第十一話 東に降りかかる災難
人気アイドル・モニカの護衛を依頼された
「え……ちょっと、留守番ってどういうことですか?」
「どういうことも何も、仕事は僕一人でやるって言ってるんすよ」
「そんな……私もご一緒させてください!」
「ダメっす」
「なんで……私の態度の問題ですか!? 私が探偵業について勘違いしてるってことですか?」
「ハァ……そうじゃないっすよ」
東がため息をつく。
「事務所が空になったら、誰がモニカさん以外を助けに行くんすか?」
「あ……!」
黄金区民の誰もが東の名前を知っている。何かトラブルが生じたら東のところへ行くだろう。
それに前回の「からんころん」の調査は広範囲かつ地道な作業であったため、二人で行ったのだ。今回の護衛任務は一人が
「というわけだから、僕がいない間はよろしくっすよ」
「はい……行ってらっしゃいませ」
香菜は扉が閉まる音が聞こえるまで頭を下げていた。
顔をあげれば、そこそこ広い事務所内に自分一人。
「私一人になっちゃった……」
「どうしよう……私また暇だ……でも勝手に事務所を離れるわけにも……」
東が座っていたデスクの椅子に座り、スマホを取り出す香菜。
「……他のラッキーセブンのメンバーにも会いたかったな……」
一方東、トークショーの撮影の舞台である東邦テレビの本社に来ていた。
「あ、ディレクターさんお久っす!」
「あ、東さん……またお会いしましたね……」
何故二人の間に面識があるのか、それについては第八話を参照されたし。
詳しい描写は省いたが、見よ、ディレクターの顔を。完全にトラウマを思い出した時の表情である。
「今日は……どのようなご用件で……」
「いやいや今日は違うっすよ。この子の護衛を頼まれちゃって……」
と、モニカの方を向いた。
するとモニカが、
「東さん! この子、私の親友ですぅ!」
と、色違いのドレスを着た女子を連れてきた。
「こんにちは……レイです」
「あ、どもー。東
その時、東はレイの目の色から何かを察した。
「ちょっとレイちゃん! もうちょっと態度良くしないとダメですよぉ!」
「でもモニカ、この人なんか不真面目そう……」
「あー、もう! ごめんなさい東さん、この子ちょっと初対面の人が苦手でぇ……」
「フフフ、まあいいっすよ。そうゆうキャラっしょ?」
「いえ、そういうわけじゃなくてぇ……」
「モニカ、もう時間よ。こんな男にかまってないで早くいかなきゃ……」
話の途中だが、レイがモニカの手を引いてスタジオの方へ向かって行った。
「……ねえ
「あれは厳密にはライトブルーですが……レイはメンバー以外には大体ああいう態度ですよ。おかげでテレビ局のお偉いさんからは気に入られていない様子で……」
「アチャー、アイドルとしてそれはきついっすね」
「でもモニカと一緒にいるときは、なんだか少し楽しそうにも見えるんです」
「……へぇ……」
高橋は東がやけに大人しいのを感じて、何か嫌な予感がした。
「本日のゲストは、今大人気の黄金区ご当地アイドル『ラッキーセブン』から、モニカちゃんとレイちゃんでーす!」
司会者の声が舞台袖まで聞こえる。
「あ、もう始まっちゃってるっす! 流石に生放送中に手を出すことはないっすよね……?」
と東が言うが、高橋は
「いえ、念のためすぐそばで見ておきましょう」
と言ったので、二人でそれぞれ上手側と下手側に待機して、不審者を監視することになった。
「ラッキーセブンは一週間後の五月二十一日に、初の武道館ライブをやるそうですが……心境の方はいかがでしょうか?」
「ええと、私はぁ、すっごく緊張していますぅ!」
「私は……いつもの仕事のようにやるだけです」
受けごたえの内容から二人の人物像を読み解く東。探偵として最も重要なのは、まず依頼人を理解することであると、東は考えている。
すると
「……!?」
東が感じたのは、視線。明らかに自分に向けられたものだった。
狙われている、かもしれない。その疑心暗鬼は人の心に恐怖を植え付ける。一流探偵の東とて例外ではない。
しかし、それは東にとって問題ではない。
(大丈夫……恐怖は生物の本能……大事なのは飲み込まれず、自らのエネルギーに変換すること!)
