怠惰な陰キャ、なぜか世界を震わせていた
「ま、待ってください‼」
「ん……?」
ユリアから予想外に呼び止められ、俺は思わず振り返る。
いったいなんなんだ。
なんか面倒くさいことになりそうな予感がするが……。
彼女は数秒だけ自身のスマホをいじると、
「立ち去る前に、せめて教えてください。最強の探索者たる……あなたの名前を」
と言ってきた。
「いや……えっと」
俺は数秒間だけ頬を掻くと、再び身を翻した。
「断る」
「え……! ど、どうしてですか……?」
「だってあんた有名人じゃないか。そんな奴に名前を知られてみろ……きっと、世にも恐ろしいことになるに違いない」
「な、なりませんよ……」
どうしても逃げ出そうとする俺と、どうしても引き留めようとするユリア。
彼女もなかなか意地っ張りな性格のようで、なかなか引き下がる様子もなく――。
俺の前にまで走り寄ると、ぐいっと顔を近づけて言った。
「じ、じゃあ! せめてイニシャルだけでも教えてください! イ! ニ! シャ! ル!」
なんとまあ、随分と強引だな。
有名配信者が男に詰め寄っているのが知られたら、全国の男が泣くぞ。
「ん~……」
頬を掻きながら、俺は咄嗟の言い訳を口にする。
「じゃあA.A」
「《じゃあ》ってなんですか‼ 絶対咄嗟に考えたイニシャルでしょ、それ‼」
「違う違う、ほんとにA.Aだって」
「む、む~!」
可愛らしく頬を丸め、その場にじたばたするユリア。
ネットサーフィン中に飛び込んできた情報によれば、彼女は現在で17歳。
つまりは俺と同い年であり、こうして会話が弾みやすい(?)のも当然と言えた。
「じゃあ、せめてデスデビルオーガの素材くらい採っていきましょうよ! 勿体ないじゃないですか、せっかくのSランクのモンスターなんだから」
「いや、いらん。全部あんたが持ってっていいぞ」
「え、いやいや、いくらなんでもそれは……!」
「たかがデスデビルオーガだろ? ぶっちゃけこいつの素材もカンストしてるし……別に貴重でもなんでもない」
「…………」
そこまで言い放つと、ユリアはたっぷり数秒間、ぽかんと口を開け続けた。
「たかがデスデビルオーガ……。カンストしてる素材……。ほ、本気で言ってるんですか?」
「だからそうだって言ってるだろ。いらないんだよ、こんな奴の素材」
「…………」
「じゃあ、そういうわけだ。またな」
「あっ、待って……‼」
そう言って立ち去る俺の背中を、ユリアがずっと見つめていた――気がした。
名を教えなかったことに少しばかりの罪悪感は残るが、しかしまあ、彼女は有名配信者。
そんな俺の願いは――翌朝、早々に打ち砕かれることになるのだった。
★
「な、なんだこれは……⁉」
翌朝。
起き抜けにスマホでネットサーフィンをしていると、とんでもない情報が目に飛び込んできた。
――ミユルを超える最強の探索者、現る⁉――
――息をしただけで、強敵デスデビルオーガを瞬殺!――
――関係者によると、その探索者は護月院高校の二年生⁉――
――ダンジョン省庁も、当該の少年を捜索中⁉――
「な、なんでだよ……!」
俺はスマホを放り投げ、仰向けになって顔を覆う。
ユリアは有名配信者だし、昨日の戦闘が世に広まるのは理解できる。だから本当は関わりたくなかったんだが、まあ、さすがに命の危機に瀕しているのを無視はできないからな。
昨日、ユリアに名乗らなかったのはそれがため。
俺の姿が全国に配信される可能性があった以上、せめて正体だけはバレないようにしていたんだが――。
ネット特定班の実力を、正直舐めていた。
こんなにも早く俺の素性が世に広まっていくとは、正直考えもしていなかった。
幸い、このニュース記事には名前までは載っていない。知らぬ存ぜぬを通していれば、きっと周囲にバレることはないと思うが……。
「はぁ……。めんどくせぇ……」
ため息をつきながら、俺は登校の準備をはじめるのだった。
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