第七話 正体見たりからんころん
「次は~、布袋通り二丁目、布袋通り二丁目。お降りの方は……」
現在、探偵・
香菜はタクシーで行くことを主張した。理由はバスが来るのが遅いことと、全身黄色のジャージの人間が二人同時にバスに乗れば、確実に乗客の混乱を招くということを確信していたからである。
しかし、東が
「タクシーなんて絶対ダメっす!! あんなの金の無駄以外の何でもないっす!!」
と頑なに主張したため、口論になり、数分ののち、香菜が折れた。
案の定、バス停のうちからさんざん声をかけられ(それはそもそも東が地元で有名人だということもあったが)、東とおそろいのジャージを指摘され、更には買い物帰りのお母さん共に
「あ~ら東さん! かわいい彼女ねぇ!」
「お嬢ちゃん、誰だか知らないけど、東くんはやめといたほうが良いわよ?」
などと、公共の場でからかわれてしまった。
香菜は適当な相槌でその場をやり過ごしたが、その顔面は羞恥心と怒り(to 東)によって真っ赤であった。
東が面と向かって男女の関係を否定していたが、ああやって正面からバッサリ否定されるのもなんだかんだムカつく。
そんなわけで、香菜は一刻も早くこのバスを降りたかった。
「次は
ピンポーン!
香菜の腕が亜音速まで加速し、「降ります」のボタンを叩きつけた。
「……自然公園、自然公園。お降りの方は……もういらっしゃるということで、はい……停まります……」
そんなわけで、漸く自然公園に到着した東と香菜。
「それで……これからどうするんですか?」
道を歩きながら香菜が尋ねる。
「う~ん、どうしよ?」
「……は!? 考えてなかったんですか?」
「なんせラジオ以外にデータがないんすよ……まあ地道に聞き込み調査かなぁ……」
二人がそんなことを話していると、
「……あれ? あそこに居るのって……」
東が注目した人物は、通行人の中で異彩を放っていた。
警察官の格好をしており、一人で雑草や土を採取したり、公園の写真を撮っていた。
東はその男に近づき、声をかけた。
「みっちゃん!」
「うわぁ!」
急に声をかけられた
「なんだ、東か……」
「何やってんすか、っかくの日曜日に一人で」
「見たらわかるだろう、調査だ。誘拐事件のな!」
「捜査一課の人たちがいるじゃないっすか。刑事のくせに制服なんか着ちゃって……」
「別の仕事があるそうだ」
「大変っすねぇ、警察官は」
「たとえ警察官じゃなかろうと、息子が誘拐されたのだ。ここ数日は調査に赴いている」
七年来の仲である東と水沼の会話に、香菜は割り込めずおろおろとしていた。
すると、
「ん? その女性は……」
水沼が香菜の存在に気づいた。
「あ! 私、桃山香菜と申します。この度東さんの助手になることに……」
「ああ、美術館でお会いしましたね。」
事件から日が浅いということもあり、互いが互いの事を覚えていた香菜と水沼。
水沼が香菜に耳打ちする。
「それはそうと……本当によろしいのですか? 東などと組んで……」
「まあ……高給につられちゃったので……」
香菜が苦笑いしながら答えた。
「そうだみっちゃん、このあたりで侍の亡霊が出るとか聞いてないっすか?」
東が水沼の集めた証拠を手に取りながら尋ねた。
水沼は
「亡霊だと? そんな話は聞いたことないが……」
と、どうやら朝のラジオを聞く時間は彼には無いようだ。
「いやーそれが、どうやら出るらしいんすよ。最近ラジオに目撃証言が送られてるっす。武蔵金山跡には夜な夜な『からんころん』とかいう侍の亡霊が出るって、誘拐事件と関係あるんじゃないっすか?」
「なるほど……不審者情報があるとは知らなかった。事件に関係しているかもしれないな」
それから三人で話し合い、調査の内容が決定した。
「僕はこの周辺の民家に聞き込み調査に行くっす。二人はこの公園で聞き込み調査をやってくださいっす!」
「了解!」
「わかりました!」
東は公園の外に出ると、被害者たちの失踪地点付近の民家を片っ端から当たり始めた。
「こんちゃーっす、このあたりで起きた少年の誘拐事件について質問が……」
「ああ、悪いけど、うちは何にも知りませんよ。その侍の亡霊とかいうのも、聞いたことありませんよ」
「このあたりで起きた誘拐事件について何かご存じっすか?」
「さあ、知りませんね。ここ数日ニュースにもなってないし。『からんころん』とかいうのは、よくラジオで聞きますけど」
「
「わかりませんねぇ、最近めっきり見なくなりましたから心配で。」
———三十軒の民家に話を聞いたが、事件の内容を詳しく知っている者はおらず。「からんころん」の存在について知っているのは八軒であった。
東はこのように推理した。
(『からんころん』について知っている人は、朝のラジオを聞いている人だけだった……他の媒体では『からんころん』に関する情報はないのか? そして誘拐事件のニュースがここ数日報道されていないって言ってる人が一人いたな、どういうことだ? まだ一週間しかたってないのに、子供三人が行方不明になったなんて随分と儲かるネタになるだろうに……)
そしてスマホを取り、連続誘拐事件のニュースを調べた。
