Next episode prophecy…?

「失礼。この店の占い師に用がある」


 人の気配のない寂れた占い屋。

 その薄暗き店内へ足を踏み入れる、一人の男がいた。


「……聖騎士の団長様がいかがされましたか?」


 店の奥から占い師の女が顔を出し、ヴェールに包まれた妖艶な笑みを浮かべてみせる。

 一方、店へ踏み入った男――聖騎士の団長は、純白の外套を翻しながらカウンターへ歩み寄った。


「占ってもらいたい人物がいる」


 “白闘牛”のバラン。

 忌むべき出自と蔑まれながらも、類まれな実力と実績で聖騎士の団長まで成り上がった、若き武人。

 精悍な顔立ちを生真面目そうに引き締めたその男は、魔道具による照明の反射で光る視力矯正レンズの奥から、淡白な視線を女の方へ向けた。


「……聞いていたより若いな」

「……占い師は、神秘的であった方が信用できると言うでしょう?」


 妖艶な笑みを崩さぬまま、女はカウンター越しに腰かける。

 カウンターに置かれた古びた水晶に占い師としての年季を見出すと、聖騎士の団長――バランは、手短に要件を口にした。


「とあるお方から頼まれてな」


 そして、懐から何かを取り出し、カウンターへ丁重に置く。


「この“花柄のメモ”とやらを持っている少年を探して欲しい……と」

「……それは。……この世界の技術で造れる代物ではないわね。異界より召喚されたと言う、勇者様の持ち物かしら?」

「そうだ」


 カウンターに置かれた“花柄のメモ”は、日本の百円ショップ、セ〇アで購入された一品である。

 これを購入した女性教師――西方真理にしかた まり(37歳独身ロリ顔)は、このメモから一枚取り出し、とある男子生徒(授業中にゲームをやってた不届き者)に脅迫文あいのめっせーじを書いて渡したという。


「つまり、この“花柄のメモ”と言う物を媒体に、そのクロエ・ユキテルという名の少年の居場所を探って欲しいのね」


 占い師の女は得心したようにメモを撫でる。

 次いで、微笑をふっと消すと、何かを探る様に問いかけた。


「……けれど、どうにも気になるわ。なぜ多忙な聖騎士団長のあなたが、わざわざ私の元に直接足を運ばれたのかしら? 使いの者に任せればよくて?」


 それを聞いたバランは、表情を変えず、静かに言い放つ。


「可憐な乙女の願いを聞き届けるのは、騎士として当然の責務だ」


 愚問だったかしら……、と女は再び微笑を湛える。

 聖騎士団長バランの生真面目さは有名だ。

 彼はきっと、相手が誰であれ、困っている者からの頼みは自らの手で遂行するのであろう。


 そのような責任感溢れる青年であるからこそ、若くして聖騎士をまとめ上げる傑物として――、


「……そう。可憐。可憐なのだ、勇者ニシカタ殿は」

「……ん?」


 なんだろう。

 流れが変わったのを感じる。


 目の前の男に、入れてはならぬスイッチが入ったような、荒れ狂う流れが。


 ……風。風が吹いている。着実に。

 おんぼろな占い屋の隙間風が、微妙な空気を体現するかの如く。


 ……そのままバランは、まるで恋文でも読み上げるかのように、長々と歯の浮く台詞を語りだした。


「……彼女はまるで、孤独な暗き闇の底に漂う我が身を照らす、一筋の星光のように、我が心を投槍の如く貫いて行った。このような心情は初めてだ……。

 この身が仮に四つ足の獣であったのなら、彼女を背にのせ、どこまでも力強く駆けてゆきたいと思えるほどに――」

「あの……」

「失敬。何か聞こえたとしたら空耳だ。聖騎士の団長が女人に現を抜かすなどあるはずが無かろう」


 眼鏡を光らせ、クイと片手で押し上げる。

 何やら邪な気(好きな女の人の役に立ちた〜い!)を感じないでもないが、目の前の生真面目で無表情な男がそんな俗っぽい思いを抱く筈がない。

 きっと気の所為であろう。


「……と、とりあえず、占うのはその少年ひとりだけでいいのかしら……」


 若干引きながらも笑みを保ちながら訪ねる。

 するとバランは、短く「ああ」と首肯すると、淡々した声音で補足する。


「……他にも居場所を知りたい相手はおられるらしいが、この少年だけは何をしでかすか分からず、人様に迷惑をかけるやもしれぬ、という事で、可及的速やかに居場所を特定したいと迫力のある笑みで申していた。

 いったい可憐な乙女たる彼女にここまで言わしめるそのクソガキ失敬その少年がどれほどの者か気になる所であるが、あくまでも我が使命は異界より召喚されし勇者様方の補佐。分を越えた想いや行動はわきまえているつもりである。それはそれとして人様に迷惑をかけるようであれば、騎士としてクソガキをぶん殴失敬、真人間へと更生させるよう努める所存だ」


