第132話:花柄のやつ
side.
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「春ちゃん大丈夫なの?」
母さんが心配そうに二人の後ろ姿を見ている。
足の腫れは酷かったが、そう言うと余計に心配させてしまうため、あえて大丈夫だと言っておく。
まだ、不安そうにしている母さんは、春ちゃんと冴枝さんの分残しておこうね、と言ってどうにか飲み込んでいた。
「ふっきー聞いてよ!陽乃が私より自分の方が可愛いって言うんだよ!私の方が可愛いでしょ!?」
「……笑止」
こっちはこっちで少しは心配しろ。
椿ちゃんと陽乃ちゃんはすっかり仲良くなったのか、隣同士に座ってやーやーと言い合っている。
そう言えばこの二人同い年だったな。
「おー、母さんめっちゃ気合入れたね。すっごい豪華じゃん」
「ま、まぁ…運動会に来たの初めてだったから」
どうやら、前の不木崎くん、ここでもお母さんを嫌がっていたらしい。
運動会くらい来ても別にいいだろ。とんだ恥ずかしがり屋だなぁ。
「む、無視すんなー!」
と、椿ちゃんが怒った様子で座ったまま飛び跳ねている。膝痛くないのだろうか。
「はいはい、可愛い可愛い」
口ではそう言ってるが、本音を言うと恐ろしく可愛いの間違いである。
陽乃ちゃんもそうだが、どこの絵本から飛び出してきたんだ、と言わんばかりの美少女具合である。例えるなら、日本人形と西洋人形が並んでいるようだ。
どちらも黙っていれば美しささえ醸し出すというのに、喋ればこれだ。いや、それでも可愛いんだけどね。
「ほら、私の方が可愛いって!2回も言われたもんね!」
「……遊ばれてるのに気づかないなんて、可哀そうな子」
「子って私と同い年じゃんか!」
「……それはさっき解決した話。私の方が先に生まれてる。つまり私がお姉さん。弁えて」
陽乃ちゃんがいつにも増して饒舌だ。鼻がヒクヒクしていることから、すごく楽しいらしい。良かったね、陽乃ちゃん。
この二人、友達いなさそうだし、白黒コンビで案外合うんじゃないだろうか。
そう思いながら母さんがお重を広げるのを手伝う。
「あ、そう言えば母さん、あと一人追加したいんだけど、ダメかな?」
「全然大丈夫だよ。誰を誘いたいの?」
「お世話になった先輩。一応……男のね」
「まあ!」
嬉しいのか、母さんが口に手を当ててほほ笑む。確かに今まで男友達の話したことなかった気がする。母さんも女の友達ばかりでヤキモキしていたことだろう。
うん、嘘は言ってない。今日もおっぱいを堪能したけど、男ったら男なのだ。
「ただ、ライン送ったんだけど返ってこなくて…もしかしたら見てないかもなんだけど来たらで」
「わかった。拓人がお世話になってるんだったら私も会いたいわ」
心底そう思ってる様子で嬉しそうに紙皿を並べ始める。
俺も冬凪先輩を母さんに会わせたい。二人とも聖人みたいだし、多分気が合うと思う。
「わー!霞さん料理滅茶苦茶上手ですね!美味しそー!」
椿ちゃんが弁当を見て、陽乃ちゃんとの言い合いをすぐさま止める。どこまでいってもぶれない子だ。一方陽乃ちゃんはまだ物足りないのか、椿ちゃんを何度もチラチラと見ていた。
「ありがとう。さあ、食べましょ。たくさんあるから遠慮しないでね」
「いただきます」
「はーい!いただきまーす!」
「……頂きます」
そう言うなり、食べ盛りの二人がお握りを頬張る。
二人とも目を見開いて、美味しー!と驚嘆の声を漏らした。
わかるぞ、母さんのお握りは何故か滅茶苦茶美味い。魔法の粉でもかかってるんじゃないかと思うくらい。
二人が幸せそうに食べる姿を見た後、俺も、とお握りに手を付ける。
しかし、それは母さんの手によって防がれた。
「ところで、拓人?もう体操服乾いてるみたいだけど、さっきの二人三脚の時のアレはどういうことなの?」
……あ、乳首のこと忘れてた。
1着も獲って、もうすっかり頭の中から消去してしまったのだ。
……母さんが怒るだろうということが。
少しひんやりした小さな手は、強く握られているわけでもないのに全く動く気配がない。流石、武人の子……!
「えっと……ちょっと汗で濡れちゃって」
「何で肌着をつけてないの?せめて体育のある時はつけてってお母さんお願いしてたよね?」
してた。
あまりに男性用肌着が嫌すぎて拒絶していたら、折衷案として出されたのだ。
これには母さんも頑なに守らせようとしてきたから、俺の方が折れたのだ。
いや、だって想像してみてくれ。
ほぼキャミソールだよ?しかもシルクのめっちゃ肌触りの良いやつ。
何故か乳首のところに柔らかいパットが入っていて、着用すれば妙な気分になる。こう、守られているような…。
男の乳首なんて服で擦れてナンボだろ、というストロングスタイルを貫いている俺からすると、軽く地獄だ。
インナーシャツだとNGらしく、と言うか、そもそも俺が上の肌着を着ない族な為、結構な頻度で忘れる。いや、正直言えばわざと着ていない。
だってすごく情けない気持ちになるんだもん…。
「ふっきー。あれは私もどうかと思うよ――あ、唐揚げすっごく美味しい!」
「……私は嫌いじゃないけど、他の人に見せるのはダメ――あ、この卵焼き…甘い」
美味しそうでいいなぁ!
こちとら母さんからロックされた手が解放される兆しはない。
何か、何か言わねば…。
「えっと…、忘れた?」
「何で疑問形なのかな?」
にっこりしているが、明らかに目の奥は笑っていない。
「ごめんなさい…」
俺が謝ると、母さんがようやく手を離して表情を崩した。
「ちゃんと肌着をつけないと……貴方は男の子なのよ?」
「ああ、気を付けるよ」
「わかってる。肌着の柄が気に入らないのよね?お母さん今度は花柄のを買ってくるから、今はあれで我慢して?お母さんもあれだったらきっと拓人が気に入ってくれると思うの」
……ちょっと待って雲行き怪しくなってきたぞ。
決して柄が嫌で着用拒否しているわけではない。
あ、ちょっと待って母さん?話し終わったみたいな感じでご飯食べ始めないで?
花柄はもっと嫌だよ?キャミソール自体嫌なのに、花柄つくとか地獄だよね?
心の中で言うが、言葉には出てこない。
言うとまた話がややこしくなるからだ。
……ちゃんと着用して、今の無地が気に入ったと言うほかないか。
俺もお握りを頬張る。
……なぜだろう。塩気がいつもより多い気がする。
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