味を持ったブランが飛び掛かるも、さっと避けられる。ブレンダとアイカの間に着地した白猫は、失態を誤魔化すように忙しく毛繕いをした。


「うにゃっ!」


 兄の仇とばかり、妹分のノアールが奇襲を仕掛けるも、これまた失敗。落下してブランの隣で毛繕いし、さらに白猫の毛皮も整え始めた。オレンジも襲ってくるかと思ったけれど、机の上で昼寝中だ。窓からの日差しが差し込む場所を選んで寝るあたりが猫らしい。


「迷うってことは、別世界では特殊な習慣があるのかい?」


 変な方向へ興味を引いてしまった。あら……と思ったものの、アイカは素直に説明を始める。結婚式で指輪交換があるのだが、その部分を首輪に変換して話し終えた。うんうんと頷きながら聞いていたブレンダが、ぽんと手を叩く。


「それなら、レイモンドに着けてもらうんだね。逆に着けてあげたら、きっと喜ぶよ」


「あ、うん」


 その場にレイモンドがいるわけでもないのに、アイカは天井を見上げた。ちょうど、レイモンドの頭がある辺りだ。ドレスであの高さまでよじ登れるだろうか。出会って間もない頃に借りた櫓っぽい台を使う? でもドレスが引っ掛かると嫌だな。


 いろいろと頭を過って、喜ぶならいいかと落ち着く。念のため、ブレンダと相談して櫓は準備してもらうことで話がついた。無理そうなら、直前でも変更は可能だ。自分の分は自分で着ければいい。


 話が一段落したところで日暮れになり、大急ぎで食事と風呂を準備する。明日は朝からいろんな人が訪ねてきて、準備を手伝ってくれる。料理人は夜中に起きて作り始めると聞いた。主役の二人が寝不足、というわけにいかない。ましてや寝坊なんてしたら、大顰蹙ひんしゅくだろう。


 片付けが楽なスープとパンだけにして、お腹を満たしたらすぐに入浴してベッドに入った。遠足前夜のように眠れないかと思ったけど、すっと眠りが訪れる。夢を見たような気がするけど、目が覚めた時は思い出せなかった。






「早くして」


「こっち!」


「先に背中のボタンを……あ、逆よ」


「え? こっちじゃないの?」


 騒がしい家の中、ブレンダもアイカも、言われるまま腕を上げたり下げたり、座ったり立ったり。忙しすぎて目が回りそうだった。ドレスの前に香油を塗ったのは、隣の奥さんだ。いい香りがするらしい。というのも、人間の嗅覚では察知できなかったのだ。


 獣人達は揃ってうっとり目を細めて鼻をひくつかせるので、よほどいい香りなのだろう。ラベンダー辺りを想像しながら、アイカも匂ってみる。やっぱり分からなかった。でも猫達が揃ってゴロゴロと喉を鳴らしだしたので、やはり動物には好ましい香りらしい。


「早くしないと、男性陣の支度が終わっちゃう」


 駆け込んだメイク担当の豚獣人におっ飛ばされ、慌てて皆が動き出した。男性陣の支度って……まさかタキシードみたいな服じゃないよね? レイモンドの大きさじゃ、大変なことになっちゃう。

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