私の願い(リアナ視点)
『私とルイスは国を出ようと思うの』
その言葉を聞いて心が凍り付いてしまったみたいだった。
どうしてルイスの病気のことを教えてくれなかったの? どうして国を出るって二人で決めてしまったの? どうして私が一緒について行ったらダメなの? たくさん聞きたいことはあったけど、エマは苦しそうに「ごめん」って言うだけだった。
裏切られたような気持ちになった。私には何一つ教えてくれない。私とはそれほど大切な関係じゃなかったのかと聞いたら、「それは違う」と否定された。エマが何を考えているのか全く分からない。物わかりよく送り出してあげられない私がおかしいの? 沸々と煮えたぎるような感情が押し寄せた後、ふっと悲しくなった。
私のこと、2人は嫌いになっちゃったのかな……
そんなことを思って、涙が出そうになる。人付き合いは得意じゃないから知らないうちに嫌なことをしていたのかもしれない。2人は優しいから、私にはっきりと「嫌」って言わないでくれたんだ。でも私は鈍感だから、ちゃんと言葉で言ってくれないと分からないよ。もしも私が器用な人間なら、こんなに関係を拗らせなくて済んだかもしれないのに。
大好きで大切な2人とただずっと一緒にいたいだけなのに、私にとってそれは高望みなことだったのかもしれない。
エマが学園を自主退学したと教員から聞かされた時、「もうエマとは会えないんだ」と分かった。あんな喧嘩別れみたいな最後は嫌だったけど、エマにとって私との縁はあれで終わりだったんだ。
もう会えないなら、たくさんありがとうって言えばよかった。そんなことを言われてもエマは困ってしまうかもしれないけど、エマと友達になれて人生で一番幸せな時間だった、ありがとうってどうしても伝えたかった。自己満足だとしても、私にはそれくらい大切な思い出だったから。
だから昼休みに廊下でエマの後ろ姿を見つけた時、息が止まってしまうんじゃないかと思った。
足が勝手にその背中を追いかける。あと少しで手を伸ばせばその背中に届くというところで足を止めた。エマを呼び止めて、それで私はどうしたいんだろう。
今までありがとうって言う……? 縁を切ったはずの相手からそんなことを言われて、「気持ち悪い」とか「不気味」以外の感情を持つのかな。これ以上大切な人を不快にさせるのは違うと思った。
それでもエマの後を追うことはやめられなくて、離れたところからジキウスやミーシャと話している様子を隠れて見ていた。エマを笑顔にしているミーシャが羨ましい。そんな風に楽しく話すことも私には出来ない。
その時、突然エマが振り返ってバチッと目が合った。
「リアナ!」
エマがこっちに走ってくる。……どうしよう。逃げたいのに、足が動かない。
あっという間にエマは私のすぐ目の前まで来てしまった。
「……ここには偶然いただけ。私は教室に戻るから」
それだけ言って背を向ける。会いたかったはずなのに、実際に目の前にすると感情がぐちゃぐちゃになってどうしたらいいのか分からない。
エマは歩き出す私の腕を掴んだ。
「お願い。私の話を聞いてほしいの」
「もう聞きたくない……私のいないエマの未来の話なんて」
頭で考えるよりも先に言葉が出ていた。
「私のことは嫌いなんでしょ? 放っておいてよ」
自分で口に出して苦しくなる。そんなことが言いたいわけじゃないのに、私の心は随分歪んでしまったみたいだ。
「たくさん辛い思いをさせてごめん。でもね、私はリアナのことがずっと大好きなの」
エマは一番残酷な言葉を吐いた。
「なら……ならどうして!」
キッと見あげると、エマは悲しそうに微笑む。
「最後にもう一度だけ、私のことを信じてくれないかな」
そう言って渡されたのは白い杖。
「この杖を持って明日の午後3時、『トランシス』って唱えてほしいの」
「え……?」
どうして転移魔法なんか……私はどうしたら……
「大丈夫。待ってるから」
そう言ってエマは腕を離した。待ってる、という言葉が頭に残る。
その時、予鈴が鳴った。
仕方なく背を向けて、教室へと走り出した。
翌日、午後2時59分。
部屋に置いた姿見に目を向けると、不安そうな自分の顔が映る。昨夜はあまり眠れなかった。一晩中考えてもエマの考えは分からない。そもそも私は転移魔法なんて使えないし、それをエマだって知っているはず。それなのにエマは転移魔法を唱えてほしいと言う。何も分からなくても、私にできるのは「エマを信じること」だけだ。
カチッと時計の針は進み、3時を示した。杖を構える。
「……トランシス」
私の言葉に反応して、辺りは青白い光に包まれた。少し暖かくて、ふわふわとした心地がする。
その光が消えると、私は青々とした草原の中に立っていた。風が髪を撫でる。ここは一体どこなんだろう。転移が成功したのか失敗したのかも分からない。もしも失敗していたらどうやって戻ればいいのか……
「リアナ」
懐かしいその声に振り向くと、そこにはルイスとエマが立っていた。
「ルイス……エマ!」
慌てて駆け寄ると、二人は嬉しそうに笑った。
「上手くいってよかったよ。リアナ、久しぶり」
ルイスが言った。顔色は悪くないように見える。
「病気って聞いた……大丈夫なの……?」
「うん、国を出てからは元気だよ。僕から先に説明できなくてごめんね」
「ううん……そっか、よかった……」
「あの、リアナ……」
そう言われてエマの方を向くと、不安そうな表情をしていた。
「今日は私を信じて来てくれてありがとう。それでね……私とルイスは国を出たけど、転移魔法を使えばこの場所でまた会えるから、その……これからも友達でいてくれないかな……?」
私の反応を窺う瞳は少し濡れていて、拒絶されることを怖がっている。
正直、まだ分からないことはたくさんある。それでも、エマがまた3人で会えるように魔法道具まで用意してくれたのは事実で、友達でいたいっていう言葉も素直に信じられた。それだけで十分だ。
ああ、やっと……胸につっかえていたものが取れた気がした。
「私も……ぐすっ……2人と友達でいたい!」
「リアナ!」
エマはぎゅっと私を抱きしめた。伝わる温もりが心を溶かす。
「ごめんね……! たくさん辛い思いをさせて本当にごめん。私だって、リアナがいない未来なんて絶対に嫌だよ。これからも3人でたくさん話をしようよ」
「うん……!」
その時、背中にポンと手の触れる感覚があった。顔を向けるとルイスが私達に寄り添っていた。
「リアナ、これからはこの場所が第二図書室の代わりだよ。住む国は違っても、心はいつも側にいるって信じてくれる?」
そんなの、私の方こそだよ。
「もちろん」
それから少し話をして今日はお開きにしようということになった。ルイスとエマは新居の準備など色々と忙しい中で私のために時間を作ってくれたみたいだ。
「それじゃあリアナ、また明日の15時ね」
「うん、また」
ルイスが杖を振り下ろすと、私は一人で自分の部屋に立っていた。何だか夢みたいだけど、エマとルイスの触れた温もりはちゃんと覚えている。
「また、ね……」
そう小さく呟いて頬が緩んだ。
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