壁に背を向けると、胸ポケットにある「タクティカルペン」を抜こうとする。
これは通常のボールペンとして使用できるだけでなく、本体がジュラルミン製で、かつペンの芯が出る方とは逆の方に付けられているキャップを取ると、そこからはタングステン製の突起物が出てくるという代物。東が護身のために愛用している。
ところが、そのペンを伸ばそうとした東の指先には、違和感があった。
「あれ……おかしいな、確かに胸ポケットに入れといたはずなんすけど……」
その他ジャケットの内ポケット、ズボンのポケットなど探ってみるが、タクティカルペンどころか百均のボールペンすら見つからない。
(やだなぁ……アレ800円もするんだよ……)
紛失したボールペンを想うも、いまだに東の皮膚は何者かの視線を感じ続けている。
東はモニカの方に気を配りつつ、自分に向けられた視線にも警戒し続けるしかなかった。
二時間後、無事にトークショーは終わった。
「何事も無くて良かったですね」
と、高橋が東に声をかける。
「まあ、まだ本番まで一週間っすからね。犯人も時期を狙ってるんしょ」
東はそう答えたが、正直あの時感じた視線が気が気でなかった。
おまけに愛用していたタクティカルペンもどこかへ消えてしまうし、東は自分の不注意を呪った。
その後、すぐに東邦テレビを出発、車の中で昼食を食べつつTSBテレビへ向かう。ちなみにTSBとは、「Totemo Subarashii Bangumi」の略語である。
テレビ局に着くや否や、高橋が指示を出す。
「モニカとレイはすぐに楽屋で着替えてください!」
「えぇ!? その格好でやるんじゃないんすか!?」
アイドルをよく理解していない東が驚愕の声を漏らす。
「あのドレスは本番用ですよ? 今からリハーサルなのでそれ用のジャージに着替えるんです」
「あ、そっすか……」
やっぱり香菜を呼んだ方がよかったかもしれない、と東は思った。
彼女の出過ぎた態度を見て、一度一人で頭を冷やさせたほうが良いかと思っていたが、「依頼人を理解する」という点においては、今回の任務で香菜はおそらく最も適した人材だ。「ラッキーセブン」が全員集合する様を目の当りにしたら、おそらく冗談抜きで死にかねないことを除けば。
モニカは急ぎ足で楽屋へ向かった。護衛の東もついて行く。
勿論、楽屋の扉の前で待機するつもりであった。
すると、
「おわっと!?」
東が何かに躓いて転んだ。
「痛たた……何に躓いた……?」
「あわわわわ、大丈夫ですかぁ!?」
転ぶ音を聞いたモニカがすっ飛んできた。
「大丈夫っすよ……てあれ、こんなところに段ボールあったっけ?」
「わぁ! 本当ですぅ! ちゃんと片づけてほしいですぅ!」
「まあ段ボールはどうでもいいっすよ。早く楽屋行かなきゃまずいんじゃないっすか?」
そういって東が立とうとしたとき、
(……まただ)
二時間前に感じたあの視線を、もう一度感じることになった。
見られている気がする方向を見ると、そこではレイと別のメンバーが何か話していた。
(気のせい……だといいんだけど)
「ほら、モニカさん、さっさと着替えてくるっす!」
楽屋の前で、半ば強引に中に誘導する東。
「えぇ? 何言ってるんですかぁ?」
「何って、早く着替えなきゃやばいっしょ」
「そうじゃなくてぇ……東さんも来るんですよぉ?」
「……はぁ!?」
この時、東は(こいつバカか!? なんで命狙われてるときにそんなバカげたこと言えるんだ!?)と思った。そんな東の困惑もよそに、
「ほらぁ、早く入ってくださいよぉ」
と、東の腕をつかんで楽屋に誘い込んでしまった。
「しっかり私のこと、守ってくれるんですよねぇ?」
「そりゃまあ、金もらってるっすから」
「じゃあ今から着替えますからぁ、ちゃんと誰も来ないように見張っててくださいよぉ?」
「はいはいわかったっすよ」
扉を向いて直立する東。
普通の男子なら、超人気アイドル美少女の生着替えを近くに感じながら、正常な判断ができるはずがない。
が、そこは東敏行である。全く動じない。自分の背後に裸のアイドルがいることなどどうでもよい。
それより東が考えていたのは、これから自らの身に降りかかるであろう災難の心配であった。
(いつもなら物で躓くだの物を無くすだの、そんな初歩的ミスはしないはず……おまけにさっきも感じていたあの視線……もしかしたら、今回の任務中はこういうミスが続くかもしれないな……)
「東さん、準備できましたよぉ」
背後からモニカのふわふわ声が聞こえた。ここで東はやっと振り返り、モニカの姿を確認する。
何の変哲もないジャージだった。
「じゃ、行くっすか」
東が扉を開け、
「どうぞ、モニカさん」
と先導する。その声に私情は一切込められていなかった。
(何ですか、弱虫)
第十二話 二枚の脅迫状 に続く
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