第28話 強そうなカマキリ

 暖かい。


 柔らかい。

 

 理恵は俺にスキンシップをしてくることが多いが、早苗さんの温もりは俺の心にある何かを溶かすように優しい。


 早苗さんは美しい体と甘い言葉を使って、自分の全てを肯定してくれた。

 

 こんなに素敵な人が理恵の面倒を見てくれる。


 だとしたら、俺が早苗さんを守るしかない。


 けれど、あの二人は……


 俺は友梨姉と奈々の事を思い出した。


「娘たちのところに行ってもいいよ」

「……」

「行って、二人の気持ちを確かめてきて」

 

 俺を強く抱きしめていた早苗さんは、俺を解放してくれた。


 彼女の残り香が名残惜しそうに俺の鼻に漂った。


 それと同時に早苗さんの裸姿が目に入った。


 こんなに美しい女性に俺は甘えていたのか。


「祐介」

「はい……」

「いつでもきていいから」

「……」

「その代わりに、私が呼んだら来て」

「……はい」

「よろしい」

 

 早苗さんは口の端を上げて手を振ってくれた。


 二人は友梨姉の部屋にいると早苗さんが場所と共に教えてくれたので、俺は何も考えずに進む。


 まるで、何かに取り憑かれたように一つの場所に向かって俺は歩いていた。


 ドアを開けた。


 そしたら、3人がベッドに座った状態で仲良く何やら話している。


「あ、お兄ちゃん!」

「理恵……お前、大丈夫か?」

「うん。友梨お姉ちゃんの部屋で一緒に寝てただけだから!」

「友梨お姉ちゃん……」


 呼称が変わっている。

  

 理恵は立ち上がって、俺に近づいた。


「お兄ちゃん」

「ん?」

「私、友梨お姉ちゃんと奈々お姉ちゃんと色んな話をしてた」

「色んな話……」

「うん。友梨お姉ちゃんと奈々お姉ちゃんと私って結構似ているんだと思った。ふふふ」

「そうか……」


 理恵は後ろを振り向いてベッドにいる二人を見た。


 理恵の表情。


 寂しがり屋な理恵を慰めたら、理恵は俺にこのような表情を向けてくることが多い。


 まるで自分の家族であることを認めるような顔だ。

 

 なんだ。


 この気持ちは。


 みっともない。


 俺は理恵が幸せならそれだけで十分だ。


 なのに、理恵が他の人たちと家族になっていく場面を想像すると、ちょっと寂しい感情が芽生えてくる。


「お兄ちゃん」

「……なんだ」

「早苗さんから話は聞いたと思うけど、私、友梨お姉ちゃんと奈々お姉ちゃんの事大好き。だから私は大賛成だよ。家族になるの」

「……」

「お兄ちゃんはどう思う?」

「俺は……」

「ふふ、私、早苗さんに会いにいくから二人とじっくり話してね」


 理恵は俺の瞳をじっと見つめながら言った。


 妹の瞳の色彩はとっくにない。


 以前、俺以外の男にもガードが緩いか聞いたことがある。


 その時、理恵は今の顔をして全否定した。


 あの時は、理恵に何者かが乗り移ったかと思った。


 しかし、


 この姿こそが理恵の本当の姿ではないかと、うちなる自分が問いかけている。


「たとえ、私たちを取り巻く環境が変わったとしても、お兄ちゃんはずっと私のお兄ちゃんだよ」


 理恵は俺に耳打ちして部屋を出る。


 よって、この部屋にいるのは俺と友梨姉と奈々だけになってしまった。


 二人は俺を見て色っぽくクスッと笑ったのち、奈々が口を開く。


「祐介、ちょっと目閉じてもらえる?」

「……」

「早く」

「わかった」


 俺は奈々に言われるがまま目を閉じて待つ。


 視覚情報が遮断されたことで、耳が敏感になる。


 衣擦れの音がやけに大きく聞こえる。


「祐介くん、目を開けていいよ」


 友梨姉に言われ、目を開けてみたら、


 目の前には

 

