第27話 5! 君が、楽しいこと(それ)を望むなら!

「……何度も私の計画にアドリブを加えてくれる……! 大した蛮勇ですねぇ。褒めてさしあげます。しかしね、少年。“勇気”だけでは力及ばぬものなのです」

「そのための“力”が私だ!」


 ファントムと斬り結ぶのは、全身ズタボロになりながらも駆け付けたブランさんだ。


 ……にしてもブランさん。

 大量に噛みついている魔獣を引き摺りながら登場したんだけど、いくらなんでもパワフルすぎない?


「随分と遠くまで吹き飛ばしてくれたな。……だが、こんな事もあろうかと昔、『無数の野犬に食らいつかれ引き摺り回されながらでもできる筋トレ』を行った成果が出て良かった」

「俺はブランさんが何を想定しているのか分からない」


 よくそんなピンポイントな筋トレが役に立ったな。


「……ふ。だから言っただろう? 努力は、肉体を裏切らないと。……信じていたぞ。よくぞ耐え抜いてくれた。クロエくん」


 努力は、肉体を裏切らない。

 それはブランさんだけでなく、俺にも向けられた言葉。

 ……俺がここまで敵の攻撃を耐えられたのは、ブランさんの地獄の筋トレ生活24時から逃げ回っていたおかげかもしれない。


 ――そうだ。

 俺は人類には早すぎる筋トレから逃れようと、にこやかな顔で追走してくる鬼畜教官様から必死に逃げ続けた。


 今にして思えば……それはブランさんなりの実戦を見据えたサバイバルトレーニングだったのかもしれない。


「――じゃあブランさん! 今までのあれは、俺が逃げるのを計算に入れた上での無茶なトレーニングだったんだな!」

「ああ。流石にあの量は素人には無理があるだろう?」


 素人じゃなくても100万回は無理な気がするが、何にせよ本気じゃなくてよかったよかった。


「――普段はあの10分の9ほどだ。落ち着いたら徐々に慣らしていくぞ」

「そうか。まだ逃げる前提のトレーニングは続いてるんだな」


 頼むからそうであってくれ。


「――さて」


 視線をファントムへ戻すと、鍔迫り合いで流れるブランさんの雷光が、奴の鉤爪を伝って全身を焼いていた。


「ぐッ……!?」

「こう接近すれば、幻影魔法で入れ替わる隙も生まれまい……!」


 苦しみを見せるファントムを徐々に壁際へめり込ませてゆき、半壊した礼拝堂を振動で激しく揺らしている!

 そのまま抜け出そうとするファントムを瞬脚で払い、倒れ込む奴を剣の腹で殴り落とす!


「がっ……!」


 叩きつけられたファントムが起き上がるよりも先に。

 そのまま大剣を鈍器のように振るって大きく地面へめり込ませた!


 ――いやぁ、やっぱりゴリラだろこの人。


「おおおおおおお!!」


 そのままファントムへ何度も襲いかかると、鉤爪で身を守る奴を少しずつ追い込んでゆく!


「ブランカ・リリィベル……! あれほどの攻撃を受けてまだ戦えるのか……!?」

「貴様に言われたくはないな……!」


 息を乱しながら、転がるように立ち上がり。必死に鉤爪で応戦するファントム。

 ダメージは互いに深そうなのに、まったく不利を感じさせない!


