第37話 奈々の様子がおかしい

事故現場


「……」

「荒波……」


 荒波はチタニウム状態が解除されたまま気絶している。


 世間では日本の未来を託された英雄と称えられる彼だ。


 ゆえに多くの人から脚光を浴びており、誰もが彼の才能を認める。


 そんな彼の強さは


 キングアイスドラゴンの足元にも及ばなかった。


 自分のマグマを纏ったにも関わらず荒波は負けてしまった。


 自分の力を限界まで上げて生じさせたマグマも、キングアイスドラゴンの攻撃一つであっけなく凍ってしまった。


 だが、負けを認めたくない彼は最後まで抵抗した。


 このままだと荒波は絶対死んでしまう。


 誰が見ても最後の悪あがきだ。

 

 その瞬間、


 祐介という男が荒波を蹴り上げた。


 まるでゴミを見ているような顔だった。

 

 いや


 ゴミじゃない。


 ゴミ以下の何か。

 

 人を煩わせる蚊を掌で潰すように、祐介は荒波を蹴り上げた。


 防御力を最大にしていたはずなのに、祐介の蹴りに見ての通り彼は果ててしまった。


 最初から祐介は自分と荒波があの場面においてなんの役にも立たない無能であることを把握していた。


 自分が恥ずかしくなった。


 自分と荒波が今までやってきたことは、ごっこ遊びだったというのか。


「祐介……」


 彼が自分に話した場面が蘇ってきた。


『これから俺がやつを倒すんだ。だから、!』


「……」


 有言実行。


 口だけは一人前な中身のない男たちとは格が違う。


 口だけは一人前。


 彼女は無様に気絶している荒波を見る。

  

 人を散々見下して偉いことを言っていた荒波と自分。

 

 対して黙々とドラゴンと戦って勝利した彼。


 いい男にはいい女が群がってくる。


 躑躅姉妹。


 トップクラスのインフルエンサーで、日本において最も美しい女性と称えられる存在。


 特に躑躅奈々が自分に向けてくる視線には鬼気迫るものがある。

 

 自分の男に手を出したら殺す。


 ちょっかい出すな。


 この男は自分だけのもの。


 自分だけがこの男を幸せにできる。

 

 自分だけが


 この男を満足させることができる。


 みたいな意味を孕んでいそうな面持ちだった。


「謝りたい……」

 

 ボツりと呟いて顔を俯かせる霧島。


 そんな彼女に誰かが声をかけてきた。


「あ、いたいた!早く荒波くんを運べ!」


 渡辺。


 そういえば、戦闘前にAランクである彼を散々罵ったんだった。


 彼の部下が担架を利用して荒波を運んでいると、霧島は渡辺に向かって口を開く。


「あ、あの……」

「ん?」


 渡辺が視線を向けると、霧島は随分と言いたくなさそうにモジモジする。


「わ、悪かったよ……ひどいこと言って」


 霧島が悔しそうに目を瞑る。


 渡辺はそんな彼女を見て言う。


「俺はAランクではあるが、君たちより弱いのは事実だ」

「……」


 彼は真面目な表情を霧島に向けて続ける。


「だが、我々は国民を守る使命を帯びているんだ。強い力は役に立つかもしれないが、使い道を誤れば、それは単なる人々の命を脅かす凶器にすぎない」

「……」


 霧島は歯を食いしばって、彼の説教を最後まで聞いた。


 渡辺はそんな彼女が逆ギレしてくるのではないかと心配する。


 けれど、彼の瞳は揺るがない。


「俺はいい。祐介くんに謝罪しろ」

「……私に命令する気?」

  

 上から目線の彼の態度が気に入らない霧島は彼を睨むが、Sランクの探索者としての威厳は見当たらない。

 

 だが、渡辺は動じない。


「命令なんかじゃない。これは人間としての道理だ」

「……」

「彼の連絡先を教えるから、ちゃんと謝れ」

「れ、連絡先?」


 また、あの男に会えるのか?


 彼に会って謝罪をする。


 霧島の理性はその目的だけを示すが、

 

 彼女のお腹は


 一方だ。


X X X


躑躅家


「祐介、あん〜」

「お、おお」

「祐介くん、これも」

「わかった」

「お兄ちゃん!私のお肉も!」

「……」


 3人は肉が焼けた途端、箸で摘んで俺の口に差し出す。


(友梨姉は右、奈々は左、理恵と早苗さんは向かい)


 いや、俺も手は付いてるから一人でも食べられるんだよ。


 でも、言ってもおそらく3人は聞く耳持たないだろう。


 ていうかこの箸ってそれぞれの唾液がついているから、間接キスにならないか?


 俺が3人の肉を喰むと、うち友梨姉と理恵が素早く別に肉を摘んで、自分らの口に入れてきた。


「……」


 落ち着かない気持ちのまま俺が肉の味を堪能しようとしたら、向かいに座っている早苗さんがクスッと笑って言う。


「モテモテね」

「……んぐ。揶揄わないでくださいよ」

「それにしても、キングアイスドラゴンを倒してすぐ帰ってくるなんて……いいの?」

「ん?何がですか?」


 俺が視線で問うと、早苗さんは目を細めて言う。


「今回の主人公は祐介だから、もっとこう、事故現場に残って主人公らしくインタビュー受けたりしてもよかったでしょ?」


 早苗さんは前のめり気味に俺を見つめてくる。


 おかげさまで、深すぎる谷間が丸見えだ。


 ブラの色は黒。


 いや、下着のことはどうでもいいだろ。


 大きすぎる胸に目が行ってしまいそうだが、俺は早苗さんの緑色の瞳を見ていう。


「そんなの興味ないんで……ややこしくなるだけだし、何より……えっへん」


 俺はわざとらしく咳払いをした。


「何より……なに?」


 そんな俺に、早苗さんは逃さないと言わんばかりに俺の顔を穴が開くほどじっと見つめる。


 言うしかないか。


「ここにいるみんなを守りづらくなるんで……」


 照れ隠しのつもりで、俺が視線を逸らしながら言った。


 その瞬間、


「「「っ!!!!」」」


 躑躅母娘が急に上半身をひくつかせ、目を丸くしながら俺を見つめてきた。


「え?どうかしたんですか?」


 俺が戸惑いながら言うと、3人は頬を桜色に染めて妖艶な表情を作った。


 妹にヒントを求めるべく、視線を送るが、理恵はほくそ笑むだけで何も言ってくれない。


 一つ気になるのは、奈々。


 自信なさそうな表情を向けている。

 

 奈々らしくない。

  

 食事を終えた俺たち。


 俺と理恵に早苗さんがそれとなく言う。


「もう夜遅いし、二人とも泊まっていきなさい」

「……はい」

「お兄ちゃん!やった!」


 普段の俺なら断ったはずだが、今日はキングアイスドラゴンによる騒ぎが起きたんだ。


 今日くらいは一緒にいた方が安全だろう。


「風呂の準備しておくからちょっと待ってね」


 行って早苗さんは皿洗いを終え、風呂の準備を進めた。


 一番風呂は俺。


 服を全部脱いだ俺は体を洗い始める。


 引き締まった体。


 だけど、まだまだだ。


 ワンインチパンチの性能を上げるためにも、鍛錬を怠るのはダメだ。


 そう意気込みながら体の隅々まで洗っていると


 誰かがドアを開いた。

 

「ん?」

 

 俺が後ろを振り向いたら、


「……」


 そこには


 バスタオルを巻いた奈々が立っていた。


「っ!奈々!?」

「……お背中流して上げる」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る