第40話 蘭子さん

 躑躅蘭子。

 

 早苗さんの夫より7歳年下の妹だ。


 兄である早苗さんの夫は昔から力に目醒め、みんなから脚光を浴びていた。

 

 イケメンで強くて頼りになる。


 実に非の打ちどころのない完璧な男だったそうだ。


 だからこんな綺麗な早苗さんと結婚できたんだろう。


 だが、彼の妹である躑躅蘭子は違った。


 能力に目醒める時期が兄よりだいぶ遅かったため、白い目を向けられてきた。


 兄はあんなにできる男なのに、妹の自分はスキルも使えずになんの役にも立たない出来損ない。


 特に女の人からの嫉妬が凄まじく、人の視線が怖くなり不登校になったという。


 そんな彼女が中学校を卒業し、部屋に引きこもって数ヶ月。


 やっと能力に目覚めた。


 だが、彼女は普通の人と関わるのが嫌になり、高校に進学しないまま家出をしたという。


 妹は間違いなく自分と肩を並べるほどの強者になる。


 自分と同じくスポットライトを浴びながら煌びやかな人生を送ることができる。

 

 なのになんで家出を。


 そう思い、家を出た妹を必死に探したが、結局失敗した。


 そんな中、妹から電話がきた。


 自分と同じ立場の仲間をいっぱい見つけたから、力を合わせて差別されない理想の社会を作って行くと言ってきた。


 あまりにも馬鹿馬鹿しい話をするものだから、兄は妹の罵り、子供遊びなんかやめて早く帰ってこいと怒鳴り散らかしたところ、


『お兄ちゃんはいつも認められているから私たちの苦労がわからないのよ!!』

 

 それから妹は兄に今まで抱えていた鬱憤を投げつけた。

 

 しかし、当時の彼は妹を理解しようとせず、素気無くあしらった。


 自分は日本ダンジョン協会と政府からあれほど期待されているのに、妹はこの体たらく。


 もう妹とは縁を切るつもりで彼は言い放った。


「好きにすれば。お前に付き合う余裕はない」


 自分が吐いた言葉。


 それは十数年後に自分の心に突き刺さることになる。

 

 妹が家を出てからは能力者によるテロ行為が増え続けた。

 

 最初は放火や政府所属の能力者たちに悪戯をする程度だったが、


 やがて奴らの行動はだんだんエスカレートしていき、


 ダンジョン協会の偉い人や能力者に関する法律を作る国会議員らにテロを起こした。


 血の女王。


 テロが終わってから決まって犯人たちが口にする名称。


 テロ組織の人たちは血の女王を自分たちのボスとして崇めているらしい。


 なので、日本ダンジョン協会と政府関係者は血の女王と彼女が所属しているテロ組織を反政府組織とみなし、武力行使のできる国家機関がタッグを組んで彼女を捕まえようとしたが悉く失敗。


 自分も国の安寧を脅かす血の女王を捕まえるため、日本ダンジョン協会に積極的に協力した。


 さらに時間が経過した。


 彼は早苗と結婚し、彼女との間で愛娘である友梨と奈々が生まれた。


 世間では、日本で最も美しい女性と格好いい男性が結ばれたと連日報道。


 いつも憧れと尊敬の視線を向けられる日々。


 幸せだ。


 自分は全てを持った。


 そんなこと思いながら幸せな生活を送っていると、ふと妹の顔が浮かんできた。


 あの時、自分がもっと優しい言葉をかけてあげたら、妹は戻ってくれたのかな。


 日本を守るために、これまでひたむきに頑張ってきたが、妹の気持ちを察する努力を少しでもするべきだったのか。


 父になった自分の脳裏にそんな素朴な疑問がよぎる。


 そんな自分に


 妹から電話がかかってきた。


 縁を切ったつもりだが、内心嬉しかった。


 妹の顔が見れるかもしれない。


 ワクワクしている自分に妹は告げた。


『私、血の女王になったよ』

『な、なに!?』

『お兄ちゃんが好きにしろって言ってたよね?だから私の好きなことをいっぱいしたの。これからは恵まれてない能力者たちをかき集めてパラダイスを作るんだ』

『何馬鹿げたことを……』

『お兄ちゃんは何も変わってないね。でも、もうお兄ちゃんなんかどうでもいいよ。私はこれからも私のしたいことをいっぱいするから。だってお兄ちゃんが言ったから。あははは!』

『……』

『明日、日本ダンジョン協会の本部を襲って偉い人たちを一部殺す予定なの。あいつら無能だし、私の部下たちの方が比べものにならないほど強くて有能だからね』

『何を言って……』

『お兄ちゃん』

『……』

『全部お兄ちゃんのせいだからね。優しくないあなたが悪いの。でも、お兄ちゃんが優しくないおかげで、私は世界を変えるという大きな目標が掲げることができたんだ。だからありがとね』


 ショックを受けた。


 翌日は彼女のいう通り、テロ組織がダンジョン協会の本部を襲い、多くのダンジョン協会の関係者が死んだ。


 自分は何もできなかった。

 

 これまで日本ダンジョン協会と政府から認められ、檜舞台で活躍した自分。


 だが、自分の妹が日本ダンジョン協会と政府が最も忌み嫌う存在である血の女王だ。

 

 その事実を受け入れたくない。


 だけど現実だ。

 

 本部で妹と再会した。


 彼女は自分さえも凌駕するほど強く、残虐だ。


 もう昔の妹ではない。


 まさしく血の女王にふさわしい美貌と殺気。


 だが、怒り狂った表情の妹を見ていると、心が痛くなった。


 妹は自分のことをゴミを見るように睥睨しては、口を開いた。


「大嫌いだよ。お兄ちゃん。死んだら?」


 と、言い残して去る妹の後ろ姿を見て


 自分は食欲を無くした。


 彼の健康はたちまち悪化し、想像を絶する凄まじいストレスによる合併症で床に伏した。


 彼は妻の早苗さんにことの顛末を全て言った。


『蘭子の怒りは俺によるものだ……なのに、俺は……なんの責任も取らずに死ぬのか……全部俺のせいなのに……』


 彼はそう告げて妻が見ている前で息を引き取った。


 俺は早苗さんからお願いされた。


 蘭子さんをなんとかしてほしいと。


 こんなの、助けないわけにはいかない。


 なので俺は助けると言って心配する早苗さんを安心させた。

 

 新たな目標ができた。


 明日はをしよう。


 

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