第49話 誰の仕業か知らないけど、ありがとう


 さてさて、どうするのかな? こんな事になっちゃってさぁ?


「レナード……それは間違いないのですか?」

「はい夫人。同じ報告が三度……間違いございません」


 それにしてもさ、伝書鳩でやり取りすんのどうにかならない?


 シグムントの現在地は鳩が知らないので、まず東の関所に鳩を飛ばして、関所から早馬を出して、シグムントの返事を持った伝令が関所に戻って、そこから別邸行きの鳩を飛ばして――、そんなアナログな速達が領内のアチコチで行われている。


 この世界の鳩は相当賢いのかな? 行き先を間違えたりしないの? それって軍事機密だよね?


「なんという事でしょう……他領は何をやっているの?」


 なんか知らないけど、とりあえず酷使される鳩さんが可哀想だと思います。


「この国では平生よりこうなのか?」

「まさか。領内に落ちたモンスターはその地の領主が討ち果たすものです」


 東のイアン男爵領に続き、西のギャン伯爵領、南のラモン侯爵領からも相次いで魔月モンがキョアン領へ流れてきた。


「ダンゴムシの突破力は厄介ですぞ。御当主は東から離れられますまい」


 イアン領のダンゴムシを警戒して東の関所は封鎖していたのだけど、またもや平民が押し寄せて『入れて入れて』と嘆願している。しかもダンゴムシはそいつらを追い掛けて近くまで来ているらしい。


 イアン男爵を始め、お隣の領軍は何故か出払っているとのことで、平民たちの間では『竜を倒したキョアン伯爵が代わりに守ってくれるらしい』というデマが流れているとか。


「夫人。そのような約定……よもや交わしてはおりますまいな?」

「ど、同盟のお誘いはいたしました。ギャン、イアンの両家には静観してもらわねば困りますから」


 ピックミン王家に反旗を翻したシグムントにとって、当面の敵は直轄領とキョアン領の中間に領地を持つラモン侯爵になると思ったザビーネは、側面から攻められないように外交の一手を打っていた。


「うむ……定石よな」


 アニェス様のお顔は真剣だ。最初は2匹だったものが急に増えたのだから、結構ヤバい状況なのだと思う。


 電磁投射砲ならすぐ作れますけど使います? あー、でもなぁ……埋められちゃったんでしたぁ。


「環状街道を塞がれては敵わぬであろうが……あちらの見返りは?」

「もちろん所領の安堵です」


 上からキョアンかよ。シグムント無双しか無いくせにマウント取りに行き過ぎじゃない?


 竜討伐の大手柄とエッロイ卿の悪虐非道に尾鰭を付けて脅し含みの大義を掲げ、『敵は王家だけ』と強調して辺境貴族に同盟を持ち掛けていたらしい。


「王家を除け者にし派閥も無視して他家と手を組むなど前例がありません。ギャン卿は元よりキョアン家を目の敵にしておりますし、新興のイアン卿に至っては異例の事態に頭を抱えた事でしょうな」

「くっ……」

「東はダンゴムシ、西はバッタ、南はアリ2匹。南はマッコリーの本隊が抑えているようですが、モッコリーの守備隊は既に抜かれておりますぞ? 夫人、どうなさいますか?」


 レナードも変な感じでマウント取ってるしさぁ。ここぞとばかりにザビーネの悪手を非難していて面白い。オモロいから紅茶を淹れてあげよう。


「それはおかしいです」


 おや? ピックミン国内の諸々には不可侵なはずだけどどうしたの? 透け透けドレスが効いたのかな?


「ラモン領のアリは1匹だけだったはずです」

「イリア様? どういう事ですか?」


 イリアが祭壇塔の駐在司祭を通じて得ていた情報によれば、ピックミン王国に降った魔月モン8匹の内訳と落着地点は以下のとおり。


 キョアン領:アリ×1、カメムシ×1

 イアン領:クワガタ×1、ダンゴムシ×1

 ギャン領:バッタ×1

 ラモン領:アリ×1

 エッグザミン領:カメムシ×1

 王家直轄領:アリ×1

 

