Sub Episode: 奇怪仕掛けの勇者が来たる

「……ふむ。なにやら騒がしくなってまいりましたね」


 部下の報告を一通り聞き終えて、“灰塵かいじん”のファントムは、仮面の奥の瞳を冷淡に細めた。


「――では、シスター・ユノリア。しばしそこでお待ちください?」

「…………」


 虚ろな瞳で鎖に繋がれた少女を一瞥すると、ファントムは乾音を鳴らしながら、教会地下に隠されていた拷問部屋を後にする。


 ――重苦しい扉を開けて地下室から戻ってくると。


 ファントムは礼拝堂の“大地の女神像”の前に、意外な人物の姿を捉えた。


「これは驚いた。どうやって拘束を解き、あの空間から脱出を?」


 ファントムが尋ねると、その人物は、ステンドグラスの光に照らされ、神秘的な笑みをたたえながら答える。


「ふぁっきゅーアル」

「おや。答えになってませんねぇ」


 油断なく歩み寄るファントムを前にしても、その妖艶な中華風衣装の占い師は、いっさい動じる気配なく。

 彼女――チィディは、キョンシーのような長い袖で、キセルをすぱー、と吹かせながら女神像に身を預けていた。


「一応、教祭父として注意いたしましょうか。罰当たりですよ?」

「気にすることないネ。どうせただの像アル。あと罰当たり度合いではお前に言われたくないネ」


 ぷはぁ、とだらしなく煙を吐き出しては、宙に漂っては消えていく煙を、ぼうっと見つめるチィディ。


「……それはあなたの外見が……その女神像と酷似している事に起因している。と、考えてもよろしいですか?」


 ……大胆に話を切り出すファントムに、チィディは目を向けることなく。

 キセルを左右に振って、再度口にくわえた。


「なんのことやら。見ての通りワタシは東方系、この辺の人種とは違うアル。西方系の顔をした女神像とは全然違うアルよ」

「これは失礼しました。何しろ、我々の見え方は人間とは違うもので」


 ニタリと笑むファントムは、今の会話から、自身の望む答えを見出したようだ。


「……それで、今からどうなさるおつもりですかね。あなたが我々と戦うと?」

「冗談言うなアル。知っての通り、このワタシは戦いに関してはからっきしネ。お前らとやり合っても負けてエロい格好でまた縛られるのが関の山アル」

「別に卑猥な事はしていなかったのですが」


 形だけの嘆息をするファントムは、次いで探るような視線をチィディへ投げる。


「――しかし、意外でした。てっきりあなたは、人間を見限ってしまわれていたかと思っておりましたが――」

「……少なくとも、複雑な心境には違いないわね」

「おや。もうそのふざけた話し方はおやめになるので?」

「舞台裏の話をするのに、役に入ったままでは不都合でしょう?」


 上品な話し方へ豹変したチィディは、キセルの後始末をしながら、懐へとしまう。


「……たとえどのような存在も、過去に起こった悲劇までは救えない。それでも人は、明日へ乗り越えていけると私は信じる。……勇気とは、そのためのきっかけに過ぎないわ」


 そのままゆっくりと身を起こし――。


「――『機械仕掛けの神デウス・エクス・マキナ』という言葉を知っているかしら」


 静けさに満ちた聖堂で、すべてを見透かしたような目でファントムを射抜いた。

 ファントムはしばし面食らった後、


「……ふふ。突然どうされたのでしょうか」

「いえね。あなた達が“悲劇”がなんだと口にしているもので、私も演劇に関する言葉を語りたくなってしまったの。私は演劇について詳しくはないけれど――端的に言えば、収拾がつかなくなった劇を終わらせるご都合主義の体現者——ってところかしら」


 そのまま二~三、歩み寄るチィディは、仮面の奥で真顔になるファントムへ、おもむろに指を指し向けた。

 ……ファントムは、静かにチィディへ問いかける。


「――何を言いたいのでしょう?」

「もうすぐやって来るわ。あなた達の目論む悲劇を終わらせる、ご都合主義の体現者が——」


 …………足音が近づいて来る。

 外に陣取っていた悪魔たちを蹴散らし、何かを叫ぶ三人分の怒号がすぐそこに。


「……名づけるなら……そうね。『奇怪仕掛けの勇者ブレイヴ・エクス・マギア』とでも言った所かしら。――いえ、まだそんな仰々しい名前が似合う子じゃなさそうよね。少なくとも今は、より親しみやすい名で――」


 ……そのまま、したり顔でその異名を口にした。


「――イキリパンツ太郎」



 ――ドォン!



 礼拝堂の扉が吹き飛ばされる。


 あたりに充満した煙が晴れる頃、気づけば、チィディは姿を消していた。


「……まるで逃げ足を司る女神ですねぇ。本当の権能を忘れそうになる」


 呟きながらも――ファントムは、今しがた突入してきた侵入者へ意識を戻した。

 ――話の続きは、彼等を仕留めた後にでも、ゆっくりと。


 そのまま扉を突き破って現れた一団を見やり、……ファントムは意外そうに両手を合わせた。


「おやシルヴァさん。生きておられたのですか。みっともなく舞台にしがみつくそのお姿。感服いたしました」

「あいにくとこれから喜劇が始まるみたいでな。おれもまだ、賑やかしとして役に入らせてもらうぜ。……舞台から降りるのはてめぇだ、ファントム」


 続いて先頭に立つ女騎士を視界に入れて――、


「……『呪剣アダマス』。部下たちがその剣に困っていたようですので、回収してくださったのなら助かりますね。これで子供たちを襲いに行かせられます」

「残念だが、この剣がなくとも、人は誰かを守る事はできる。私の役目は、これで貴様を討つ事だ」


 最後に、心底どうでもよさそうな目線を中央に立つ少年へ向けて――。


「それであなたは、何をしにいらっしゃったのでしょう」

「異世界おパンツ無双」


 ……ファントムが無視して指を鳴らすと同時に、移動用の魔法陣が無数に浮かび、侵入してきた三人組を、部下の悪魔たちが取り囲む。


「役者はそろったようですね? では――悲劇のクライマックスを、お楽しみください」

「悲劇? 今から始まるのは下ネタ満載のギャグ展開だぜ」


 今はまだ悲劇に満ちた舞台の中、役者たちは各々の構えで相対している。


 ――さあ、悲劇を喜劇に塗り替えて。


 異世界おパンツ無双の始まりである。

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