第19話 心

「……はぁ。辞めや辞め! G08ゴエイさんのスイッチが入ってもうた以上、いったん戦いは切り上げなあかん」


 リュパンツが突然、両手を挙げて降参のポーズを取った。


 それを見て、薩摩メイドは不服そうに地面をズガァンと踏み砕く。


「……御主人さぁ。そんたぁおいに、“闘い”を途中で辞めちぃゆうちょっと?」


 うわ怖っ!

 えらくドスの効いた声でリュパンツを上目で睨んでおり、薩摩弁も“らしさ”が増している。


 彼女はショートから治った拳を鳴らし、もう片方の手で短刀を壊れそうなほどに握りしめており、リュパンツの返答次第では、例え主と言えども攻撃しそうな勢いだ。


 しかし、それを見てもリュパンツは動じず、なにかを諭すように語り掛ける。


「……G08ゴエイさん。ワイらの目指す“生き方”はなんや? どちらかが壊れるまで戦い続けるのが、G08ゴエイさんの目指す、『心』ある生き方なんか?」

「…………」


 リュパンツは下着泥棒とは思えない程、なにか徳のある人物のようなオーラで話を続ける。

 そのただならぬ様子に、思わず俺たちも無言で成り行きを見守っていた。


「確かに『心』っちゅうもんは、戦う上で邪魔かもしれん。けどな、『心』が無いと、生き方は自分で決められへん。喜びも悲しみも感じられん、空虚な戦うだけの人形になってまうんや。

 ――G08ゴエイさんは、けっきょく“闘い”だけを求めたいんか? 人型魔導生命体に、精神は……『心』は、要らんって言いたいのか?」


 リュパンツは静かに、穏やかな口調で問いかけた。

 何やらこの二人には訳アリの過去があるようだが……果たしてリュパンツの言葉は、G08ゴエイさんに届くのだろうか。


「…………」


 その説得に対し、彼女は静かに俯き、しばしの沈黙と共に――、


「……ご迷惑をおかけしました。……で、ごわす」

「そやそや。ちゃんと踏みとどまれて偉いでぇ!」


 構えを解いて、元の様子に戻ったようだ。

 リュパンツもあっけらかんと笑うと、彼女の背をバシバシと叩いた。

 ……直後に怒りの肘打ちが飛んできて、盛大に吹き込んだが。


 もしかしたらこの二人はただの主従としてではなく、まるで家族のような、ぞんざいに扱っても切れない絆で繋がっているのかもしれない。


 ……ええ話やで。

 今だけリュパンツが下着泥棒っちゅうのを忘れてしまいそうになるやんけ。


「……さ。G08ゴエイさん。分かったらまた明日から下着泥棒を頑張ろうな」

「はいでごわす」


 一瞬で現実に引き戻しやがった。


「……で、これからおじさん達はどうすればいいのかな、下着泥棒ちゃん。戦いを辞めるなら、大人しく捕まってくれるって解釈でいいの?」


 シルヴァのおっちゃんが冗談めかして問いかけると、リュパンツはニヤリと笑う。


「まさか。頭を冷やす為に、ワイらは一旦出直すだけや。状況的にもワイらの有利やし? 勝てたハズの勝負を預けたる……って、解釈しとき」


 ……まあ、確かに。

 気づけば俺、ユノリア、シルヴァのおっちゃん以外の冒険者は戦闘不能となっている。

 ブランさんの身体もスタンで動けないし、こちらの戦力は限られている。


 ブランさん復活のタイミングと、ユノリアとシルヴァのおっちゃんがどれだけ余力を残しているかが勝敗のカギとなるが……厳しい戦いになる可能性は高い。


 辞められるなら、全員無事な内に仕切り直すのが無難だろう。


「それにしても妙だね。下着泥棒ちゃんの攻撃は一見物騒だけど、殺意はまるで感じられなかった。他の冒険者ちゃん達は気絶してるだけだし、命を取る気はなかったのかな?」

「……言われてみれば」


 ユノリアも気が付いたように周囲へ気を配る。

 そういやブランさんも戦う前に「殺意は感じられない」って言ってたな。


 こういう事に気づけるかどうかが、強者としての境目って感じだろうか。


「……なんやジブン、別に言わんでもとっくに気ぃついとるんやろ?

