第13話 友梨の提案

 早苗さんの言葉は俺の心の奥深いところをピンポイントで刺激した。


 あの流れだと、自分は初対面の美しい女性に甘えてしまいそう。


 今まで守ってきた何かが崩れて、自分が自分じゃなくなってしまいそう。

 

 だから、俺は逃げるようにあの高級バーを出て行った。


 だけど、


 彼女がかけてくれた甘い言葉と優しい表情は、俺の脳裏に刻み込まれていく気がした。


 美人姉妹の母。


 母。


「お母さん……」


 死んだお母さんとの思い出が蘇る。


『ゆうちゃん〜理恵ちゃん〜こっちおいで。今日は二人が大好きな美味しい親子丼を作ったわよ〜』


 仕事で忙しいお父さんを支えながらお母さんはいつも俺たちに尽くしてくれた。


 思い出すと俺の心が脆くなりそうで、心の奥底に閉じ込めていた死んだ両親との思い出。


「なんで……」


 俺は唇を噛み締める。


 俺は唐揚げ屋さんに行き、弁当を買ってから家へと向かった。


「お帰り!お兄ちゃん!」

「よ、ただいま」


 制服姿の理恵が笑顔で俺を迎えてくれる光景。


 俺の心の支えだ。


 妹の笑顔をみるたびに、俺がこれまでしてきたことが肯定される気がする。


「スンスン……なんか唐揚げの匂いがするけど……」

「ああ。唐揚げ弁当だよ」

「わあああ!唐揚げ!」

「今日はレッドドラゴンの歯をダンジョン協会に買い取ってもらっていっぱい稼いだから、弁当、たくさん買ってきた」


 俺は頬を緩めて、弁当が入っているビニール袋を妹に差し出す。


 妹は目を輝かせて、俺に抱きついた。


 食事が終わり、


「はあ……美味しかった」

「全部食べるとはな……多めに買って気たのに」

「はっはっは!お兄ちゃん、私の食欲をなめちゃ困るよ!」

「ふふ、気をつける」

 

 妹は満足したようにお腹をさすっては床に横になる。


「理恵、私服に着替えてから横になれよ。皺になっちまう」

「は〜い」


 俺に言われた理恵は立ち上がって、そのまま脱ぎ始める。


 美人姉妹と比べたら肌の色は若干小麦色だ。


 しかし、胸の膨らみはこの前見た時より大きくなっており、だんだん大人の女性へと近づいていることがわかる。


 このままだと理恵のおっぱいも友梨さんや奈々のように大きくなっていくのだろうか。


 バカめ。


 なんで俺は妹とあの二人を比べているんだ。


 下着姿の妹を見てから、俺は困ったように目を逸らす。


「風呂場で着替えろよ」

「へえ、なんで?面倒臭いじゃん」

「いや、俺も一応男だし」

「あはは!面白い」

「何がだ」


 下着姿の妹は押し入れから私服を持ち出して俺を見つめる。


「お兄ちゃんはお兄ちゃんじゃん。いつものことだし」

「……」


 この前も似たような話をした気がする。


 俺は一つ気になったことを口にした。


「ひょっとして、他の男の人にもこんな感じだったりするのか?」


 これは、兄として知っておくべきだ。

 

 最近の妹はあまりにもガードが緩い気がする。


 そんなことを考えていると、妹はいきなり目の色彩がなくなり、目を細める。


「私がお兄ちゃん以外にこんなだらしない姿、見せるわけないじゃん」


 まるでアリ一匹なんか軽く殺せそうな眼差しを俺に向けてくる妹に俺は肩を竦めた。


「悪い……変なこと聞いて」

「ううん。わかればよろしい。ふふ」


 さっきまで思いっきりヤンデレモード全開だった妹は急に明るくなった。


 俺は話題を変えるべく口を開く。


「そういえば、今日、友梨さんと奈々のお母さんに会ってきた」

「え?そ、そうなの!?」

「ああ。早苗さんって言うんだけど、俺と同じくダンジョン協会に用事があるらしくて、なんか流れで一緒にお茶してな」

「すごい!桐枝早苗さんに会ってきたんだ!」


 妹は目をキラキラさせながら俺の方へ近づき、上目遣いしてきた。

 