「からんころん」の名前は、ラジオ記事に関するウェブサイト以外で記載されていないということを確認した。
しかし、驚くことに、最初の被害者である細谷少年以外の情報が、どのメディアにも記載されていなかったのである。
「これは一体……メディアは何をやってるっすか……!?」
思わず動揺の声が漏れた。
一方水沼と香菜は、公園内事務所の職員に声をかけていた。
「黄金署の者です。このあたりに侍の格好をした不審者が出るとの情報がありましたが……」
職員は答えた。
「はい。確かにここ数夜、侍のコスプレをして剣を振り回している不審者がいるのを確認しております」
あまりにもあっけなく、侍の存在を確認できてしまったので、二人は驚きを通り越して呆れてしまった。
香菜が聞いた。
「なぜ警察の方に通報しなかったんですか!?」
「それはまあ……雰囲気がとても不気味で、職員の方も近づけず……」
「まあまあ香菜さん、落ち着いて。その侍が出る時間帯は決まっていますか?」
「はい、大体午後十時を過ぎたあたりから……」
「そうですか、ご協力ありがとうございます」
水沼と香菜は、直ちにその場を立ち去った。
「水沼さん、いい手掛かりが手に入りましたね!」
初仕事が今のところ順調に進んでいるので、香菜は上機嫌であった。
「そうですね……問題はその『からんころん』が、誘拐事件と直接関係があるかですが……」
水沼は我が子を想うと、顔に影を落とした。
それから夜まで聞き込み調査を続け、黄色ジャージの二人は東が作った弁当を食べ(食べた香菜の感想としては、腹は膨れるが色取りが少なくてつまらないとのこと)、水沼は一旦署に戻り情報を整理し……
午後十時頃。
三人は目撃証言を元に、武蔵金山跡の入り口付近に潜んでいた。
「来るといいっすねー、お化け」
東がのんきにそんなことを言った。
「しっ、静かにしろ。気配をひそめるんだ」
水沼は匍匐姿勢で、暗視スコープを覗いていた。
「……」
その時、香菜は自分がお化け嫌いであることをようやく思い出し、青ざめ、震えだした。
「私、もう帰っていいですか……?(小声)」
「何言ってるっすか! もう少しの辛抱っすよ! ここまで来たんだから覚悟決めてくださいっす!(小声)」
その時だった。
からーん……ころーん……からーん……ころーん……
(来たっ……!!)
三人同時にそう思った。
香菜は東に手渡されていたカメラを構える。
石畳の上を下駄が打ち鳴らすその音は、だんだんと近づいてきた。
水沼と香菜はその姿を間違いなく、レンズ越しに確認した。
水沼の手に冷や汗が握られる。
東はニヤニヤしている。
香菜は今にも声を出そうとするのを我慢していた。
そんな時に、首筋に何か冷たいものが触れる気がしたら、
「きゃあああああああああああああああああああっ!!!」
……誰だって声を叫ばずにはいられないだろう。
香菜は思わず立ち上がり、侍と目が合った。
「あ、もう! 香菜さん何やってんすか!」
東も立ち上がった。
「仕方ない、行くか……」
水沼が侍に近づく。
「こんばんはー。黄金署の者ですが、少々お話よろしいでしょうか?」
今まで何人もの不審者に声をかけてきたのと同じように、水沼が話す。
そんな彼も、実は初めての体験に恐怖を感じていたが、さすがプロといったところか、声色にはそのような感情は見受けられない。
「……」
侍は答えなかった。
水沼は警棒に手をかけると、さらに近づいて話しかけた。
「警察の者ですが、少々お話よろしいですか?」
侍は編み笠を深くかぶっていた。
編み笠の内から鋭い眼光が水沼を貫く。
「……」
数秒の沈黙。そして……
「あれ? お巡りさん? どうしましたか?」
なんと、静寂を破ったのは侍だった。
編み笠を取り、職務質問に応対する様子を見せたのである。
「ごめんなさいね、編み笠を深くかぶってたせいで良く見えなくって」
あははと苦笑いする侍。
あまりのフレンドリーさに、東と水沼は勢いが空回りした感があって、消化不良であった。
唯一、香菜だけが亡霊が存在しないということに大歓喜、大安堵していた。
……それから話を聞いていくうちに、侍の素性が判明した。
男の名は
なんと、所属している劇団の練習として、あのような奇行を行っていたという。
香菜が「冷たい」と思ったのは、男がまき散らしたドライアイスだった。
彼は水沼に厳重注意を食らい、平身低頭して帰っていった。
「しかし……侍は誘拐事件と関係なかったな……」
水沼が悔しそうにつぶやいた。
「うーん、腑に落ちない……関係ないはずがないんすけどね……」
東は侍の存在に懐疑的であった。
「『からんころん』の目撃情報は誘拐事件の始まりととほぼ同日から聞くようになったんすから、関係性がないなんてありえないっすよ」
「とにかく、今日はもう帰ろう。二人とも、私が送っていく」
「「え、いいん(で)すか!?」」
桃山は自分たちが好奇の目にさらされないことを、東は帰りの交通費が浮くことを喜んだ。
しかし翌日、事態は思わぬ方向へ急転する。
第八話 隠された情報 に続く
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