 ワイは殺しはやらへん。G08ゴエイさんにもそれは徹底させとる。それが危うくなったから、こうして中断させた訳やからな。

 ……それに、殺さず何かを探っとったんは、そっちも同じやないんか?」

「……おじさん、どうにも隠し事は下手くそなのかねぇ」


 どうにも強者同士で何か読み合いがあったらしい。


 ともあれ戦いが中断するなら、俺もこれ以上身体を張らなくても良さそうだな。

 リュパンツは逃げるみたいだが、正直俺じゃ追いかける戦力にはなれないし。


「……ところでブランさんは、さっきから何やってるんだ?」

「ああ。戦闘が中断したようだし、今の内にスタン状態でもできる筋トレを……」

「……それ、俺にはやらせないよな?」


 後はシルヴァのおっちゃんとユノリアがどうするかだが……。


「――ああ。逃げるおつもりですか。それはとても、面白くありませんね……」


「「「――!」」」


 その場の全員が、声のした方へ振り返る!


 ……さっき、俺たち以外の冒険者は全員戦闘不能になっていたと思っていたが、一人だけ例外が居た。


 それはいつの間にか戦線を離脱し、後方へと下がっていた――、


「全身鎧の――!」


 からん、と。

 その人物が兜を脱ぎ捨て、放り投げられる。


 ふわりとなびく、ブロンドのウェーブがかった髪。

 見れば誰もが認めるであろう、可憐で清純な美少女の姿。

 それはこの街に来て日が浅い俺でも、見覚えのある人物。


「……クリスティア様」


 ユノリアの瞳がわずかに見開かれる。


 ……そう。

 全身鎧の正体は、リュパンツに狙われて姿を隠していたハズの、クリスティア・シャインお嬢様。


 ……リュパンツは戦いの最中、こんな事を言っていた。


『――しっかしスコーリオ地方の至宝とも称されるお嬢様は、よっぽどなお転婆さんのようやな!』


『……まさか、全身に鎧を着込んで、冒険者の中に紛れ込んどるとは』


 ……つまり、クリスティア嬢はどこか別室に身を潜めていたのではなく、豪胆にも冒険者のフリをして、リュパンツの目を欺こうとしていたらしい。


 ――だが様子が変だ。


 ブランさんは、俺の手元で静かに呟く。


「……そう。私も不思議に思っていた。仮に彼女が冒険者のフリをする作戦だったとして、あの過保護そうな領主様が許可を出すであろうか。

 ――そして戦いの中、護衛の騎士らしき者達が冒険者の中に一人も居なかったのはなぜか――」


 それに続くように、俺も疑問に思っていた事を口にする。


「……なあリュパンツ。お前確か、匿名のタレコミがどうとか言ってたよな。お前にクリスティアお嬢様の情報を流したのは誰なんだ?」


 俺が問いかけると、リュパンツは視線をお嬢様にむけたまま静かに呟く。


「……チィディっちゅう、占い師のお姉さんや。――そういや、“悪魔憑き”がどうとか言うとったような……」

「……!」


 ……ああ、随分と答えが出揃ってきたな。

 国語の成績が低い俺でも、なんとなく分かる。


 リュパンツだと勘違いした俺が「お前悪魔憑きだろ」と問い詰めた際、異様に殺気を放って武器を構えた事。

 悪魔憑きはリュパンツであると、確定していない情報をさりげなく強調していた事。

 性格が変わる程苛烈に、リュパンツを目の敵にしていた事……は、下着泥棒相手なら別におかしくないかな。うん。


「……ふふふ」 


 兜を脱ぎ捨てたクリスティア嬢は、妖しい笑みを浮かべている。


 昼間に見せていたその可愛らしい瞳は――まるで何かに取り憑かれているかのように、虚ろに影を落としていた。

 彼女の“心”は、何者かに囚われている。


 ――そして、どこからともなく、野太い声が聞こえた。


『――テメェらのやり合いは地面を伝って、この俺様の潜む“影”まで煩く伝わってきやがったぜ!』


 黒いオーラを漂わせながら、彼女の影が大きく伸びる。


 野太い声を響かせたその影は、ロビーの壁際まで広がると。

 やがて壁に写る影は、二本の角を持つ、禍々しい大きなシルエットへと変貌して見せた――!


「やはり、悪魔憑き……!」


 ブランさんが呟くと同時に……俺達は一斉に身構える。


 ――地下牢で出会った占い師、チィディさんは言っていた。


『……この街を騒がす下着泥棒事件。……あれはたぶん、想像以上に根の深いものの前振りネ。今はまだ笑える範疇で済んでるけど……はやくしないと、この街が滅びてしまうかも……アル』


 下着泥棒はただの前振り。

 実際は領主様の一人娘に、悪魔が取り憑いていた。


 ……つまり、この街の奥深くまで、悪魔たちの手が迫っている可能性が高い。


 ――笑える範疇は通り過ぎた。


 本当の戦いが、いま、始まろうとしていた。

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