初めての表情

 リアナと別れ、私は家に帰ってきた。自室へ入り、ベッドに大の字になる。


 この二日で色々あったな。まずは目が覚めたら乙女ゲームの悪役令嬢・エマに転生してて、それから最愛の推しであるルイスに会って、そしてジキウスと許嫁関係を解消して、最後はリアナと少し仲良くなれた。


 生のルイス、尊かったなぁ……


 ルイスと同じ世界線で生きることを許されたんだから、私はルイスとリアナをくっつける方法という使命を果たさないと。リアナはまだ好きな人はいないみたいだけど、私との許嫁関係を解消したジキウスはこれからもっと積極的になるだろうし、他の攻略キャラ達だっている。ルイスが遅れをとる訳にはいかない。


 そう言えばルイスとリアナはもう出会ってるのかな? 


 確か、ゲームのシナリオでの最初の出会いは……主人公が転校したばかりで校内を一人で散策してる時に、第二図書室を見つけて、気になって入ってみると中にルイスが……って出会いのイベント、私が奪っちゃってるじゃん!?


 そうだよ、昨日会った時のルイスの言葉、「見ない顔ですね。僕の名前はルイス・コーネル」ってそのままシナリオと同じセリフだった! 

  

 いやいやいや、でもイベントの途中で勝手に部屋飛び出してるし、さすがに私が攻略されちゃったりとかはない、よね?


 とにかく! 明日はリアナを第二図書室に連れて行ってみよう。本来の主人公に会えば、正しくシナリオが展開するはず。




 放課後、リアナを探していると校舎裏で言い争う声が聞こえた。恐る恐る覗き込んでみる。


「あんた、転校生の癖に調子乗ってるんじゃないわよ!」

「ジキウス様にちょっと気に入られたくらいで!」

「そうよ! 許嫁を解消されたエマが可哀想だと思わないの!?」


 女子生徒数人に囲まれているのはリアナだった。


「調子に乗ってないし、気に入られてもいない」


 リアナは無表情で応えた。いや、気に入られてるのは事実なんだけどな。


 私は女子生徒とリアナの間に入った。


「恥ずかしい真似はやめなよ」


 するとリーダーらしき生徒が叫んだ。


「なんでエマがこいつを庇うのよ! 今までは散々嫌がらせしてたじゃない!」


 確かに今まではそうだった。でも、


「私はリアナと友達になったの」

「はぁ? そんなのジキウス様を奪われて……」

「私達の関係を他人にとやかく言われる筋合いはないわ」


 私の言葉に対して、不満そうに口を開こうとする。まだ文句があるか。


 私は相手の左耳の横まで足をふりあげた。風が空を切る。


「ひぃ……っ!」

「友達にまた酷いことをするようなら、私が相手になるわ」


 まあ、ここまでしておけばもう手を出してこないだろう。中学・高校と続けた空手がこんなところで役に立った。


 呆気に取られている女子生徒達に私は微笑んだ。


「それではみなさん、ごきげんよう」


 そしてリアナの背中をポンと押し、先を歩かせる。


 私にはもう一つ言わないといけないことがあった。女子生徒の一人に近づき、耳元に口を寄せる。


エマは可哀想なんかじゃない」


 それだけ言って私はリアナの後を追った。彼女たちはそれ以上何も言ってこなかった。

 


 少し歩いたところでリアナは立ち止まった。そして私の方を振り向く。


「ありがとう、助けてくれて。全然話が通じなくて、うんざりしてるところだった」


 あんな風に大勢に囲まれてたのにまるでダメージを受けてないみたい。それは何よりなんだけどさ。


「さっきのエマ、かっこよかったよ。あれ、もしかして足震えてる?」


 リアナは私のガクガク震え出した膝を見て言った。


「いや、これは筋肉がちょっとびっくりしてて……」


 急に動かしたからか筋肉が悲鳴を上げている。初日に走った時もすぐに息が切れてたし、このエマの体ってもしかして全然筋力ない?


「そういうことにしておくよ」


 誤解のままだけど、まあいいか。


「それにしても、偶然見つけられてよかったよ。脅しておいたし、もう来ないと思う……けど、もしまたなにかされたら私に言って」


 もとはと言えばエマが撒いた種だ。私がリアナに嫌がらせをする姿を見て、あの女子生徒達もそれをしていいと思ってしまったのかもしれない。


 それにリアナは大切なルイスにとって将来の恋人で、でもそれだけじゃなくてリアナ自身にも情が湧いてしまっている。これだけあればリアナを守る理由は十分すぎるほどだ。


「うん、分かった。それと、私はエマの友達って本当?」

「え、あの、だめだった……?」

「ううん……嬉しい」


 そう言ってリアナは微笑んだ。初めて見る、リアナの感情だった。


 そんな表情もできるの……! 天使か……!


「エマ?」

「あ、ごめん! 何でもない」

「そう言えば、どうして校舎裏なんかにいたの?」


 そうだ、この一件ですっかり忘れていた。


「リアナのことを探してたんだ」

「私を?」

「そう。会ってほしい人がいるんだ」


 リアナは面倒くさそうに目を細めた。そんなこともあろうかと用意は万端だ。


「お願い聞いてくれたら、このチョコ味のバターたっぷりマドレーヌを……」

「すぐ行く」


 簡単に釣れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る