「ねえねえ、どんな話したか教えて教えて!」

「まあいいけど、まずその前に着替えてこい」

「わかった!」


 俺は今日あったことを妹にざっくり伝えた。


 早苗さんが俺を慰めてくれたこと


 俺たちが危ない状況にあること


 夫が死んだこと


 友梨さんと奈々と仲良くしてほしいって言われたことも。


 そしたら、妹は感動を受けたように喜でくれる。


「あの大人気女優がお兄ちゃんを……めっちゃ優しい人じゃん!」

「ああ。本当優しい人だった。あ、ちなみに理恵のために有名なデザート屋で使える無料クーポンもくれたぞ」

「え、え!?私のために!?嘘!」 


 妹は幸せそうに両手を自分のほっぺたに当てながら微笑んだ。


「実は私、今日友梨先輩と一緒に話してね、いつもながら本当に素敵な人だなって思った。だから私、早苗さんの話に大賛成!」

「そうか。理恵はいつもあの二人に良くしてもらっているんだもんな」

「うん!私、同級生たちとあまり馴染めなくて……そんな私が学校に馴染めるように色々助けてくれたの!だからね、私、いつか恩返しがしたくて……」

 

 妹は在りし日に想いを馳せるように胸にそっと手を乗せた。


 それから何か思いついたのか、ハッと目を見開いて、俺を見つめる。


「お兄ちゃん!」

「ん?」

「一つお願いがあるんだ」

「お願い?」

「うん」


 理恵は物寂しそうに明後日の方向へ目を見遣り、口を開く。


「あの二人の先輩に困ったことがあれば、この前みたいに助けてほしいんだ」

「……わかった」


 なぜこんな表情を浮かべているのかは知らない。


 俺は理恵の手を強く握った。


「理恵」

「っ!?」

「デザート買いに行こう」

「お兄ちゃん……」

 

 理恵は口を半開きにして俺の目を真っ直ぐ見つめてくる。

 

 そして、目尻と口角を吊り上げて俺の腕に抱きついた。


「うん!行こう!」

「あんまくっつくなよ」

「ええ?いいじゃん!!」


 俺と理恵は駅前の高級デザート屋に行き、心ゆくまで甘々なデザートを堪能した。 

 

 理恵はまるで取り憑かれたようにケーキの数々を平らげて行った。


 理恵がこんなにデザートを好きだなんて思わなかった。


 普段貧乏な生活を送っているせいで、我慢してきたのだろう。

 

 でも大丈夫。


 これからはお金をいっぱい稼ぐわけだし、贅沢な想いをたくさんさせてやろうではないか。


 家に帰った俺たちは、風呂を浴びて眠りにつこうとした。


「おやすみ!お兄ちゃん」

「おやすみ」

「なんなら床じゃなくて私のベッドで一緒に寝てもいいけど」

「ねろ」

「はーい」

 

 妹はものの数秒で眠ってしまった。


 羨ましい能力だな。


 俺もそろそろ寝ようか。


 明日は高砂さんのところで働かないとな。


 そんなことを思っていたら、スマホが鳴った。


「ん?」


 俺は早速スマホの画面を表示させる。


 友梨さんからアインメッセージがきた。


 今日、早苗さんに連絡先教えてもらったばかりなのに……


 一体どんなメッセージを送ってきたんだろう。


 俺は指を動かして内容を確認した。


『夜遅くにすみません。岡田くん、起きてますか?』


 俺は秒で返事をする。


『はい。起きてますよ』

 

 何か俺に伝えたいことでもあるのだろうか。


 妹以外の女の子とアインでやりとりしたことほぼないからわかんない。


 俺が眉間に皺を寄せて考え込むこと数秒。

 

 友梨さんから返事がきた。


『一緒にコラボしませんか』


「こ、コラボ……」




 


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