第55話 私のご主人様と、初めての夜
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服の裾を掴まれ、ご主人様に覆いかぶさられ、いよいよ逃げることができなくなります。
しかし、それがかえって興奮に繋がりました。逃げるつもりなんて元からなかったですし、ご主人様が近いと……気持ちいいですから。
自分の表情がどんどん緩くなって行くのが分かります。これから初めてを奪ってくれる人の体臭が、頭を狂わせます。
「…………」
「………っ」
しかし、ご主人様は裾を掴んだままめくらず、唇を噛むだけでした。
……もしかして、ここに来てまでヘタレるのでしょうか。仕方なく、私がご主人様の手を掴むと―――
「……ごめん、コンビニ行ってきてもいい?」
そんな情けない声が聞えて、私は目を丸くしてしまいます。
「……コンビニですか?」
「うん」
「どうして?」
「……必要でしょ?アレ」
「アレってどういう……あっ」
その時になって、私はようやく言葉の意味を察します。
成長した男女が体を重ねれば、必然的にそういうことを意識せざるを得なくなるわけ
で……ご主人様は私を考えて、ゴムを買って来ようとしているのでしょう。
……その必要は、ないのですが。
「……あります」
「ごめん、急いで買ってく―――えっ?」
「だから、あります……私の、机の引き出しの中に」
顔から火が出そうなほどの羞恥心に悶えながら、私は言います。ご主人様はパタッと動きを止めて、私の言葉を飲み込もうとしました。
そして、私の言葉をはっきり理解したご主人様は―――顔を赤らめながら、つぶやきます。
「……氷のエッチ」
「ちょっ……!」
「買ったんだ、それ」
「っ……!!し、仕方ないじゃないですか!元から言えばご主人様が悪いんです!いつも肝心なところで手を出して来ないんですから、私としても仕方な―――んむぅ!?」
それ以上言うなとばかりに、ご主人様はキスで私の言葉を遮ります。
恥ずかしさにまみれていた声は、すっかり唾液が交わる音に変わります。私はすぐに目をつぶって、主人の舌と唇を必死に感じようとしました。
しばらくの時間が経ち、もう心がドロドロに溶け出した時。
ご主人様は少しだけ唇を離して、私の頬を撫でながら言いました。
「ごめんね。次からは、俺が買うから」
「………………っ」
「……取ってくるね。ちょっとだけ待ってて」
もう一度キスを落として、ご主人様は素早く部屋から出て行きます。体温が無くなった私は恥ずかしさと興奮に蕩けたまま、布団を被りました。
主人が帰ってくる間、私の脳は要らない想像に思いを馳せます。もし、私とご主人様の間で子供ができたら。そうなったら。
……どんな感じの子供になるのでしょうか。
顔も心も声も、全部全部ご主人様に似て欲しい……とまで思った瞬間、部屋のドアがぱたんと開けられました。
……本当に、雰囲気が台無しです。
「……………おかえりです」
「……ただいま」
ご主人様は苦笑を浮かべながら、布団にくるまっている私に近づいてきます。布団をめくって、さっきと同じく私に覆いかぶさります。
ようやく欲しかった体温が帰ってきたというのに、私は唇を尖らせてしまいます。
「……遅いです」
「死ぬほど早く来たんだけど……」
「一瞬でも、離れちゃいやです」
「……氷、こんな性格だっけ」
「……知りません」
子供を通り越して赤ちゃんみたいな甘え方をされてるのに、ご主人様は笑うだけでした。
ご主人様は私を抱きしめたと思えば、急に首筋にキスを落としました。変に気持ちよくて、手慣れているようで、少しだけ悔しくなります。
体が強張って、変な声が出ないように精いっぱい耐えようとした時。
ご主人様は、流れるように私の下半身に触れます。
「ちょっ………!」
一人で盛んでいたせいで、私の下半身は下着姿のままです。ということは、私の大事な部分がちゃんと、ご主人様に晒されるわけで。
下着越しにゆっくりと撫でながら、ご主人様が囁きました。
「……氷のエッチ」
「………っ!」
「普段はあんなに
「ち、ちがっ……やっ、そこ……」
「答えて。今まで何回オナニーしたの?絶対、今日が初めてじゃないよね?」
「や、やだ……やだぁ……」
「……答えてくれないと、今日はここで終わりにするかも」
「……っ!?」
私は目を見開いて、ご主人様を見つめます。その顔には愛おしさと笑みと、少しの茶目っ気が混ざっていました。
