第324話 猪瀬スポーツアカデミー
「試合終了!! パーフェクトプリンス敗れました!! しかし、お互いのパーフェクトが破れる劇的な試合でした!!」
「すごい試合でしたね。日本のバドミントン界は安泰ですね。武藤くんが続けてくれるのなら……」
解説の元オリンピック金メダリストはそういって苦笑いをするしかなかった。それ程この試合は強烈な印象を与えたのである。
結局、その後三戸が武藤から点を奪うことはできず、粘りはしたが21ー1で敗北した。だが武藤から1点取った為、武藤のパーフェクト無失点記録はなくなり、対する三戸の国内無敗のパーフェクトがなくなるという、お互いの記録がなくなる前代未聞の結果となった。難易度的に武藤のパーフェクトの方が頭がおかしいレベルなのだが、何故かマスコミは同列に扱っていた。実際三戸の記録もすごいことなのだが、比較対象が悪すぎるのである。
「負けたよ武藤くん。完敗だ」
試合終了後、二人は握手をしていた。
「いい試合だったな。まさか俺のサンダーバキュームショットを返されそうになるとは思わなかったぞ」
「サンッ……あははは、そ、そうかい。結局返せなかったけどね」
おそらくあの見えないスマッシュのことだろうと思い、三戸は空気を読んでその名前をスルーした。
「君なら間違いなく日本選抜に選ばれるだろう。これから一緒に代表としてがんばろう」
「?? 俺は今日でバドミントン終わりだぞ?」
「……は? 終わり? どういうことだい?」
「今日の大会でバドミントンは引退ってこと」
「……はあ!? 引退!? これだけ強いのに!?」
「一応少しはバドミントンの知名度に貢献できただろ?」
「少しどころか現在進行系で多大な貢献をしていると思うけど……」
「後はお前に任せるから。金メダルとってこい」
「そんなに簡単に取れるものじゃないんだけど……」
「公式大会にはもうでないけど、女子部の練習には付き合うから、うちの学校にくれば相手してやるぞ」
「!? それは本当かい!? すぐに転校手続きをしなければ!!」
「……お前もうすぐ3年だろ? 転校とかさすがに怒られないか?」
「間違いなく両親の援助は切られるだろうね。日本の大会にも出られないけど、それでも君と練習できるのならそれに変えられるものはない!!」
「……確か猪瀬で来年度の新入生用の寮みたいなの作ってたはずだから、そこに入れないか聞いといてやるよ」
「おおっ!! さすが武藤くん!! 感謝する!!」
そういって三戸は武藤の両手を握って感謝を示した。その場面を見て観客席からはきゃあきゃあと黄色い声が木霊した。ミト×ムトだのムト×ミトだのという声が聞こえてきたのはきっと気の所為である。
ちなみに寮は女子寮の為、入ったらとんでもないことになるのだが、三戸はそれを知る由もなかった。
「武藤選手、優勝おめでとうございます!!」
「三戸選手を破っての優勝、どんなお気持ちですか!!」
表彰式が終わると、武藤の周りにはマスコミが群がった。さすがに負けた三戸のところに群がらないくらいには配慮をしているようである。
「えーと一応言っておきますと、この大会でバドミントンの公式試合は終了です」
「えっ!? ということはもう公式試合にはでないということですか?」
「そうですね。実質選手としては引退です」
その言葉にマスコミ関係者どころかそれを聞いていたバドミントン関係者さえも絶句して気絶しそうになっていた。
「み、三戸選手はオリンピック候補としても最有力されている選手ですが、それを破った武藤選手が引退とはさすがにもったいないと思うのですが?」
「きっとプリンスくんが金メダルを取ってくれますよ。僕はそれを援助する側でいたいと思います」
武藤は爽やかな笑顔でそう答えた。そして具体的なことは何一つ言わないまま武藤はその場を後にした。
「いやあ、まさか引退とは……驚きましたね柿田さん」
「もったいないですねえ。あの才能がもう見られないとは。ただプレイするかどうかは他人が決めることではありませんからね。そもそもバドミントンは武藤くんがプレイしているバスケやサッカーと比べてお金になりませんし、続けろというのは現実を知っている私からすれば酷な話でしかありませんからね」
「金メダリストの柿田さんでもですか!?」
「日本にはバドミントンのプロリーグなんてありませんからね。あるのは実業団の大会くらいです。そもそも個人競技なのでプロというのは個人的なスポンサーを見つけた人たちのことなんです。まあ武藤くんならいくらでも集められるとは思いますが、一般的には相当むずかしいことです。そもそもテニスのようなTVで取り上げられる知名度の高い大会もありませんし、賞金もそこまで高くありません。しかも協会も資金が潤沢ではありませんからね。海外の大会を回るのもスポンサーがいない人はランキング上位でもなければ基本自費なんですよ。上位だと協会から補助金が出るんですけど」
「それは……確かに大変ですね」
「そういったことを踏まえると、いくら才能があっても私からどうこうは言えませんね」
かつて借金してまで海外を回っていた柿田からすれば、どんなに才能があろうとも確かにおすすめはできなかった。バドミントンで一生食べていける者などほとんどいないのである。柿田からしても解説者やコーチ、監督として仕事が順調に回りだしたのは、金メダルを取ってからであった。それまでの泥水を啜る思いで生きてきた生活は、確かに柿田の人生を支えてきたものだが、またやれと言われても到底したくないほどのものである。そうなる可能性があることを無責任に進める等、指導者として以前に人間としてとても無理であった。
元金メダリストの正直な暴露に知らなかった者たちは驚いた。武藤を見るために見ていた者にとっては特にバドミントンというものに興味がないものがほとんどなのである。一般人からしたら確かにバドミントンのプロリーグとか聞いたことがないし、バドミントンのプロといえば実業団というイメージがせいぜいである。まさか自費で海外を回るくらい大変だとは思っていなかったのだ。マイナースポーツのことなど普通は考えることすらしないのである。
ちなみに武藤もこのことを知らなかった為、この後話を聞いた時に剛造と相談し、猪瀬スポーツアカデミーが設立されることとなる。
猪瀬スポーツアカデミーはスポンサーがいない個人競技者に対し、アカデミーに所属することでスポンサードを行うというものである。競技種目について特に決まりはない為、バドミントンだけでなく、テニス、卓球、ダンス、Eスポーツ等幅広い分野の者たちが所属することとなる。所属条件はただ一つ。武藤に気に入られることだけである。
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