第九話 悪行退散

 「いや~、疲れたっすね~」

あずまが言うが、流石に昨夜のようにはならず、椅子に座り体勢を崩す。

 「お腹すきました……」

 も席に着き、頭をテーブルに置く。

 二〇二三年五月一日(月)午後一時頃、東と香菜は、賄賂バラマキ珍道中から帰還した。

 これにより、今まで故意に報道されなかったと思われる少年連続誘拐事件がニュースになり、正体がただの甲斐性無しの演技派サラリーマンである「からんころん」に関するニュースは消えてなくなるだろう。

 「お昼どうしますか?」

 香菜が覇気の無い声で尋ねる。

 「冷蔵庫に作り置きならあるっすよ。もやしのナムルとか、もやしのごま油炒めとか、もやしの素揚げとか、もやしの……」

 「もやしばっかじゃないですか……炭水化物欲しいです……」

 「言っとくけど僕は絶対に作らないっすよ」

 そう言いながら冷蔵庫からもやしが大量に詰まったタッパーを取り出し、テーブルに並べる東。

 「昼ごはん食べたら、また出かけなきゃっす」

 「まだやることあるんですか?」

 「そりゃあるっすよ。僕は警察に顔出してくるし、香菜さんには……」

と言いかけて、鞄から何かの資料を取り出した。

 「……この人の尾行をしてもらうっす」

 香菜がその資料を取って確かめると、

「この人……まさか」

と、それを見る目が真剣になった。

 「僕の言いたいことは……わかるっすね?」

 東がニヤリと笑う。

 「それは……勿論」

 香菜も微笑み返した。



 香菜が尾行を行う対象は、昨夜調査したばかりの自然公園付近に居を構えている、だ。

 香菜は近くの丘から、東から支給された双眼鏡でその家を覗いていた。

 「家の中は……あんまり怪しいものはなさそうだけど……あ! 外出た! 持ってる……? 持ってる! 写真撮らなきゃ……」

 望遠カメラで手元を撮影する。

 ターゲットが手に持っていたのは、葉書。

 葉書がどうしたという読者は、一話前を参照されたし。



 ちょうど同時刻、東はラジオ局から回収した葉書の鑑定結果を、みずぬまと共に確認していた。

 「東、お前の予想通りだ……十二枚の葉書中八枚が同一人物の筆跡、後の四枚も一人の人物によって書かれている。そして指紋が。これはつまり……」

 「二人組ペアによる犯行ってことっすね! 今香菜さんが調査してくれるっす」

 「それでだ、この二人分の指紋が警視庁のデータベースに存在した」

と、水沼がその二人の情報をモニターに移す。

 それを見た東は

 「ビンゴ……っすけど、まさかここまでとは……」

に対して嫌悪感を抱いていた。

 「ああ、まさか私もこんなところで再会するとは思ってもみなかったよ」

 水沼がそういったところで、東のスマホが鳴る。

 「お、香菜さんからっすね。もしもし?」

 『東さんが言ってた取れました! 今メールで送りました!』

 「そっすか! よくやったっす! もう撤収しちゃっていいっすよ」

 『了解です!』

 東がメールを見ると、確かにモニターの人物と同じ顔。

 「これ、手元を拡大コピーしてもらえないっすか?」

と、東が水沼にスマホを渡す。

 「わかった、やってみよう」

 水沼が受け取り、その画像を拡大コピーして印刷する。

 「この葉書……読めるっすか?」

 「『ラジオネーム・天和通りの主婦、最近自然公園に出没するというからんころんについてですが、私もそれを先日……』」

 「OK、これでもう間違いないっすね!」

 「ああ……早速、捜索令状の請求だ!」



 その日の夜、午後十時頃。

 人の気配無き武蔵金山跡自然公園にて、一人の気配が現れた。

 男の名はさいとうあつあき。またの名を、からんころん。

 この男こそが、武蔵金山の亡霊の正体である。

 どうやら、所属する劇団の練習のためにこのような奇行を行っているという。

 彼がドライアイスをまき散らし、摸造刀を抜いて殺陣の練習をしていた時だった。

 「こんちゃーっす、今日も精が出てるっすね斎藤さん!」

 霧の向こうから東が現れた。

 「ああ、東さん、またお会いしましたね」

 「練習の方はいかがっすか?」

 「それはまあ、お陰様でだいぶ上手くなりましたよ……」

 「そっすか!」

 二人はともに笑う。

 「……ところで、ちょっと来てほしいところがあるんすけど」

 「ん? なんですか、私は今……」

 「だーいじょう大丈夫、すぐに終わるし、何より

 「良く知ってる場所……? まあ、そこまで言うならついて行きますけど……」

 東に誘導されながら、公園を出てどこかへ向かう斎藤。

 五分ほど歩き、東が言った。

 「ほら、目的地に着いたっす」


 ……斎藤は思わず言葉を失った。

 彼がそこで見たものは、二台のパトカーと複数の警察官、香菜、そして手錠をかけられ身柄を拘束された自身の妻だった。

 香菜が動向を確認していたのは、まさしく斎藤の妻だったのである。

 「久しぶりだな、。この十二年で顔を変えていたようだが、指紋までは変えるのを忘れていたようだな」

 「こ、これは一体どういうことですか! 私の妻が何をしたと」

 「しらばっくれても無駄っすよ」

 東が斎藤、いや、ソジュンの言葉を遮るように言った。

 「俺の顔を忘れたか? パク・ソジュン。十二年前、俺がまだ捜査一課所属だったころ、日本人を拉致したとしてお前を逮捕したんだが……」

 「……まさか、水沼……!?」

 ようやく思い出したようだ。思い出して、顔を真っ青にした。

 「そうだ! あの時は当時の国民党政権の圧力で釈放せざるを得なかったが、今は違う!! よくも私の息子を怖がらせてくれたな……!!」

 「し、知らなかったんだよ! あんたの息子だったなんて!」

 「ホント、軽蔑しますよ」

 今度は香菜が口を出す。

 「あなたたちの国の人間が全員そうとは言わずとも、少なくともあなたたち二人とも、日本人のことなんだと思ってるんですか!! あの子たちはあなたたちの道具じゃありません!!」

