第1話

世は明治。徳川の時代が終わり、多くの男たちが世情を荒らしながら、新しい時代を作ると言う名目ですべてを壊し続けた時代であった。


そんな中、人を斬り殺して生き続ける男がいた。


明治政府の要人である桂小五郎に使われ、ただ、ただ、人を斬って生きる男。その名は人切り以蔵。


武士は世を刀と暴力で荒らすだけのレイプ犯となり欠けていた。


だからその数を徹底的に減らさねばならぬと、とにかく、桂は以蔵や、大勢のものを使って武士を殺し続けていた。












「以蔵。聞け。お前に最後の仕事だ。政府は安定したが、まだ、徳川16代に対する求心は強い。だが、元将軍が切られれば、必然、世は政府方に変わってくる。徳川家蔵を切って欲しい」


「家蔵? 知らない名前だ。どこのバカだ?」


「今の徳川当代だ。近江の地で、その血脈を保って引きこもっているが、その周辺に集う人間たちの動きが妖しい。とくに家蔵の弟、晃伸がやたらと動き回って、今決まった日本政府の土台を覆そうと暗躍している。だが、家蔵が死ねば、それも終わる」


「わかった。めんどくさいが、それでは俺はどこに行けばいい」


「近江に行け。そこで、晃伸に近づき、信頼を得た上で、将軍家の指南役に収まって、家蔵に近づいて切れ。おそらくは死ぬ任務にはなると思うが、日本のためだ。死んでくれ」


「わかった。俺も命を惜しいとは思わない。浮世のヒラメは行く場で腐れ死ぬ。それぐらいのことだ」


「そうか。頼む。以蔵。お前は京産まれの川手の雨氷となれ。今回は固いお前は押さえて行け。いつものお行儀では体制に取り込まれて動けなくなるだろう。少しとぼけた感じで、相手のガードも緩めろ」


以蔵は薄暗い自分を持っているが、ときと場合で、表情をくるりと変えて動ける。


「はにゃ? こんな感じか?」


「まあ、そんな感じだろうな。侮られるくらいで入り込んだ方が、先が続く。うまくやれ」



以蔵はすらりとした美しい男で、野犬のような刀の技を持って、人を斬り続ける人切り。金払いはよく、人切り以外では乱暴をせぬ、根は死んだ心を持つ男だが、世情の軽さを理解し、思ってもいないジョークで女をからかって笑わせたりもできる男。色町ではとくにモテて、夫婦になりたいという遊女も数を知れない。それでも、そんな普通の生き方ができないのは分かり切っているから、以蔵は軽く笑って遊女をしりぞける。そんな男。



以蔵が近づくことになる女は名前を徳川晃伸と言った。ただ、女であった。徳川の跡目争いに巻き込まれた哀れな女。仮の名を芹という。以蔵と晃伸。雨氷と、芹。二人はいずれも、仮の名で、その最後まで本名を明かしあうことのない、悲しい関係であったが、それでも、最後まで強く生きた。

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