第2章 1980年~都市伝説
① ワタシ、キレイ?
夏は短く、冬は雪に覆われる。ただ、イメージにありがちな雪に埋もれて――というほどではない。雪遊びが出来る程度には降るのだ。
雪かきをして積み上げた雪山は格好の遊び場であった。その雪山が道路端に、民家の数だけ存在していた。
こっちに引っ越してから気付いたのだが、北国は夏休みが半月短く、逆に冬休みは半月長い。考えてみれば当たり前だが、その当時はそんなことにも気がつかずにいられた。
短くとも夏休みは燦然と輝いていた。
あれは僕が十歳の夏休み前――一学期の終業式の日だった。
当時、流行っていた――というか、話題だったものに〈口裂け女〉があった。
黒ずくめのコートに、大きな帽子を目深に被り、口には大きなマスク。会った者に、『ワタシ、キレイ』と訊いてくるらしい。
覗いている他の部位がキレイなので、そう答えると、『コレデモカ!』とマスクを取り、その名の通りの正体を晒すのだ。
逃げても追ってきて、大きな鎌で切り裂かれてしまう――という話が皆の口を回っていた。
逃れる方法も幾つか伝わっていた。
『ポマード』を三回唱える――とか、べっ甲飴を渡すとその間に逃げられる――であった。
ポマードが整髪料だと知ったのはつい最近のことで、当時は呪文に違いないと信じていた。さらにべっ甲飴も売っている所がなく、もし現れたらどうしよう――と友達と本気で話し合い、対策を練ったものだ。
十歳の終業式は、その対策がなんの用も成さずに瓦解した日であった。
僕は〈口裂け女〉に遭った。
② 都市伝説を追って
終業式ということもあり、ランドセルではなかった。だが、上履きや絵の具箱などを持ち帰るために、荷物を抱えたおのぼりさん状態であった。
僕が当時通っていた小学校の校舎はEの字に似ていた。真中の棒の部分に職員室、二階が体育館である。教室は奇数偶数の学年でその両端に振り分けられていた。
四年生時には、下足箱から家へ帰るには真中の棒の前――職員通用口の前を通り過ぎる。
そこに〈口裂け女〉はいた。
黒ずくめの服で黒く幅広のつばの日除け帽を被った女性が立っていた。
口にはマスクも見えた。
なぜか校門向こうの国道に自動車の往来がなかった。通行人も見えなかった。職員口にさえ、人の気配が感じられなかった。
異空間に紛れ込んだかのような感覚――といえば分かるだろうか。
僕が近付いたのか、向こうが近付いたのか――距離が縮まっていた。
声の届く距離――。
訊かれる――そう思った僕は走り出していた。
たぶん悲鳴も上げていたに違いない。
その時点で記憶が曖昧になっていた。
一緒に逃げる生徒も他にいたような気もするし、一人だったような気もする――そんな状態であった。
気が付いたら家の玄関に着いていた。
冷やりとした玄関の空気で我に返った僕は、対策を何一つ講じられなかったことを悔やんだ。
次の日からは夏休み。僕は〈口裂け女〉を追うことにした。
今度こそ、練った対策で撃退してみせる――と意気込んでいた。
その頃、僕はほんの十歳の子供だ。本気で〈口裂け女〉を信じていた。一人では心細かったので、クラスメイトを訪ね、有志を募った。しかし全滅であった。
乗ってきた者はいなかった。それどころか、誰一人、信じる者もいなかった。
あの時、一緒にいた誰かを思い出せればと悔やんだが、今にしてみると、もし覚えていたとしても、あれだけの思いをしたのだから、やはり乗ってくるはずがなかった。
それでも僕は、その年の夏休みを〈口裂け女〉追跡に費やすこととなる。
新メンバーで――。
里見洋は、その時の一人だったのだ。
〈口裂け女〉のような噂を〈都市伝説〉と言うのだと教えてくれたのも洋であった。
「〈口裂け女〉は噂じゃない。本当にいるんだ。ツチノコよりも確実なんだ」
と僕は言いつつ、〈都市伝説〉という響きの良さが気にいっていた。
僕は『都市伝説を追え』を合言葉に、絶対捕まえてみせると広言し、走り回った。
結果は撃沈――夏休みの宿題を泣きながら三日でやる羽目に陥っただけであった。
だが、かけがえのない収穫もあった。
それが洋であった。
意外と博識な洋との会話は面白かった。
同じ学年であったが、クラスは二つ離れていたため今まで交流がなかったのだが、二学期が始まってからもクラスを越えて会うようになっていた。
プラモデルや怪獣の消しゴム人形、なぜか当時流行っていたメンコなど、彼とは趣味が合っていた。
そんなある日のことであった。
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