「何故だ……魔物使いと言い、何故敵である我々を助けるのだ……」


 ブランさんが通ってきた道からは、彼女に組み付いていた下級悪魔たちが、息も絶え絶えにへたり込んでいる。


「……まさか、敵である彼等を庇ったのですか!?」

「……戦意を失い、純粋に助けを求める者に、敵味方の区別はない。……クロエくんも彼等を助けていたとは、流石は私の見込んだ未来の勇者だ」


 ブランさんはファントムと斬り結びながら、ちらりとこちらへ視線を投げる。


「クロエくん! 今の内にファントムは私が抑えておく!」

「ああ! ユノリアは俺とシルヴァさんに任せろ!」


 怪人対決はブランさんに任せ、俺はシルヴァさんを支えながらユノリアの元へ向かう。


「――情けねぇ。おれは結局、力不足って訳か……」

「そんな事ない。シルヴァさんはボロボロになりながらも俺を守ってくれた。ユノリアだって守れるはずだ」

「それはお前も同じだろ。クロエ」


 シルヴァさんは呪いを受けた影響か、身体だけでなく、心まで弱り始めている。

 けど、今からユノリアを助ける最後の山場が待っているというのに、そんなんじゃ駄目よだめだめ。


「友達は励ますくらいしかできないけど、子供を叱るのは親の方が適してると思うぜ」

「……?」

「落ち込んでるユノリアを奮い立たせるのは、俺だけじゃ無理かもって話だ」


 俺はシルヴァさんを勇気づけるように笑うと、進化したパンツを握らせた。

 シルヴァさんに生じた錆色の呪いが、見るからにすうっと緩和されてゆく。


「……クロエちゃん。おじさんの身体の呪いはかなり弱まった。これはクロエちゃんに返すよ」

「いいよおっちゃん。まだ治ってないなら持っとけ」


 さっき進化したパンツを渡したので、シルヴァさんの受けた呪いもかなり改善しているようだ。


「……いや、クロエちゃんが倒れてしまっては、ブランカちゃんまで戦えなくなってしまう。それだけは避けないと」

「けど俺はまだ余裕あるぜ。おっちゃんこそ倒れてしまったらユノリアを救うのがますます困難に」

「いやクロエちゃんが」

「おっちゃんが」

「……なんでもいいが、二人で女性の……その、……下着を押し付け合ってるはどう見ても変態にしか見えないぞ……」


 後ろでツッコミを入れるブランさんは置いといて。


「じゃ、こうしようぜおっちゃん。二人で同時に持つんだ」

「分かった」


 これでもう大丈夫。


「――おや。変態が編隊を組みましたね」

「……後ろを見るなブランカ・リリィベル……! 私はファントムに専念……私はファントムに専念……!」


 流石ブランさんだぜ。

 その精神力。驚嘆に値しますよ。ふふははは。


「……ひとつお聞かせ下さい。ブランカ・リリィベルともあろうお方が、あんな……あの……なんか変な少年にすべてを託すと?」

「……クロエくんなら、何かやる。私はそれが、変態的な事を含まない純粋な良いことであると信じるだけだ。……いやマジで頼むクロエくん」


 ふっ……。

 固い絆で結ばれた俺たちの信頼関係。

 どうやらファントムには分からなかったようだな。


「見ろよシルヴァさん。今の俺達のアホらしい姿を。こんなギャグ漫画の住人みたいな奴らを殺せるもんなら殺してみやがれってんだ」


 そう言いつつ、俺は目標を見据える。


 ――ユノリアの固有奥義は打ち止めとなったものの。


 いまだその影には上級悪魔が憑りついており、息を切らした闇色の髪の少女は、嵌められた鎖を鳴らしながら、未だ錫杖を構えている。


「――たとえどんな攻撃だって、異世界おパンツ無双で捌き切ってやるよ!! 行くぜおっちゃん!」

「行くって――おじさんは何をすれば良い!?」

「俺に合わせろ! 合体おパンツ技だ!!」

「???」


 俺は困惑するおっちゃんをフォローするべく、まるで編隊ヒーローの合体技のように、パンツを掲げてポーズを取った!


「行くぜ必殺! おパンツ・ハリケーン!!」

「お……おぱんつ……はりけーん……?」


 特に何も起こらなかった。


「……さ。気合い入ったかおっちゃん。今からユノリアを助けに行くぞ」

「クロエちゃん。これおじさん、怒ってもいい場面じゃないかな」


 怒られるのには慣れてる。


「――クロエくん。これが終わったら説教だ」

「心の底からすんませんでしたッ!!」


 ブランさんの説教は怖くて慣れません。


 ……ま、これでシルヴァのおっちゃんのメンタルは大丈夫だろう。

 アホらしいコントを挟む事で、弱気も吹っ飛ぶってもんだ。


「――《黒呪の外殻・防御魔法ダークブラッド・シェル》」


 操られたユノリア――いや、潜んでいる上級悪魔の方か?


 何にせよ、彼女の全身は、黒い血のような色をした丸い空間に閉じこもってしまっている。

 決して今の寸劇のせいではなく、どのみち間に合わなかった。信じて欲しい。


「あの黒い空間が、ユノリアの元へたどり着くまでの最終関門って所か」


「――《黒獣砲撃・攻撃魔法ダークブラッド・ファング》」


 そして、先程の固有奥義には満たないものの、単発の魔獣による砲撃が、現れた魔法陣より、一直線に放たれる――!


