第71話 フェニックス

ドンドンドン!!


 その日の深夜。けたたましく叩かれたドアの音で武藤は目を覚ます。

 

「大変だ清明。患者の容体が悪化したらしい」


 飛び込んできた剛三の声に武藤は疲れからくる眠気が一気に消えた気がした。

 

 すぐさま着替えて病院へと向かう。病室へと入るとそこにはドラマで見るようなハートモニターがピッピッと音を奏でていた。見ればベッドにはやせ細った金髪の少女が寝ている。マスクで顔はよく見えない。

 

『クリス!! しっかりしろ!!』


『意識レベル300!! グラスゴーE1V1M1!!』


『除細動パドル用意!! 離れて!!』


 ドラマでよく見る電気ショックを行っているようだ。激しい音はするが少女の体に反応はない。そして気が付けばハートモニターがピーという長い音を出していた。

 

『残念ですが……』


『嘘だろ……クリスっ!!』


 そういってアレクサンダーは泣きながらベッドに横たわる少女に縋りついた。医師は脈を図る。

 

『1時12分。心肺停止を確認。残念です』


 そういってその場を去ろうとする医師の隣をすれ違い、武藤清明はベッドに横たわる少女に手をかざした。

 

(まだ命の火は消えてない)


 まだ少女の肉体に僅かながらの生命力が残されているのを武藤は見抜いていた。だがそこから心臓を動かす程のエネルギーがないことも。

 

「魂が残っているのならまだ間に合う」


『え?』


「舞い上がれ朱雀」


 武藤は炎で出来た鳥を魔法で作る。ちなみに言葉に意味はなく、直前に武藤が見ていたアニメの影響である。

 

『OMG!!』


 それを見た医者が頭を抱えた。通訳魔法でもオーマイゴッドと聞こえる程に語彙力を失っているようだ。

 

 巨大な火の鳥は部屋をくるっと一まわりした後、ベッドに眠る少女の上に降り立ち羽ばたいた。

 

 あたりを幻想的な赤と青のの炎が渦巻く。するとつながったままだったハートモニターのピーという音が止まり、ピッピッと波打ち始めた。

 

『ワッツ!?』


『……フェニックス?』


 部屋にいる医師、看護師、そしてアレクサンダー達が騒然とする。武藤は気にせず少女の治療を行う。最初の火の鳥はただの飾りであり、実際は関係ないところで少女に生命力を渡していた。そして少女の体を武藤が操り、血を送り、生命活動を行っていた。動かせないなら動かせるものが動かせばいい・・・・・・・・・・・・・。人の生命活動を文字通り細胞レベルで自力で操れる武藤からすれば造作もないことである。そしてそれと同時におかしくなっている部分を細胞単位で正常に戻す作業も行っている。

 

『クリス?』


 少女の体はうっすらと光輝いている。武藤は少女の体にうっすらと手を当て、治療を続けた。

 

「ふう。もういいだろう」


 2時間ほど治療を続けた武藤は、そういってかざしていた手を離した。それと同時に武藤はその場に崩れ落ちた。

 

「清明!!」


 それを受け止めたのは一緒にいた剛三である。剛三は武藤から治療が終わったら倒れる可能性を示唆されていたのだ。それは治療に信じられない程の魔力、そして場合よっては生命力を使うという言葉であった。例えるならフルマラソン10回分をダッシュで走るくらいの疲労度といわれ、剛三も気が気ではなかった。常人なら死にかねない疲労である。

 

 即座に事前に確保されている空き部屋へと武藤は運ばれた。こうなることは予測して話してあった為、既に病院側とも話が付いているのだ。

 

『んん……お兄ちゃん?』


『クリス!?』


『嘘だろ……生き返った……』


 喜ぶアレクサンダーを尻目に医師達は目の前で起こったことに騒然とする。何せ自分達が死亡判断をした者がよみがえったのである。世界では極まれにそういうことも起こりえる。死亡判断されてその後生き返ったケースがいくつかあるのだ。その為、日本では死亡判定後24時間は埋葬、火葬を行ってはならないという法律も存在している。

 

『ああ、神よ。感謝します!!』


『だとするなら……アレが神かなのか……なら私が学んできた医学とは一体……』


 単純に神に感謝するアレクサンダーとは違い、神の力を目の当たりにした医師達は自分たちの存在意義について疑問を持ち始めていた。神に祈ったところで病気の者が治ることもなければ、怪我人が治ることなどない。治るとすればそれは医療の力だ。そう信じて医学を学び、その技術で曲がりなりにも患者を救ってきたのだ。

 もちろん救えなかった命もある。人は神でもなければ万能でもない。どうしようもないことも多くあるのだ。だが、それが目の前で覆るさまを見て、医師達はその信念に揺らぎが生じていた。それほどにショッキングな出来事だったのである。

 

 その後、精密な検査を受けてクリスは栄養失調気味だが、肉体的には何の異常もないことが確認された。

 

『嘘だろ……不治の病だぞ……なんで治るんだ……』


『学会に発表したところでこんなの誰も信じないぞ……』


 喜んでいたのはアレクサンダーだけで病院は騒然としていた。確かに1度死んだ者がよみがえったのは僥倖と呼べるものだ。だが、それは医師達の力で行われたものではない。全く関係のない外部の者の力なのである。それは医師達の面子を潰すどころか粉々に吹き飛ばすものであった。

 



「ん……」


「おっ清明気が付いたか?」


 仮面をかぶっている為、表情がわからないが言葉を発したことで剛三は武藤が気が付いたことに気づいた。

 

