第130話:立役者のその後

side.冬凪ふゆなぎしのぶ

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「おにぃ、一緒に行かなくて良かったの?」


 隣でベッドに腰かけてるナオが足をプラプラさせている。窓の外を見ていて、そこにはタクトくんに肩を借りている春ちゃんの姿があった。


「いいんだよ。今は春ちゃんを病院に連れていくのが先。ボクにとっても大事な友達だからね」

「ふ~ん………じゃあこの顔はなーんだ!」


 こっちに飛びつてきて、ボクの頬をつんつんと突いてくる。

 言われなくてもわかってるよ……。全く。


 そうだよ、ボクは今不機嫌な顔をしてると思う。

 タクトくんはやっぱり春ちゃんがすごく大事で、何を差し置いても優先させる。そんなの目の前で見ちゃったらこんな顔にもなる。


「もう、やめてよ…」

「……おにぃ、本当にタクトくんが好きなんだ」

「茶化すのもダメ」


 ボクに怒られてか、少し暗い顔をしたナオが俯く。

 すぐに顔を上げたかと思ったら、自分の頬っぺたをパンッと叩いて笑顔に戻った。


「茶化してないよ~。ていうか、約束忘れてないよね?」

「ああ、もちろんだよ。急に頼んでごめんね。助かったよ」

「おにぃが私に隠れて体育祭してたおかげだよね~」

「それはごめんって…」


 本当にナオが来てくれて助かった。

 思いついたときは春ちゃんを泣き止ませようと必死だったけど、実際かなり偶然が重なった結末だったと思う。

 これで負けたりなんかしたらタクトくんだって大変なことになっていただろう。同じ男子としてそれは見ていられない。


 ひとつだけ懸念点があるとしたら、絶対に今タクトくんのお母さんに会えないということだ。自分の息子の乳首を透けさせて競技に出させたことがバレたりなんかしたら、接近禁止命令がでちゃう…。

 せっかく、春ちゃんと同じラインに乗れるように今日は絶対会おうと思ってたんだけどなぁ。まぁ、春ちゃんとタクトくんのためだ。


「……おにぃ、ファミレスいこっか」


 ナオがまた突拍子もないことを言い出す。


「ファミレスって…ボク今体育祭の途中なんだけど」

「サボっちゃおうよ~。ね、おにぃが競技出ても出なくても別に結果は変わらないでしょ?」

「し、失礼!ボクだって玉入れくらいできるから!」


 ふーんとニマニマしながらこちらを見るナオ。

 くそー、絶対に信じていない。……まぁ、本当のことを言えば、ボクが出たところでいいとこ1つ玉が入るか入らないかだろう。


 それに、ボクがいなくてもタクトくんたちだって楽しくできると思うし。

 ボクがいなくても……。


「もうっ!泣きそうな顔しないっ!ホラ、行くよ!」


 そう言ってナオがボクの手を引いて、歩き出す。

 別に泣きそうになんかなってない!


 ナオが勢いよくドアを開けると、目の前に見知った人物がしゃがみこんでいた。


「えっと……千鶴?そんなところで何してるの?」


 明らかにしゃがんで扉に耳を当てていました、と言わんばかりのポーズだった。

 表情はピシりと固まり、全く動かない。


「ち、違うんです。決して覗き見をしようと思っていたわけではなくて……あれ……忍くんが二人……?ここは天国?」


「おにぃ、この人誰?」

「えっと、生徒会長をしている柳千鶴さんだよ」


 千鶴はボクとナオを恍惚とした表情で見ている。かなり嬉しそうだ…。


 一方ナオの方は絶対に覗き見をしていたであろう千鶴に対して、警戒した様子だ。


「それで、覗き見じゃないんだったら、何をしにきたのかな」


 ボクが尋ねると、何か一生懸命考えている様子だった千鶴だったが、観念したのか、眉を下げて申し訳なさそうに話し始めた。


「忍くんが校舎に入っていくのが見えて後をつけていったら、保健室に入ったので怪我でもしたのではないかと思って、心配になりここにいました……すみません」


 どうやら本心らしい。というか、千鶴が追いかけてたのはナオのことだろう。ボク、競技中もずっと春ちゃんと保健室にいたし…。


 しかしまぁ、一度ボクは押し倒されているけど、今の彼女なら不思議と信じられる。

 一方ナオの方は胡散臭そうな顔で千鶴を睨んでいた。


「そっかそっか。心配してくれてありがとね」

「……い、いえ」


 照れているのか、顔を赤くさせた千鶴を見てナオの眉がさらに上がる。


「私、この人きらーい」

「こら、初対面の人に失礼でしょ。……ごめんね。この子はボクの妹でナオって言うんだ。ほら、挨拶して」

「つーん」

「もう……」


 そっぽを向いて腕を組んでいる。

 意地でも挨拶はしなさそうだ。まぁ、確かに実際覗き見されていたのだから気分が悪いのはわかるけど…。


「いえ、大丈夫です。私が変な行動をとったのが悪いですから」


 申し訳なさそうに千鶴が謝る。

 ……それにしても、本当にこの人は体育服が似合わない。

 大人がコスプレでもしてるんじゃないか、という見た目をしている。


 そんな感想を抱きながら眺めていると、千鶴がもじもじとしだす。


 ……あ!そうだ。千鶴も共犯者にしちゃおう。

 生徒会長も一緒にサボるんだったらお咎めもなしだもんね!


「千鶴も今からボクたちとファミレス行かない?」

「ちょっとおにぃ!」

「多い方がいいでしょ」


 やはりまだ千鶴を警戒しているみたいだ。根は悪い子じゃないからナオも気に入ってくれると思うんだけど…。


「生徒会長と一緒にサボれるってなかなかない経験だしさっ。ね、いいでしょ?」

「はい、すぐに行きます。絶対に行きます。しかし、サボるのはいけません」


 そう言って眼鏡をクイッと上げた千鶴がスマホを取り出して、どこかへ電話しはじめる。


「あ、池田さんですか?はい。柳です。ちょっと私と冬凪くんが体調を崩してしましまして、早退させて頂きます。……はい、後のことをよろしくお願いします。……いえ、しっぽりするわけではないです……はい……そうお伝えください。それでは」


 電話の相手は池田らしい。丸投げするとは流石生徒会長である。

 しかも、サボっちゃいけないと言ってる割に嘘ついてサボるという罪を上書きしていることに気付いていないようだ。


「これでサボりではなくなりました」

「おにぃ、やっぱこの人キライ!」

「困りました……私はあなたにもかなり好意を抱いているのですが…」

「やっぱりキライ!」


 うんうん、二人とも仲良くなれそうだね。

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