自然と目尻に涙が浮かんで、私はいっぱいの恨めしさを込めてご主人様を睨みました。
……ズルい、ズルすぎます。
いつもはあんなにヘタレるくせに、どうしてこんな時だけ主導権を握るんですか。こんなの、おかしいじゃないですか。
あそこからどんどん気持ちよさが滲んで、全身が火照ると同時に切なくなります。
もどかしさは涙になって、私はもっとご主人様に縋りついてしまいます。
「……いじわるぅ」
「ふうん、普段からオナニーしてるのは本当なんだ」
「っ……!?い、いじわる。いじわるっ!」
「……あはっ」
コンコンと胸板を叩かれてるというのに、ご主人様は余裕な顔で笑うだけでした。それがもっと悔しくなって、叩く手にもっと力が入ります。
しかし、すぐに手首が掴まれて、私はまた唇を奪われました。
「んむっ、ちゅっ、ちゅぅ………んん、ちゅっ………」
………ずるいです、こんなの。
女の敵です。どうして、どうしてこんなに自然なんですか。ヘタレで意気地なしのくせに、どうしてこんなに上手いんですか……。
「ちゅるっ……ん、ふぅ……ふぅ……」
「ごめんね。泣かないで」
「……ご、ご主人様なんて……嫌い、です……」
「…………………」
嫌いと言われたのに、ご主人様は何も答えず、持って来た箱の内容物を取り出しました。
熱い空気と短い沈黙が流れると、いよいよ一つになる準備が整えられます。私の下着はあっけなく脱がされ、私は片手で口元を隠しながら震えます。
そして、結ばれる直前。
「氷」
「……な、なんですか」
「愛してるよ」
――――頭が真っ白になって。
えっ、と声を出すも前に、私の体は異物を受け入れました。
「あ、ん……ちょ、ちょっ……!」
「……本当に、愛してる」
「や、やっ……!!ちょ、いじ、わるぅ……!」
生涯初めての感覚を味わって苦しいのに、ご主人様の囁きが痛みを和らげます。
自然と涙が出て来て、私はご主人様を両手でぎゅっと抱きしめました。異物はどんどん体の中に侵入してきて、痛みが広まって。
そして、処女の象徴が破壊された瞬間、私は思わずうめき声を上げました。
「うぅっ……っ……」
「…………」
涙と痛みで歪んだ顔なんて、見せたくないのに。
しかし、その羞恥心が吹っ飛ぶくらいに、全身が熱いです。熱すぎて、溶けてしまいそうで、意識が燃え始めて。
もう本能しか残らなくなった私は、至近距離にあるご主人様と見つめ合います。
「…………」
「…………」
ご主人様は私の涙を掬って、私の頬を撫でて、信じられないくらい優しい眼差しをしていて。
私はもう、ダメになります。
「……キス」
「うん」
「早く、キスぅ……」
その優しさを唇に込めたように、柔らかい感触が私を襲って。
私はもう、ご主人様しか頭に入らなくなって、何度もついばむようにキスをします。
信じられないくらい痛いのに、信じられないくらい気持ちがいいなんて。
この相反した感覚も、この人がいたから感じられたのでしょう。私はきっと、今日のことを忘れないと思います。
忘れられるはずがありません。
生きてきた中で一番、熱い日ですから。
「ん、ちゅっ、ちゅぅ………もっ、と、キスぅ……」
優しさと思いやり凝り固まったようなこの人は、腰も振らずにキスを送り続けます。
私の痛みを少しでも薄めようと、必死でいるようで。
その行動すらも愛おしさに繋がって、私も思わず零してしまいます。
「……愛してます」
「……氷」
「本当に、愛してます……本当に」
「………ふふっ」
ご主人様は私の前髪を一度かき上げた後に、からかうように言いました。
「好きですじゃなくて、愛してますなんだ」
「……ご主人様だって、同じじゃないですか」
「……俺の感情は、好きを通り越してるから」
見つめ合って囁いているだけなのに、その声は生きてきた中で一番生々しく、私の中に響きます。
私はさらに涙を溢れさせながら、言いました。
「私が持っている感情だって、同じです。いえ、ご主人様のより100倍は大きいですから」
「だろうね、氷は重いもん」
「……悪かったですね、重いメイドで」
「重い主人には重いメイドが付くものだから、まぁいいや」
ご主人様はもう一度、軽いキスを送ります。
私は、ご主人様の頬に手を添えてから、聞きました。
「……私たちって、恋人なんですか?」
容易く言ってはいけない言葉。とても敏感で、割れやすくて、危険な言葉。
それでも、私は聞きました。主従関係以外の関係性で、私たちを新しく飾りたいから。
この人と、特別になりたいから。
「ううん」
