奉る夜
祭りの夜がやってくる。
浮き立つ拍子で心を騒がせ
踊りに没入させてゆく
沈む太陽の向かいから
昇り始めたあの満月が
空の頂点に至るまで
唄と踊りと炎と酒の
魂の饗宴がつづくのだ
祭りの開催を広場に集う邑人と共に待ちながら、エルは常になく緊張している。
――ラシェのせいだ。
ラシェが前日あんなに騒ぐので、こちらまで眠れなかった。
カッとくると相手が邑長でも見境なく咬みつくくせに、たかだか祭りで何を怯むのか。
――ラシェは今ごろどうしているのであろう。
巫女たちは、祭りの直前まで姿を見せない決まりである。
だからエルがラシェを見るのは、祭りが始まってからとなる。
昔から祭りは大好きだったが、こんなにも心逸るのは初めてだ。
エルがラシェを気にかけ始めたきっかけは、コールアとの衝突を目の当たりにしたときである。
――やった! あのサルコリ娘、凄い!
ラシェがコールアを張り倒した瞬間、内心快哉した。
エルはコールアが大嫌いだった。
当然であろう。
生まれが良いからとどの職にも属さず、好きなようにふるまうコールアを苦々しく思わぬ成人はいないし、見た目の麗しさを鼻にかけて男を次々と代えるコールアを嫌わぬ女はいない。
トカレなどはコールアに同情しているが、心情的にコールアを好いている訳ではない。
そのコールアを、ラシェは手加減無用で張りたおした。
コールアの横暴ぶりを知らないのもあるだろうが、理不尽な暴力を前に臆せず立ち向かえるのは、ラシェの強さが為せるわざだろう。
――と、思うのだけれど、しゃべるとラシェは普通の女の子なのよね。
しばらくラシェと一緒の時間を過ごしたが、いくら観察してもそこらの女の子と大差ない。
サルコリは卑屈で悪意が強いという先入観はエルにもあったが、理不尽に踏みつけにされると焼け石が爆ぜるような反応を見せるものの、普段のラシェはおだやかな夜風のようである。
見た目、薄汚れた服だけはサルコリらしいが、中身はやはり普通の女の子なのである。
服といえば、カサが出立する日に着たあの水色のレキク、よく似合っていたのに、なぜかあれ以降一度も袖を通さず、汚れた服ばかりを着ている。
「私はサルコリだから」
寂しげに言う。
サルコリでは、カサと結ばれる事など許されないのに。
やがてカサが帰れば、ラシェはサルコリではなくなるだろうに。
だからエルは、今からでもラシェが綺麗な服を着ていた方がいいのではないかと思うのだが、
「私はサルコリだから」
の一言で、後は頑なであった。
広場にはすでに篝火が灯され、邑人の多くが集い、櫓に巫女を待つばかりとなっている。
空は東から暗色を強めつつあり、西の空の朱色が消えぬうちに祭りは始まるはずだから、もはや猶予はほとんどない。
――まだ来ないのかしら。
同じ
昂ぶりが少し怖い。
カサを誘った祭りでも、こんなに怯んだりしなかった。
ゥオウゥッ……。
どよめき。
巫女たちが広場に面した天幕から整然と並んで出てくる。
その最前列、アロの横にラシェがいる。
珍しく、大巫女までが唄い手のやぐらの足元に姿を見せている。
エルはそんな異変にも気づかないで、ただラシェの様子に気を揉んでいる。
「あれが……あの、サルコリの娘か……!」
そのラシェを見て、邑人たちが感嘆する。
巫女の祭り装束を身にまとったラシェは、神秘的であった。
もとより生活感の薄い顔立ちである、それが純白の装束とあいまって、えもいわれぬ浮世離れした清純さをかもしている。
白い肌はいつもに増して輝き、見た目麗しい者が多いとされている巫女たちの中でも、ラシェの涼やかさは際立って神々しい。
まるで、生まれた時から巫女であったかのよう。
「たかがサルコリだ。すぐに使い古しの布のように、ほつれが出始めるさ」
この期に及んで負け惜しみを吐く者も中にはいた。
――ラシェには、こういう服が似合うのだ。
エルはため息をつく。
そして気づいた。
サルコリらしいボロを着れど、どうしてもラシェが普通の女の子に見えたのか。
ボロを着たラシェに、違和感があったからだ。
あの薄汚れた服は、ラシェの醸す風に合っていなかった。
背筋を真っ直ぐにすっくと立つラシェの清廉さは、ボロを着せてもおおい隠せるものではなかったのだ。
――ああ、そういう意味の“綺麗”だったんだ。
そう、ラシェはあそこで唄うべき人間なのだ。
今までサルコリ娘と見くびっていた人間は、ラシェに対する印象を大きく変えざるを得ないであろう。
自分もその一人でありながら、エルは痛快な気持ちをおさえきれない。
ラシェとアロが、共に櫓に上がる。
二人の手を借り、大巫女まで上る。
皆が驚いている。
――大巫女は、何をなされるつもりか。
そして櫓の上にはアロ、ラシェ、そして大巫女がそろう。
その下で、伴唄の巫女たちが櫓の足元を固める。
打鼓と土笛の楽隊が彼女たちをさらに囲み、唄の態勢が整う。
何かが始まろうとする沈黙。
吸い寄せられるように、邑人たちが櫓に近寄る。
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