キャッスルガーズは白鷺と舞う【第一部】 ~奇才女子高生たち、現代の城下街に集う~

神野 浩正

第一部

第一章 たゆらぎ山の発明少女

たゆらぎ山の発明少女 その1

 翼人式神よくじんしきがみが再度長い髪の少女へ襲いかかったその瞬間、横にいた短い黒髪と眼鏡の少女が筒状の機器を腰から振り抜いた。

 一瞬、筒の先から鋭い光条が閃いた。その直後、使い主の脳裏に、式神の視点から予想外の映像が流れ込んできた。

 天地が逆さまに反転した視界の中、飛び退く二人の間で、灼き断たれ火を噴く下半身が膝を突いた。

 上半身の視界が炎に包まれると同時に、彼の意識に流れ込んでいた映像はぷつりと途切れた。

Quoiクヮ ?! Ce n'est pas de la magie... マジ……?!」



 その数分前。


絶等寸たゆらぎやま桜花さくらばな かむはるきみしのむ」


「エミ、何それ? 私、理系だからそのへんいまいちで」

「『万葉集』に載ってる和歌なの、サエ。ここ播磨国はりま の くにから任期を終えて奈良の都へ帰る男性を見送る女性の歌ね」

 ふたりの女子生徒が、親しく語らいながら校舎の屋上から周囲を見渡していた。桜の香りを乗せて静かに風が吹き抜け、真新しい制服を緩やかに揺らしながら新しい季節の到来を告げていた。

「へぇ~っ。さすがエミ、よく知ってる。で、その『たゆらぎの山』って? ボット君、わかる?」

 ふっくらした頬に太めの眉、眼鏡を掛けたサエの左肩には、鴨の羽色ティールグリーンの一体の小さなロボットが彼女の黒いボブヘアを避けるように腰掛けていた。問いかけに応じて胸元のランプを明滅させながら情報を検索しているようだ。しばらくしてランプの明滅が収まると、顔の液晶モニターを変化させて微妙に無機質な男声で解答してきた。

姫路城ひめじじょうの天守がある姫山ひめやま、別名「さくらぎの山」と言われています、マスター』

「おーっ、来た来た!」

『先の和歌は奈良時代初期、播磨守はりま の かみであった石川大夫いしかわ の たいふの帰任時、播磨娘子はりま の おとめが贈った和歌とされています』

 

 エミが長い濃茶の髪を揺らしながら北西へ視線を向ければ、そこには「白き不死鳥」の異名で知られる白亜の天守が、輝く太陽に照らされながらそびえ立っている。その足元には満開の桜が鮮やかに咲き誇り、そのやさしげな香りが風に乗って伝わってくるようだ。さらに周囲にはそれら目当ての人々を当て込んだ多数の露店が色とりどりの看板やのぼりを並べていた。ふたりが幼い頃の大改修で「白鷺しらさぎ城」ならぬ「白過ぎ城」とまで言われた、目に痛いほどまぶしかった屋根漆喰の鋭い白さも、ほどよくくすんできた。

「さすがサイエンボット君ね。サエご自慢の、お手製の弟分」

 エミはサエの肩にいるロボットへ賛辞を送った。

「へへっ、ありがと、エミ」

『ありがとうございます、エミさん』

 親友の賛辞に照れを隠すサエ、平静な口調で返答するサイエンボット。

「二度と会えなくなる、その悲しさとか詠んでるんだよね」

「ネットとか無い大昔だからねぇ」

 エミの感傷的な解釈に、現代人らしいコメントをサエが返す。

「あと、播磨国府の跡はこの小桜町こざくらまち女子学園の下にまで広がってるんじゃないかって」

 数多あまたの危難を紙一重で乗り越え、数多の人々の努力によって守られてきたよわい四百あまりおおとりを、このふたりが毎日のように仰ぎ見るようになってまだ一週間と経っていない。それまでは中学校の校舎三階から南へ遠くに小さく見えるくらいであった。


 松城まつしろ佐恵さえ、そして幼なじみにして親友の弁才べんざい英美えみ

 この私立小桜町女子学園はサエとエミが新たに歩み始めた道だ。姫路市の中心部にある中学校・高等学校一貫の女子校で、地元ではお嬢様学校かつ進学校として知られている。高校1年からの入学生も毎年若干受け入れている。二人が高校入学時に選んだのは、難関大学を目指す特進コースだった。

 文系科目に秀でたエミに対して、サエは小学生の頃から天才理系発明少女と呼ばれていた。サイエンボットは彼女が自ら作り上げたパーソナルアシスタントロボットである。

 ふたりの制服のブラウスの胸元には紺のネクタイが結ばれていた。その上にまだ型が崩れていないえり付きジャケットを、エミは折り目正しく着こなしていた。一方サエは、ジャケットの胸元が窮屈なのかそれとも単に面倒なのか、前をきちんと止めずはだけたままであった。前髪にもヘアピンを適当に挿して眼鏡を避けていた。

 もう少し身だしなみに気をつけていれば知的な雰囲気を生かせるのに、と前々からエミは思っていた。


  *  *  *


 白い桜が咲き誇る中、姫路城の天守閣の屋根の上に、黒い背広に赤いスカーフ、アンティーク調のサングラスを掛けた謎めいた男が立っていた。白亜の天守に対照的なその姿は、一見して異様でありながらも、周囲に彼の存在に気づく者はいない。まるで彼だけがそこに「存在しないかのような」不思議な静けさが漂っていた。


 男は無言で懐から一枚の紙を取り出した。翼の生えた人型に切り抜かれた紙を広げ、男は静かに呪文のような言葉を唱えた。

「"Formaフォルマ Alatiアラティ Hominisホミニス Nascereナシェレ"」

 呪文が響いた瞬間、人型の紙はぼんやりと光を帯び、まるで生き物のように膨らみ、等身大の怪人へと変わっていく。その怪人の背には大きな翼が生え、不気味な朱色の模様がその顔に浮かび上がった。無言のまま立って浮かぶ怪人に向かい、男は低い声で指示を与える。

Allezアレ versヴェル le sud-estスュドエスト -- Obtenez-moiオブトゥネ・ムワ l'espritレスプリ」(南東へ向かえ――私が望む『霊』を得てこい)」

 男の目がわずかに細められた。つい先ほど、この地に眠る力が微かに揺らいだ――。

 その揺らぎが、ただの気の迷いでないことは明白だった。ならば、手を伸ばさぬ理由はない。

Siスィ c'est réveilléレヴェイエ... (目覚めたか……)」


 男の指示を受けると、怪人は翼を広げ、空中へと舞い上がった。風を裂く音とともに怪人は白亜の城を離れ、南東へと飛び去った。男は口元にわずかな冷笑を浮かべた。


  *  *  *


『迫っている……守りを……』

「……え?」

 エミの脳裏に、女性の声がふわりと響いた。

 耳に残るその声は、古代の衣擦れのように柔らかく、澄んだ鈴のようでもあった。

 水面のように揺らめくその姿の背後には、青白い霧の中でうねる龍の影が、ゆっくりとエミを見つめていた。

 (……また、だ……あの「夢」の続き? でも、夢じゃない……)

「どしたの、エミ?」

 サエが疑問を投げかける間もなく、突然、サイエンボットの胸のランプが黄色く点滅し始めた。

『未確認飛行体、北西、姫山方面より急速接近。警戒してください、マスター、エミさん』

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