「どれだけ寝てた?」


「10分くらいだ」


 武藤は時間差で自分に回復がかかる魔法をかけていた。武藤が開発しディレイ魔法と呼んでいるものである。何故すぐにかけないのか? それは回復魔法は肉体的に問題がないのにかける意味がないからである。そして回復が必要なときにかける余裕があるのかがわからない為だ。魔法を使う体力がないかもしれない。魔力が足りないかもしれない。緊急で必要なとき程、そんな余裕がないのはわかりきっているのだ。だから武藤はあえて時限式の魔法を作った。

 これは2種類あり、1つは単純に指定した時間が経過したら発動するもの。もう1つは起動式を発動したら発動するものである。起動式というのは所謂開始の合図である。つまり魔法そのものに使う魔力等は事前に使用している為、使うタイミングのみ任意に指示できるということだ。今回はこちらの方を使用している。何せ治療にかかる時間がわからなかった為だ。もちろん魔力も治療で切れる可能性も考えてある。その為、治療が終わった時に直ぐに発動させていた。これがなければ武藤は最低でも2,3日は寝込んでいた可能性が高かった。それは武藤の過去の経験からの推測であるが、凡そ当たっている。

 

「10分か。相当やばかったな」


 武藤としては10分も無防備に寝ているのは致命的な隙だと思っている。かなり強力な回復魔法を使っていたのだが、それでも10分かかったということは相当の疲労だったと判断した。

 

(さすがに直後とはいえ死んだ状態から完全回復なんかさせたらこうもなるか)


 武藤もさすがに完全に死んだ状態からの蘇生はしたことがない。この完全に死んだというのは、死後何年も経っているとか、頭がなくなったとかそういうレベルの話だ。肉体が完全な状態で死後直後なら武藤からすればまだ死んでいないも同然なのである。だがそこから病気含めて完全回復まではしたことがなかった。ある程度予想はしていたが、病気の方が異世界で助けた人たちよりも遥かに難病であり、回復に魔力と生命力をごっそり持っていかれたのだ。その為、当初の予想を上回る疲労で強力な回復魔法にもかかわらず、直ぐには回復しなかったというのが現状である。

 

(いくら魔力を生命力に変換できるといっても魔力玉をまるまる1つ空っぽにするレベルで消費したのは初めてだな。これ普通なら3回は死んでるぞ)

 

 近所の海岸で集めた魔力の玉は、それ1つで日常的な魔法なら1年以上使っても消費しきれない程の魔力が込められている。それがある程度使っていたとはいえ空っぽになるということは相当な消費量である。武藤は普通なら3回死んでいるといっているが、これは武藤レベルなら3回死んでいるということであり、一般的な成人男性なら10回以上は余裕で死んでいるレベルの生命力の消費である。

 

(さすがに予備のまでは消費されていないようだな)


 武藤は常に魔力玉を3つは持ち歩いている。世の中何が起こるかわからないので、常に備えはしてあるのだ。

 

「あの子はどうなった?」


「今検査中らしい。だが受け答えは出来ているそうだ。まさか死んでるやつまで生き返らせるとはな。お前はどこまですごいんだ」


 つい先ほどまでしゃべるどころか意識も反応もない状態だったのだ。十分な回復といっていいだろう。

 

「別に死んでなかったぞ?」


「はあ? 医者が死んだって判断してただろ?」


「あれは医学上の死亡だろ。あの子はまだ死んじゃいなかった。ただ生きる力が足りなかっただけだ」


 武藤にとっての死とは生きる気力を失った時である。クリスは例え起き上がれずとも生きる気力を失っていなかった。それは自分が死んだら兄も後を追うのではと危惧していたからだ。だがその体には心臓を動かすだけの力がもうなかった。それを武藤が肩代わりしたという話である。


「それはもう死んでるのと変わらん気がするが……」


「まあ、運がよかったんだよ。じゃあ俺達は一足先に帰るか。何かあった呼ぶだろうし」


「ああ、一応連絡しておく」


 そういって剛三は部下を使いにやり、武藤達一行はホテルへと戻った。何せ現在の時刻は午前3時を過ぎているのである。草木も眠る丑三つ時とは一体何だったのか。疲れた武藤はそんなことを思いながらホテルへと戻った。

 

 

『ありがとう、ありがとう!!』


 翌日になり、武藤は朝から押しかけてきたアレクサンダーに抱き着かれていた。

 

「妹さんはその後どうだ?」


『ああ、栄養が少し足りてないからしばらく入院するが、身体的には何の問題もないそうだ。むしろ医師達の方が頭を抱えているよ』


 不治の病どころか、本来なら死んでいた者が完全復活である。いくら緘口令をしいていたとしてもさすがに噂を止めることはできないだろう。

 

『俺はこの恩にどう報いたらいい? 全財産を渡しても構わないぞ!!』


「どあほう。これから妹さんと暮らすんだろうが。金を全部渡して貧乏アパートで一緒に暮らすつもりか。金は依頼金だけでいい。後は……妹さんと快適に暮らせる家でも買って、快気祝いのホームパーティーにでも呼んでくれ」


『!? 君ってやつは……君の本当の名を教えてくれないか?』


 その言葉に一瞬武藤は躊躇するも、この男なら言いふらしたりはしないだろうと仮面を外す。

 

「武藤だ。武藤武」


『タケシか。俺のことはアレックスと呼んでくれ』


「わかった。また何かあったら呼んでくれ」


 そういって武藤とアレックスは電話番号と通話アプリの連絡先を交換した。ハリウッドのトップスターの個人的な連絡先である。武藤はそれが一体どれほどの価値であるのか理解していなかった。

 

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