「――クロエちゃん。おじさん顎痒いから、肩貸して」

「おう」


 そう言って俺の肩に乗せられたのは――。


 ……顎ではなく、六つ目の魔法陣へ回転していた、魔銃の銃口。

 そのまま照準を合わせて――。


「『祈りの魔弾ベストウィッシュ・バレット』――!」


 両者の攻撃がかち合い、激しい爆風が轟いた――!


「……おれはいい。先に突っ込め」


 今ので穴が開いた空間を指さし、シルヴァさんが俺から強引に離れる。


「その傷じゃ置いてけねぇよシルヴァさん!」

「いいんだ。おれは父親だ。既に勇気の炎は燃え広がった。お前の手を借りずとも、自力で娘の元へとたどり着いてみせる。だから……」


 そのまま息を乱しながら膝をつくと、俺のポケットに顎を差し向けた。


「頼むクロエ。お前の持ってるそれを、先にスカーレットの元へ届けてくれ」

「このペンダントか……」

「父として……娘の友人であるお前に、そいつを託した。――頼んだぞ」


 俺はポケットから取り出したそれを、無言で握りしめる。

 そして、尚も砲撃の放たれる空間を睨み――シルヴァさんの援護射撃を背に、最後の一仕事とばかりに突っ込んだ。



■□■



 ――暗闇の中。

 ユノリア=スカーレットは自身を束縛する鎖を虚ろに見下ろし、悲哀の息を吐く。


 ……あの時と同じだ。


 自分の意思に反して、この身体からあふれ出るおぞましき呪いの魔力が、親しい人たちに牙を剥く。


「……どうして――」


 彼女の脳裏に、自身を抱きしめてこと切れる母の姿が浮上する。


「…………どうして――」


 彼女の視界に、ボロボロになりながらも攻撃を捌く父の姿が映し出される。


「……………………どうして――、わたしごときのために、来てくださったんですか」


 彼女の耳に、ぜーはー息を切らしながら黒呪の空間へ頭から飛び込んで、顔面スライディングする少年の悲鳴が鳴り響いた。


「お……おトゥモダッチだから……、遊びに……きたぜ…………」


 ここらでかっこよく決めたかったのか、決めポーズを取ろうと這い上がる少年は、再び倒れて顔面を強打する。

 ……もう、立つ気力さえ満足にないのだろう。


「……こんなにボロボロに……なってまで……」

「……ヴェツに? 俺はただぁ……“普通に”歩いて来た……だけだが……?」

「…………やっぱり、変なお方……」


 息も絶え絶えに地面とディープキスしながら気の利いたことを言おうとした彼は。

 ……途端に、真面目な顔になってカサカサ這い寄ってきた。挙動キモッ。


「……これ。大事な物なんだろ? 教会の子供から預かって来たぜ」


 そうして差し出してきたのは――思い出のペンダント。


 その昔。家族三人で暮らしていた頃。

 仕事から戻ってきた父が買って来てくれた有名な細工師のもので――。


 ……そこに収められた絵は、笑顔が焼け落ちた、半端な物となっている。


「……クロエ様。わたし、すべてを思い出しました。……思い出して、しまいました……」

「…………俺も。シルヴァさんからだいたい聞いたよ」


 慎ましやかに暮らしていた彼女らを、“呪いの血族”の力を狙った何物かが襲撃した。

 ……普通なら、シルヴァが追い払って、それで終いだった。


 ――しかし、偶然にも呪いの力を色濃く受け継いでいたユノリアは、恐怖からそれを暴走させ――。


 ……母が身を挺して止めるまで、彼女の内からあふれ出た無限の魔力が、辺りを焦土へと変えていた。


「……わたしは…………生きてはいけない、存在なんです……」


 ようやく絞り出した言葉と共に。

 ユノリアの緋色の瞳から、一筋の涙が流れ落ちる。


「…………ママとパパは、何も悪くない。ママは、この力と向き合う術を教えてくれていました。パパは、怖がるわたしを、苦手な笑顔で励ましてくださいました。……なのに、わたしは、すべてを壊してしまった。…………わたしに、ほんの少しでも勇気があれば……力は、暴走する事がなかった、はずなのに…………」


