獣畜
ラヴォフが大男を叩きのめす一部始終を眺めながら、ウハサンは満足を感じている。
――ラヴォフを引き入れてよかった。
いかに戦士といえど、トナゴやウハサンでは、あの大男をもてあましたかも知れない。何かあった時のために、頭数を増やしたのはいい結果を生んだようだ。
この話を持っていった時、ラヴォフは
「めんどくさい」
と加わるのを嫌がった。だが相手がカサの女だと切り出すと急に
「やってやる」
手のひらを返した。
同期の戦士で、カサに一番対抗心を持っているのはこのラヴォフである。
そこを突けば仲間に引き入れるのはたやすい。
頭数をそろえようと声をかけたシジは、最近ではあまり彼らと行動を共にする事がなくなった。
くだらない連中に嫌気がさした、という顔だった。
シジをあきらめてウハサンが声をかけたのが、ナサレィたち三人だ。
こちらはすぐに乗ってきた。
元々ナサレィは、残酷な行為が大好きで、そしてカサの立場に嫉妬する一人でもある。
それほど凶暴でないラヴォフという見方をウハサンはしているが、中身は頭の巡らぬウハサンに近い。
そしてナサレィがうなずけば、その仲間のデリとキジリは、当たり前のようについてくる。
こうして合計六人、これだけいれば、女を一人思い通りにするなどたやすい。
めまぐるしく変わる状況についていけず、放心した女を見て、ラヴォフがニタリと笑いを貼りつかせる。
――案外、いい女だな。
いやらしく、へたり込んだその体を嘗め回して見る。
「おい。こいつがカサの女なのか?」
「ああ、間違いない」
何度も確認した。その顔は脳裏に焼きついている。
「おい。お前カサの女か?」
女は答えない。ラヴォフがその頬をはたく。
「お前はカサの女かって、訊いてるんだよ!」
髪の毛をつかんで、揺する。女が苦悶に身を固くし、
「助けに来てくれたんじゃ、ないの……?」
「俺が? カサの女を?」
頭が弱いのかよ! といわんばかりに身振りで示すラヴァフ。
「おい手前ら。見てねえでこいつを押さえろ」
戦士たちが、一斉にラシェに跳びかかる。
「や、やめ、……て……!」
「へへへ、いい女だなあ」
嫌らしい笑いを浮かべるのはトナゴ。
「たかがサルコリだ」
それを嘲るウハサン。
「よかったな? 戦士たちに相手にしてもらえて、光栄だろ?」
加虐的な笑いを浮かべる、ナサレィ。
「サルコリには、過ぎた名誉だ。戦士の子供を孕めるなんて」
追従するデリ。
「卑しい血が混じってるんだ。嫌がってるふりしても、そのうちに自分から腰を振りだすさ」
追従するキジリ。
「――!」
ラシェの悲鳴は声にならない。
口をふさがれ、手足もきつく拘束されている。誰も、ラシェには気づかない。今ここで、汚されようとしている事に、気づくものはいない。風も、大地も、暗くなりつつあるこの空も、みな黙ってラシェが壊されてゆくのをただ見ているだけだ。
無表情な砂漠はラシェにとって、いつも残酷の象徴だった。
「ハ! 俺が一番だ」
ラヴォフがラシェの服に手をかけ、引き裂く。
中から、繕った跡のあるカサにもらった下着が露わになる。
昨夜カサに破られて、つくろったばかりの下着。
「なんだあ? いい物着けてんじゃねえか」
「大方カサをたらし込んで手に入れたんだろう」
「アン? 何だよこれ」
見つけたのは、ナサレィ。
ラシェがカサにもらった、両開きの玩具の片面だ。
「これ。カサのだ。憶えてるか?」
「これが?」
キジリは反応しなかったが、デリは気づく。
「ガキの頃、カサのブランギからかっぱらって、捨てたやつだ」
「そうだ。あの後あいつ大人に告げ口しやがって」
「許せねえな」
ナサレィがラシェの首筋を撫でる。
そして手にしていた木片を遠くに投げる。木片が遠くで、虚しく乾いた音を立てる。
――カサの、カサにもらった物なのに……!
それは取るに足らぬ玩具だが、二人にとっては何物にも変えがたい宝物だった。
ラシェの心に怒りがわき、目じりに涙がにじむ。
――許せない……!
気力をふりしぼって暴れる。だが悲しいかな、抵抗は屈強な戦士たちの手すら払えない。
「ハ! 待ってな。すぐに剥いてやるよ」
ラヴォフが下着の胸に手をかけ、大きく引き裂く。
――!
小さめの胸が露わになり、男たちが野卑な目でそれを見る。
ラシェになす術はない。
いや、ナサレィが口をふさいでいた手が、木片を投げた弾みで緩んでいる。
その太い指に、思い切り咬みつく。
「イテエ!」
ラシェは力の限り叫ぶ。
「だ、誰か助けて!」
ゴッ。
顔に重い衝撃。
粘膜が裂け鼻から血が噴き出る。悲鳴がつぶされ、頼りない吸気に変わる。
首と胸に血が飛び散る。
「騒ぐんじゃねえ」
ラヴォフが殴ったのだ。
「殺すぞ」
本当に殺す気だろう。
だがラシェは、殺されても叫びたかった。
殺されても叫ばねばならなかったのだ。
ラシェは恐怖をはねのけ声を絞りだす。
「――カサ!」
抵抗をやめないラシェに、苛立つラヴォフが拳を振り上げる。ラシェが目をつぶる。
「……何を、している」
地獄から響くような、怒りを含む低い声。
真横から光を受け、彼ら一同を見下ろすように立っている戦士。
はためく真っ赤なトジュの裾。
片腕が欠けた輪郭は、見間違ようがない。
「……カサ……!」
その姿を映したとき、ラシェの目から涙が流れる。
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