 私服姿ではなく亜麻色の髪をしたメイド姿の美女がいた。


「っ!二人ともなんて格好してるんだ!」


「「ふふ」」


 戸惑う俺を子供扱いするようにクスッと笑う二人。


 だが、何かを思い出したのか、二人とも頬を桜色に染めてはにかむ。


 奈々がスカートをぎゅっと握り込んで話してきた。


「祐介、私、焦ったいのもう我慢できないからね。理恵ちゃんからの許可も降りたことだし、ちゃんと私たちを受け止めてよ……」

「……奈々、それは頼む側の言うセリフじゃないと思うけれど……まあ、私も同じ気持ちかしら」


 美人メイドさんは切ない面持ちだ。


 俺は二人から目を逸らした。


 それを否定と捉えたのか、奈々が口を開く。


「なんでこっちみないの?」

「……二人のファンがこれを知ったら、偉いことになるんだろうなって」


 俺が落ち着かない口調で言うと、奈々が安堵したように息を吐いてから、俺に近づいて真顔で言う。


「配信のことはどうでもいいの。祐介が私たちを受け入れてくれればチャンネルは削除して構わない」

「お、おい……チャンネル登録者数500万人超えているのに、軽すぎだろ」


 俺が抗議するも、二人はさも当然のように俺を見つめているだけだった。


「そうね。祐介くんと一緒になら、私たちがnowtubeをする理由がなくなるだもの」

「理由ってなんだ」

「ふふ、わかりきったことを……」


 友梨姉は立ち上がって奈々の隣にたつ。


 そして二人は図ったように、俺をじっと見つめては蕩ける表情で



「っ!!」


 ひょっとしたら、俺がこれまで自分の強さを評価されなかったのは、この日のためかもしれない。


 日本中知らない人がいないほど有名な美人インフルエンサーがメイド姿になって自分のチャンネルを削除してもいいと言っている。


 俺の心の中にあったブレーカと理性は、


 今や泡沫と化した。


「守ってやるよ。俺が全部!家族になって、守るから!」


「「っ!!!」」


 二人は脳に電気でも走るかのように足を痙攣させて、倒れようとする。


「危ない!」


 俺は急いで二人を抑えた。


「……やっぱり祐介はすごいね」

「ふふ、祐介くん、嬉しい」

「……」


 二人は俺に体を全て委ねて安堵のため息をついた。


 やばい。


 メイド服ということもあるんだが、二人の体、柔らかすぎてやばい。


 微かに残っている自制心を必死に保とうと試みる。


 そんな俺に二人の耳打ちする。


「祐介」

「祐介くん」

「……」

「祐介が頑張ってくれるから、ご褒美あげないとね」

「さがくんから私たちを守ってくれた件も兼ねて、ふふ」


 両耳から聞こえる二人の艶かしい声は、とっくに俺の脳を溶かしている。


 二人は嬉しそうに笑って、上目遣いで俺をみてきた。


「「」」


「ああ……」


 俺は二人を持ち上げた。


「「っ!!」」


 二人は一瞬驚くも、安心したように頬を緩める。


 そして、期待に満ち溢れる表情で俺を見てくる。


 俺は二人をベッドに運んで優しく下ろした。


 俺は、


 自分の気持ちを二人にぶつけた。




 カマキリside


 友梨の部屋のベランダには二匹のカマキリがいた。


 二匹のカマキリは交尾中である。


 メスのカマキリはオスのカマキリを食べようとするが、


 オスのカマキリはうまいことメスのカマキリの攻撃を躱し続ける。


 やがて、交尾が終わったオスのカマキリはメスから離れて、メスをじっと見つめる。


 それから周りを見回した後、両手をあげて螳螂拳とうろうけんのポーズを取る。


 実に強そうなカマキリである。



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