 彼女を戒める鎖が小刻みに震える。

 人形のように生気を失った貌で、その死人のように抑揚のない声で――。


 ……ユノリアは、静かに、心の底から呟いた。


「…………わたしは、……死んで…………しまいたい――」

「…………」


 クロエは。

 ただ静かに立ち上がると。


「……じゃあ、そう思わせないようにするのが、俺たちの役目なんだな」


 ――この少年は。それだけの何かを持っている。



■□■




 ペンダントはユノリアへ渡せた。

 空間の内部は思ったよりも静かで、中から攻撃する素振りは見せない。

 ……恐らく、ユノリアの肉体の支配権は、かなり取り戻せている。


 憑いた悪魔だって消耗するんだ。


 ――だが、彼女の心は未だ暗闇に囚われたままだ。


「おい。外の攻撃が止んだが、ペンダントは渡せたのか?」


 遅れてシルヴァさんもやってきた。

 地面をカサカサ這い寄ってきてる。挙動キモッ。


 ……そんな俺達の痴態でも、ユノリアを覆う陰鬱な空気は打ち消せないらしい。


 ユノリアは絶望を浮かべた緋色の瞳で、静かに父親の姿を見下ろした。


「……シルヴァ様。どうやら私は、魔王軍の戦力として利用されてしまうみたいです。

 ……ですので。いまここで、私を殺してください――」

「スカーレット……?」

「もう……限界なんです……わたしなんか……死んだほうが……」

「――甘ったれるなっ!」


 ……気づけば、シルヴァさんは立ち上がり、絶望の色を浮かべる彼女の肩を強く引き寄せていた。


「……スカーレット。てめぇ、しばらく放任した隙に随分と甘ったれたガキになっちまったみてぇだな。だが、ちゃんと育ててやれなかったおれの責任なのは違いねぇ。……そこは申し訳なく思ってる。……だがな」


 そのまま俺の肩を引き寄せ、俺とユノリアを向かい合わせて。


「こんなにボロボロになってまで助けに来てくれた友達に! 『死にてぇ』は違うだろうがッ!! だからてめぇはマブダチ一人つくれねぇ根暗の毒舌陰キャぼっちなんだよ!」

「…………っ。……パパだって、領主様しかお友達がおられないクセに……」

「なんか言ったかオラァ!? ちょうどいい! この機会におれへ抱えた罵詈雑言ぜんぶ吐き出してみろや!」

「…………育児放棄。……家庭内DV一歩手前。……朝帰り。……遊びにつきあってくれずにすぐ昼寝する。……娘と洗濯物を同じにする。……プレゼントでご機嫌取り。……加齢臭。……自分は好き嫌いするくせにわたしには怒る。……お金遣いが荒い。…………仕事ばかりで家庭を顧みないママの人柄がなかったら家庭崩壊するタイプ——」

「はははははは…………やべぇ、思ったよりクズだったわ、おれ……」

「シルヴァのおっちゃん……泣いてるのか……?」


 ――駄目だ。シルヴァさんは撃沈した。

 ユノリアの真顔でズバッと斬りつけてくる毒舌は父親にも有効だ。


 ここは俺が何とかしなければ――!


「ユノリア! ちょうどいい! この機会に俺にも抱え込んだ罵詈雑言を全部吐き出してみろ!」

「イキリうざ太郎」

「シンプルイズベスト!!」


 死屍累々となった男二人の屍を見下ろし、ユノリアは再び息を吐く。


「……もう、疲れたんです。わたしの本当の名前……スカーレットは、忌むべき空の色を意味しておりました」

「スカーレット! それはちが……」

「ちがいません。……わたしの記憶には今も、ママを殺してしまった時の緋色の空が、焼き付いて離れないんです。あなた方に分かりますか。……自分の手で親を殺してしまった現実に……心があるからこそ、耐えようのない、生きているだけで味わう、永劫の苦しみを――」


 そのまま両肩を抱いて――。


「こんな思いを背負って、生きていく位なら――」


 ――彼女の緋色の瞳から、再び光が失われ始める。

 心が弱った事で、憑りついた悪魔が支配力を増しているんだろう。


 はやく何とかしなければ――。


「……生きるのが辛い……か。……娘であるお前が、本当にそれを望むなら……おれはその思いを汲もう。……だが。――チッ。学のねぇおれには、これ以上、気の利いた事は言えねぇ」