 再び眼鏡を光らせ、クイと片手で押し上げる。

 何やら邪な気(好きな女の人がそこまで言う男が気になってジェラシ〜!)を感じないでもないが、目の前の生真面目で無表情な男がそんな俗っぽい思いを抱く筈がない。

 きっと気の所為であろう。


 諸々言いたい気持ちもあるがグッと堪え、占い師の女はカウンター上の水晶へ汗まみれの手を伸ばす。


「……私の占いは居場所を探るものではないわ。対象の人物の未来を暗示する映像を断片的に映し出す。

 ……それで良ければ、占いましょう」


「ああ、頼む」


 良かった。今度は変なスイッチ入らなくて。

 そう言いたい気持ちを頭の片隅へ追いやり、女は静かに呪文の詠唱を始めた。


 ……照明を落とし、暗がりに満ちた空間に、水晶の淡い光だけが静かに揺らぐ。

 やがて両者がのぞき込むと、水晶に少年のものと思われる映像が音声と共に朧気に映し出された――、



『はい、どーもクロエでーす』

『ブランだ。……えっと、これはどう言う催しなんだ? クロエくん』

『次回予告だよ。アニメ風の。さあ尺も無いから巻きで行くぜ! はいこれ台本』

『ちょっと待て私もやるのか!? くっ……、頭が痛い……』



「……なんだ、これは」

「つづけましょう」


 ちょっと予想外の映像が出てきて困惑した両者であるが、占い師の女はあくまで平静を装いながら、占いを続ける。


 実は彼女。先日、祖母から家業を受け継いだばかりのド新米であるが、ベテランの風格を醸し出して応対した手前、もう後には引けなかった。


 「聞いていたより若い」と言われ、調子に乗って「……占い師は、神秘的であった方が信用できると言うでしょう?」とかドヤ顔で言っちゃった数分前の自分を水晶で殴りつけてやりたい。


 そもそもこの水晶がいけないのか? だってこれ、おばあちゃんが一度も磨かずに買い替えをケチって使い続けた中古品だし……なんて思いつつも、水晶に映し出された妙な映像は続く。



『さぁ、台本を読み上げるぜブランさん。《――女神様から託された神装により、熾烈な戦いの末ジャックを倒した俺とブランさん。“始まりの街スタール”の跡地を離れ、いよいよ冒険者ギルドのある街へと到着だ!》』

『えっと……《さすがくろえくんだー、すごいぞー、やったー》……は?』

『《けれど街では聞くも涙、語るも涙な事件が起きており、清廉潔白なはずの俺は犯人だと疑われてしまう……!》』

『《くろえくんがかわいそうだー、わたしもちからをかすぞー》……なんだこの台本』

『《監視の為に年下の美少女シスターと、なんか怪しくて真犯人っぽい言動するベテランオッサン冒険者が仲間に加わり、美少女シスターとのちょっとエッチで甘酸っぱい犯人探しが始まるぜ!》』

『……なあ、本当にこの台本で合ってるのか? 私にはクロエくんの自業自得で変な事件に巻き込まれた上、この年下のシスターから終始塩対応されるような気がしてならないのだが……あと、このベテラン冒険者の方は本当に真犯人なのか?』

『うるせぇ! とにかくなんやかんやあって、山場では適度にシリアスな強敵とぶつかるんだよ!』

『おい! 都合が悪くなったからと台本の内容を端折るな! シスターとベテラン冒険者の方に謝って来い! それと適度にシリアスとか言うが、ざっと読んだ所、これはかなり重……いや、クロエくんの勇者としての資質が本当なら、“彼女ら”の心を救う事が出来るのか? ……ううむ……』

『とにかく敵が卑劣でこのままじゃ負けちまうぜ! 俺達はいったいどうすれば良いんだ!?

 ……と言う訳で次章! 『クロエ・ユキテル大勝利! 笑顔の明日へレディ・ゴー!!』をお楽しみ下さい!』

『勝手にネタバレした上にタイトルを変えるなぁぁぁぁ!』


 ……プツン。


 水晶に映し出された映像はそこで途切れた。


「……その、えっと。……なんだ、これは?」

「分からない……なにこれ怖い……」


 もはや彼女は、取り繕う事すらできずに頭を抱えた。

 いかに自分が占い師として新米とは言え、こんな……この……なんか……変な映像が、占いで出てきたのは初めてだ。


 ……もうどうにでもなーれ!


 一つだけ言えることがあるとすれば、このクロエ・ユキテルと言う少年は、まるで喜劇の世界の主役のように、ふざけた因果を持っている……かも、しれない……?


 ……いや、納得できるかこんなもん。


 自分もこのクソガキ失敬この少年と遭遇したら水晶で殴りつけてやりたい。

 そう思う占い師の女であった。


 ……と言うか、やはりこの水晶がいけなかったのだろうか?


「……水晶、買い換えようかしら……」

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