5

最後の攻略キャラ

 昨日、ルイスの魔法で転移したあの草原で私は告白された、と思う。


 ルイスが私を好き……!? 信じられないけど、私を抱きしめてくれたあの温もりも耳元で響いた声もよく覚えている。


 久しぶりの学校の授業も身が入らなくて、気づけば放課後になっていた。いつもならリアナと一緒に第二図書室へ行く時間。でも、どんな顔をしてルイスに会えばいいのか分からなくて、リアナに「用事があるから図書室には行かないで帰る」と言ってしまった。


 真っ直ぐ家へ帰る気にもなれずに、人気のない廊下の隅でぼんやりと窓の外を眺めていた。


 ルイスに攻略されているのかもだなんて思ってしまったこともあるけど、まさか本当にこんな展開になるなんて……


 攻略キャラであるルイスが別ルートの悪役令嬢である私を好きになるなんて、ここは乙女ゲームの世界なのにいいの? 


 私が好きになっても、いいの?


「エマ!」


 突然名前を呼ばれて心臓が跳ねる。私は声の方を向いた。


「……なんだ、あなたですか」


 そこにいたのはジキウスだった。


「人の顔を見てあからさまにがっかりするとは随分失礼だな」


 そう言ってジキウスは眉をひそめた。


「私に何か御用ですか」

「ああ。エマの国外追放について裏で手引きしていた人物が分かった」

「……あ!」

「お前、もしかして忘れてたのか?」


 ジキウスの眉間の皺が更に深くなる。


「いや、その、忘れていたというか……」


 その後のルイスとの出来事の衝撃が強すぎて記憶が飛んでた。


「はぁ……まあいい。主導していたのはランス家の三男、レイ・ランス。リーステン家とは昔から競合関係にあったから、俺とエマが許嫁になって焦っていたんだろう。蹴落とす機会を窺っていて、それが今回だったって訳だ。レイはこの学園の同学年だから、俺達の情報を集めるのに都合がよかったんだろうな……じゃあ、行くぞ」

「行くってどこへ?」

「決まってるだろ。レイを捕まえて処分するんだよ」

「しょ、処分!?」


 驚く私とは対照的に、ジキウスは淡々としていた。


「レイは学園で口止めされていた情報を俺の父上の耳に入るように流したんだ。性格も血筋に由来するっていう思想の強い父上がリーステン家ごと国外追放にするって言うのを分かった上でな。これだけの騒動を起こしたんだから、主犯であるレイの処分は免れない」

「でも処分なんて大げさじゃないですか? 私は結局、国外追放にならなかった訳ですし」

「甘いな。今回の計画が失敗した以上、ランス家はこれからもリーステン家の没落を狙ってくるんだぞ。またこんなことをされても、お前は同じことが言えるのか?」

「それは……」

「優秀だと噂に聞く長男や次男ほどではないが、三男でも王家が処分すればランス家の勢力は多少落ちる。リーステン家にとってはいい機会だろう」


 大変な思いをしたのは確かだけど結果として助かった訳で、罰を与えたいほど憎んではいない。それに家同士の勢力争いなんて私には知ったことではない。


 そんなことよりも、この世界の「処分」っていうのがどれくらいなものか、私には計り知れなくて怖かった。


「今回は私がレイに注意するだけで十分です! もしまた何かされたら……それはその時考えます!」


 ジキウスは呆れたように、頭に手を当てた。


「お前は賢いのか阿呆なのかよく分からんな……そう言うなら仕方ない。処分はなしにするよう、俺から父上に伝えておく。ただし、レイに会うなら俺も行く」

「いえ、結構です! 私一人で行きます!」


 心配してくれてるみたいなのはありがたいけど、ジキウスがいたらちょっと面倒なことになりそうだ。私は先に歩き出した。


「お前一人じゃ信用できない! レイが心から反省しているか俺が見定める!」


 そう言ってジキウスは私の腕を掴んだ。


「気安く触らないでください! これだから女子の扱いに慣れてない男は!」

「ぐぅ……っ!」


 声を漏らしてジキウスは手を離した。


「な、なんでエマ・リーステンがここにいるんだ……!?」


 後ろからその声が聞こえて私達は振り返った。そこにいたのはピンク髪の男の子だった。


「レイ、よく俺達の前に顔を出せたな」


 そう言ってジキウスが睨みつける。


 ジキウスよりも少年のような顔立ち、それにレイという名前。それでピンときた。


「ああ! ツンデレ系攻略キャラのレイ・ランス!」


 そうだ、どうしてすっかり忘れていたんだろう。


 まほプリ1の攻略キャラは5人。ルイス、ジキウス、ミーシャ、テムル、そしてこのレイだ。


 レイ編はシナリオがいいってネットで評判だったからルイス以外で唯一最後までプレイしたのに、結局ルイス一筋すぎて印象に残らなかった。


「エマ、お前一体何を言っているんだ?」


 その声にハッと気づくと、ジキウスは呆れたようにこっちを見ていた。


「おい、お前は国外追放になったはずだろ! どうしてまだ学園にいるんだよ!」


 レイは私を睨みつけながら詰め寄ってくる。そのレイをジキウスが手で制止した。


「これ以上エマに近づくのは許さない。お前の計画は失敗したんだ」

「そんな……!」


 レイの顔がさっと青ざめた。


「本来ならお前は処罰を受けるはずだが、エマは厳重注意だけでいいと言っている。その情けに感謝して、今後は余計なことを考えないようにするんだな……ほら、エマからも言ってやれ」


 ジキウスが私に視線を向ける。突然現れたからなんて言うか考えていなかった。


「ええと……もうしないでね」


 我ながら小学生か。


 レイは血の気の引いた顔のまま茫然と立ち尽くしていた。


「おい! 何とか言ったらどうなんだ!」


 ジキウスがレイに掴みかかろうとする。私はジキウスを止めた。


「もうこれでいいですから! この件はこれで終わりにしてください!」

「……分かった」


 不服そうにジキウスはレイから離れた。逆上されるかもしれないとは思っていたけど、こんな反応は予想外だった。レイにこれ以上何か言っても仕方ないだろう。


「それでは、私は帰ります。ジキウス様、いろいろとありがとうございました」


 そう言って頭を下げると、ジキウスは顔を逸らした。


「お、おう……」


 私は背を向けて歩き出した。

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