「だったら俺が言ってやるぜ」


 ……と言っても、俺も学校の授業はサボってばかりで、ろくな学はないんだけど――。 


「それでも俺にだって出来る事はある。なあユノリア、死にたいと思うなら。最後に一つだけ言わせてくれ」


 俺はバカだ。

 だから創作物の主人公みたいに、気の利いた事は言えない。

 心に響く訴えはできない。


 だから今からやるのはバカのおふざけだ。

 バカはバカらしく、シリアスな空気を台無しにしてやろうじゃねぇか。

 死にたいなんて思っていた事が、アホらしくなるほどに。


 俺は彼女の元へと一歩歩み寄ると、穏やかな笑みを浮かべた。


「……おっぱいを揉ませてくれ」

「空気読めクロエ」


 沈黙。


「…………」


 駄目らしい。


「じゃあパンツを見せてくれ」

「《血塗られし666の魔獣撃ジューン・ブラッド・トライビースト》」

「うわこわっ!? 脅しとは言え技名を口に出すのやめてくれよ!」


 俺はノータイムで呟かれた固有奥義名にビビりながらも、説得は続ける。


 セクハラ発言への怒りで、取り憑いた悪魔と妙な連携がとれているようだ。


「ユノリア……ッ! 今俺のセクハラで怒ったよな――ッ!」

「逆になぜ怒られないと思ったのですか」

「死にたいとか思ってる奴が! セクハラされて怒るのか!?」

「怒る時は怒ります」


 くっ……駄目か!

 ブランさんの時みたいに上手く丸め込めねぇ!


 だったら……!

 別の方向からアプローチをかけるまで!


「見ろユノリア――! 俺がお前にセクハラ発言した事で、さっきからおっちゃんにも命を狙われてるのが分かるか……!?」

「クロエちゃんの自業自得なんだよねぇ……」


 俺の首筋には、にこやかな顔でキレながらおっちゃんのナイフが突きつけられている。

 流石は元S級冒険者。動きがまったく見えなかったぜ。


「つまりそれだけ、この父親は、お前の事が大切なんだ!」


 何とかいい話に持って行こうとするも、まだユノリアの心へ完全に響いた様子はない。


「……ですが私は、あなた方にひどい事を言ってしまいました」


 ……それどころか、先程の暴言に今更ながら自己嫌悪し始めた。

 恐らく、悪魔に憑かれた影響で、ストレスをぶちまけたい欲が増してしまったんだろう。


「そんなもん気にする事じゃねぇよ! 前に言ったよな、『苦しい事を一人で抱え込むより、なにか遠慮のいらない相手に感情をぶちまけてみろ』って!」

「それは……うっ……っ…………」

「おっちゃんは常にお前の為を想って行動してるのが分からねぇのか――おわぁ!?」


 立ちあがったユノリアが、錫杖を勢いよく振ってきた。

 ツッコミ――じゃない。何かに抗うような、苦悶の汗を浮かべている。


『そろそろ――茶番も終わりにしてもらおうか』


 事務的な悪魔の声が、ユノリアの影から聞こえる。


 ――憑りついた悪魔が、もう殆ど肉体を再掌握していた。

 それでも俺は、言葉を止めない。


「おっちゃんもおっちゃんだ! 部外者の俺が言う事じゃないかもしれないけどな! ユノリアに対して申し訳ない気持ちから一歩引いた距離で見守ってたつもりだろうが……そんなんで苦しんでる子供の孤独な心を癒せると思ってんのか!

 胡散臭いおっさん冒険者として馴れ馴れしくすんじゃねぇ。……さっきみたいに、ユノリア=スカーレットの父親として馴れ馴れしくしてやれよ!」


 ――いつの間にか、ユノリアの動きは止まっていた。


 俺は静寂に包まれた空間の中、一歩ずつユノリアへ踏み込み靴音を鳴らす。


「大切な人ってのはな。普通の友達以上に遠慮がいらなくて、お互いどれだけぞんざいに扱っても絆は切れない。そんな馴れ馴れしい関係であって欲しいと俺は思う。……じゃなきゃ、本当に苦しい時に誰を頼ればいいか分からないじゃねぇかよ」


 ぞんざいに扱っても切れない絆。

 かつて、リュパンツとG08ゴエイさんが見せてくれたものだ。


 あの二人の関係こそ……俺は、理想的な家族の形だと思っている。


「……知ってるか。笑顔ってのは、自分からじゃ見えないんだ」


 鏡を使えってマジレスは無しで。


「自分一人だけで笑えても意味は無い。喜びを共有できる人がいてこそ、幸せは真に輝きに満ちたモノになる!