でも、ご主人様は首を振って。
私の心臓は、文字通り凍りついてしまいます。
息ができなくなって、苦しさと痛みが一気に広がって、唇が震え出します。
指先から感覚が無くなって、今までとは違う涙が出て来ようとします。
だけど、次の瞬間。
「家族だよ」
その暖かい響きを聞いて。
どん底に落とされた私の心は、無事に地上まで救い上げられます。
「……まだ、半年も一緒に住んでないのに?」
「うん」
「まだ、一回しかエッチしてないのに?」
「キスは、数えきれないくらいした」
「……私たち、血も繋がっていない他人なのに?」
「……氷が言ったじゃん」
「なにをですか?」
「実存は本質に先立つって」
ご主人様は私の頬を撫でながら、伝えます。
「俺にとっては、いつもそばにいてくれる存在こそが、家族だから」
「…………………」
「…………………」
私は、ぷふっと笑いながら言います。
「……本当に、愛の重いご主人様ですね」
「誰かに移ったかもしれないな」
「……移るはずがありません。私は、ご主人様ほど優しくないので」
痛がる私のために何回もキスをして、暖かい言葉をくれて、冗談を言って、本音を伝えて。
早く私を感じたいはずなのに、その欲望がそのまま顔に出ているのに、ずっと我慢しているじゃないですか。
私はきっと、ご主人様ほど優しくはなれないでしょう。
だから、いつまでもその優しさを尊敬するはずです。
「……動いて、ください」
「……大丈夫?まだ痛いんでしょ?」
「ご主人様からもらうものなら、なんでもいいです」
「……………………」
「この痛みは、嬉しい痛みです。だから………私をいっぱい、感じてください」
あなたのものですから。
そう付け足すと、ご主人様はいよいよ顔を歪ませて、腰を動かします。
どうしても、気持ちよさより痛みが先走ってしまいます。ひりひりして、下半身が痺れて、体が自分の物じゃなくなるような感覚が走ります。
それでも、この人が贈ってくれる刺激なら、私はそれを受け入れられます。
私より大事な人ですから。
「キスも……キス、してぇ……」
熱がどんどん上がって、痛みでも快感でもない不思議な感覚が、体から芽生え始めます。
互いの息が荒くなって、それでも私たちは体を離さずに、ずっと至近距離で見つめ合います。この瞬間が終わらないで欲しいと、本能的に願ってしまいます。
何度もキスをして、浅薄な音を響かせて、汗を舐めて唇にキスをして吐息を混ぜ合わせると。
いよいよ、終わりが見えてきます。
「氷、俺………」
「………うん、来て」
「っ……!」
「私、ご主人様の……直君の、ものですから………来てぇ……」
直君、と呼ばれるとは思わなかったのか。
ご主人様の顔は一瞬固まって、即座に猛烈な表情になります。勢いのまま唇が塞がれて、私は大きく体を震わせました。
近い、とても近い。生々しすぎる刺激の中、本能的にそれを感じ取って。
私は全身をご主人様に絡め合わせて、縋ります。私の奥からもどんどん、何かが混み上がってくるのが分かりました。
絶対に忘れるはずのない、気持ちよさの塊りが。
「直君、直君、直君…………」
もう、私たちは欲望のままの動物になって。
「愛して、ます………」
最後の言葉を紡ぐと、体の奥から何かが爆ぜました。
強烈な何かが爆ぜて、体がこわばって、変な声が上がって、背中がのけぞってしまいます。
バカみたいに汗と涙が出て、頭が爆発して何も考えられなくなります。荒く息を吸うことが精一杯で、それはご主人様も同じでした。
「はぁ、はぁ……うぅ………なお、くん……」
「ふぅ、ふぅ……」
そして、やはりと言うべきか。
私より先に立ち直った直君は、私をさらにぎゅっと抱きしめながら言います。
「……氷」
愛してるよ。
何回も、何回もその言葉を耳元で囁けられたら、嫌でも体がまた反応してしまいます。
要らない涙がもっと出てきて、体は更に熱くなって、私の口さえも勝手に動いてしまいます。
溜めてきたものすべてを、この一夜に溶け込ませるように。バカみたいに私たちは伝え合いました。
愛してる、愛してます、愛してる、愛してますと。
何回も、何十回も、何百回も。
互いを見つめ合いながら、信じられないくらいの濃度で、想いをぶつけて。
私たちはどちらかともなく目を閉じて、幸せに埋もれて行きました。
この夜、私は生きる理由と意味を見つけました。
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