 「子供騙しのコスプレと北朝鮮国籍でメディアは手駒に取れど、僕達は権力なんかに縛られない探偵っすからね……日本人の子供を個人としてみないその腐った考え方、恥を知ってくださいっす!!」

 東もまた、怒りと軽蔑で声を荒げた。

 「パク・ソジュン、未成年りゃくしゅの罪で、現行犯逮捕する!!!」

 水沼の合図で、警官たちが一斉にソジュンを捕らえようとする。

 「くそっ、捕まってたまるか!!」

 ソジュンは模造刀を放り投げると、回れ右して全速力で逃げ始めた。

 「待て! 止まれ!」

 水沼が追いかけようとするコンマ数秒前に、香菜が動いた。

 彼女は100m11秒76の俊足でソジュンに追いつき、その勢いでタックルを食らわせたのである。

 ソジュンは卒倒した。当然の帰結である。

 「確保!!」

 倒れ伏した侍に警官が群がった。

 「すっげぇ! 香菜さん足速いっすねー!」

 東が香菜の肩を叩いて褒めた。

 「そりゃまあ、元陸上部ですし?」

 香菜はそっけない態度を取ろうとしていたが、正直まんざらでもなかった。



 こうして事件は解決された。

 日本人名を使用し、国内にて日本人を拉致し北朝鮮に売ろうとした朝鮮人二名は、速やかに強制送還となった。二度の日本の土を踏むことはあるまい。

 今度はしっかり誘拐事件がニュースになった。犯人の実名は報道されなかったが……

 誘拐された子供たちは無事に親元に戻った。

 ついでに言うと、香菜は引っ越しのための諸々の手続きを終えた。正式に東探偵事務所に住所を移したのである。


 「いや~、子供たちは無事だし、香菜さんの引っ越し祝いも兼ねて、今夜はパーティーっすよ!」

 東が珍しく食い意地を張っている。

 「それでだ、なぜ私の家に来ているんだ!?」

 理由は水沼の驕りであるからだ。

 「いいじゃない、私が呼んだの」

 そう言ったのは水沼の妻、まつである。

 「この二人はよし(水沼の息子)の命の恩人よ? 義人も会いたがってたし。ね、義人?」

 「うん!」

 「……ちゃんと二人にお礼言ったか?」

 水沼が茉莉の勢いに押されて流れに身を任せる。

 「黄色いお兄ちゃん、スーツのお姉ちゃん、どうもありがとう!!」

 屈託のない笑顔でお礼を言う義人。

 「う、うん……どういたしまして……」

 香菜は嬉しさと母性本能が働いて、顔を赤らめ思わず目をそらしてしまった。

 そこに東が声をかけた。

 「どうっすか、香菜さん? 探偵っていいでしょ? こんな風に感謝されまくりっすよ?」

 「……はい。ちょっと、いいかもです……!」

 そうか、これが東さんが探偵を続ける理由か。東さんはお金が好きだけど、それ以前に人々の笑顔が見たいんだ、と香菜は思った。

 「それじゃ、子供たちの無事と香菜さんの助手就任・引っ越しを祝ってー?」


 「「「「「カンパーイ!!!」」」」」


 水沼は柄にもなく飲みまくった。

 香菜も好物のワインに舌鼓を打っていた。

 「ねえねえお兄ちゃん、好きな仮面ライダー何?」

 義人は既に東に懐いていた。

 「そうっすね~、僕の世代だとファイズとかブレイドだけど。かっこいいっすよね! 義人君は?」

 「僕ねー、セイバーが大好きなの!!」

と、わざわざおもちゃ箱からDX聖剣ソードライバーを引っ張り出した。

 「見てて、お兄ちゃん! 今から変身するよ! 変身するから!!」

 義人と東が遊んでいるのを見て、茉莉が香菜に声をかけた。

 「東さん、すごくいいお方ですね」

 「そう……ですかね? いい人だったらぼったくりなんかしないし……」

 「いいえ、あれ見てくださいよ。義人があんなに懐いてる。子供が懐く人が悪い人なわけないじゃないですか」

と、仮面ライダーごっこをしている二人を眺める。

 「まあ、確かにそうかも……ところで水沼さん」

 「んー? なんだこの野郎!」

 水沼は怒り上戸であった。

 「ゆうさん! ももやまさんになんて口の利き方を……!!」

 「あ、あの……今回東さんが請求した依頼料って……」

 「今回は黄金署に対する請求だからって、前金800万、達成料1200万も請求してきやがったんだよ! あの守銭奴め!」

 「に、2000万も!!? すみません! ウチの東さんがすみません!!」

 香菜は平身低頭して謝った。

 「烈火・抜刀!」

 ベルトの音声が部屋の中でこだました。



今回の東敏行の収支

 支出

 ・バス運賃 210

 ・タクシー代 26000

 ・賄賂 700万

 計702万6210円

 収入

 ・前金 800万

 ・依頼達成料 1200万

 計2000万円


 収支 +1297万3790円



次回、File.3 華の意志を問わぬ庭師、開幕

第十話 黄金区の華・モニカ に続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る