 ……だから、自分を見てくれるその人を信じろよ。お前たち親子が……『明日を笑顔でいるために』!」


 彼女が生きる意思を持たなければ、助ける事なんてできやしない。

 だから今から俺が言うのが、最後の賭けだ。


「ユノリア! お前が自分のせいでお母さんを死なせてしまったこと、俺が何を言っても安っぽい慰めになってしまうんだろう! でも、ひとつだけ考えてみてくれないか!?

 ……お前の母親は。自分を殺してしまった娘が、罪悪感から自ら命を絶ちたがる事に、どう感じるような人間なのか。――どういう気持ちで、暴走する娘を抱きしめてこと切れたのかを――」


 ……たとえ呪いでもいい。

 生きる理由を――彼女に与えないといけないんだ。


 ユノリアが殺してしまった母親が……何よりもユノリアに生きていて欲しいと、願っていたのだとすれば――!


「ママは……安らかな笑みをたたえたまま、静かに、眠るように……わたしを抱きしめて……」

「だったら分かるんじゃないのか! 国語の苦手な俺でも、なんとなく分かるぞ!」


 そのまま彼女の肩を――強く引き寄せる!


「言えよ! お前の望みはなんだ!」

「わたし……は……。……でも……どうせ……」

「スカーレット! お前の名前は……忌むべき空の色なんかじゃねぇ!」


 シルヴァさんが声を張り上げ――直後に、まるで誰かの真似でもするよう、優しく笑いかけた。


「……全部終わったら、あとで教えてあげるよん。とってもくだらなくて……思わず笑っちゃうような、楽しい由来の名前なんだから……」


 ユノリアの無機質な瞳から――大粒の涙が、ぽろぽろとあふれ出す。

 ……彼女を縛る鎖は――まだ嵌められたまま。


 だけどそのまま嗚咽を漏らし……物言わぬ人形のようだった表情は……。

 ……生気の溢れる泣き顔へと――変わっていた――!


「……どうせ死ぬなら……っ! かっこいい男の子6人くらいにクソデカ感情を向けられて取り合いされながら……勝ち残った一人の腕の中で死にたい……!」

「言えたじゃ……っ…………今なんて?」


 なんかとんでもない性癖を暴露された気がするぞ!?


「パパと一緒に……生きたい……です……っ」

「…………お前が、それを望むなら……ッ!!」


 ……ユノリアの涙が、ひとつ、またひとつと、地面に染みを生んでゆく。


 ――それに合わせて、暗闇の空間に亀裂が生じ……。


『くっ……!? 《黒呪の外殻・防御魔法ダークブラッド・シェル》が、崩れてゆく――!』


 ユノリアの影から、上級悪魔の驚愕する声が。


 ……やがて大きな破砕音と共に、あたりは快晴のように晴れあがった!


「――信じていたぞ。クロエくん」


 精神的に救出されたユノリアを見て――ファントムと戦っていたブランさんは、優しい笑みを浮かべてみせた。


「――ふざけるな。……ふざけるなっ!! くだらない……実にくだらない、低俗な茶番劇だ……!!」


 ブランさんと鉤爪で斬り結んでいたファントムが、声を大にしてわめき散らす。

 負け犬の遠吠えのように悔しがるファントムに対し、ブランさんは雷光を纏った大剣で競り合いながら静かに答える。


「人の心を真に救えるのは力ではない。勇気だ。そして、クロエくんにはそれだけの勇気がある……と、まあ……信じていた……かな、……うん」


 もっと自信持って肯定しろよ!


「……クロエくん。こっちにも全部聞こえていたからな?」

「ははははは……」


 ……まあ、あんなひでぇ言動で、シリアスな空気を台無しにした俺に何か言ってやりたい気持ちも分からんでもないが。


「なんだ? 私とクロエくんとの間にはないのか? ……ぞんざいに扱っても切れない絆」

「あるんだろうな、今までの感じだと!」


 ツッコミながらも、俺はニッ――と、笑う。

 ブランさんも、力強い笑みで返してくれた。


 俺はファントムに向けて、パンツを巻き付けた指をビシィッと突きつける!


「現実で起こる悲劇なんかより、くだらない喜劇の方が何億倍もマシだ! そのためなら俺は、道化にでも何にでも――どんな役にだってなってやるよ!!

 ――『明日を笑顔でいるために』!!」


 ……さあ、憂いはなくなった。

 こっから逆転劇のフィナーレだ!!

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