 ほぼすべての魔月モンがキョアン領へ集結中。直轄領に落ちたアリに至ってはラモン領を通り過ぎて入ってきたことになる。


「ま、まさか……!」

「民草を囮に使うたか……逃げる凡愚は気付きもすまい」


 敢えてモンスターを泳がせ、時には避難民を誘導して、キョアン領へ嗾けたものと思われる。


「なんて事を! 領民の命を何だと思っているの!?」

「隣の男爵は公爵領のカメムシを相手にしていよう。見事なまでの使いパシリよな」

「一体……誰の策なの?」


 カメムシは足が遅いし、まずは水場に陣取ろうとするだろうから仕方ないけど……もう1匹居たんだ? 魔族に買い叩かれる前に回収しないとね。


「アニェス様? 示威の機会と捉えればいいんじゃないですか?」

「…………」

「エッロイ卿を脅……お願いさせれば公爵領のカメムシも貰……討伐できますよね?」

「…………」

「ついでにパシリ男爵も助けてあげればどうでしょう? 今後はこっちのパシリに……旦那サマの軍門に下りませんかね?」


 ダンゴムシとアリとバッタはカーボンナノチューブの網で捕まえられると思う。大雑把に動きを止めた後で関節にレジンを注入すれば完璧だ。


 問題はカメムシが水源を確保しちゃってた場合だけど、たぶん何とかなると思う。


「ムシ取り網……作っていいですか?」

「……領内の魔月モンのみとせよ」


 誰だか知らないけど、胸くそ悪い戦略を立ててまで魔月モンを献上してくれた事には感謝しよう。


「埋められちゃったジャンクが要るんですけど……掘り起こしていいですか?」


 これは嘘じゃない。そのうち絶対必要になる。


「……許す」


 今じゃないだけだ。



**********



 わたし自身が出向くことは許可されず、量産した秘密兵器?を戦地にお届けする事になった。


 この機に乗じて輸送ヘリの導入を提案してみたのだけど敢えなく却下され、ムシ取りセットの配達には古き良き荷馬車が使われるらしい。何故かと尋ねれば『とにかく早過ぎる』との事だ。


「シキ様はもっとジャンジャンお力を振るわれるべきですよ!」

「だよね? マシロもそう思うよね?」

「そりゃそうです! 魔月モンのコアを使って何かを作ろうだなんてスゴいことですもん!」


 最近のわたしはマシロに愚痴を聞いてもらうことが多い。


 他のニンジャーたちもヨイショしてはくれるのだけど、話の中身を多少なりとも理解しているのは彼女だけなのだ。教育を受けられなかっただけで地頭はすこぶるいいのかもしれない。


「マシロにならできるかな?」

「何がですかぁ?」

「わたしの魔法……教えてあげよっか?」


 わたしの魔法のイメージは前世の知識を元にしたものだからその勉強から始めなければいけないだろうけど、マシロならイケるんじゃないかな?


「お申し出はとても嬉しいんですけど……無理だと思います」

「なんで? ちょっとしたコツだけだよ?」

「私って特殊でして……スクロールが使えないんです」

「え? 何それ?」


 マシロは生活魔法すら習得していなかった。スクロールを見ながらステータスを思い浮かべるだけなのだが、何度試してもスキル欄に加わらないのだと言う。


「そういう体質なんです。身体がスクロールを受け付けないって言うか……そんな感じです」

「へぇ〜、そんなこともあるんだ?」

「とっても不便ですし、働き口も見つからなくて大変でした」


 そのハンデはたしかに厳しそう。大抵の平民は初級4属性のスクロールを用意してから鑑定に臨み、ステータスを得た直後に生活魔法を覚えて家事手伝いから働き始めるものらしい。


「でも、ここでは私にもできる仕事がいっぱいあります。そんな場所を作ってくれたシキ様に私はとても感謝してるんです」

「え〜? よせやい照れるぅ〜」

「ここだけの話ですよ? シキ様の自由を奪おうとするお屋敷の皆様は偏屈過ぎると思うんです」

「そう。そうなんだよ。カメムシ倒してなんで尻叩き? おかしいよね?」


 嬉しくなったわたしはマシロを誘って新築した土蔵(地下の秘密基地)へ。


 パラジウムリアクターと誘導モーターを流用したヘリコプターの設計図を見せてあげよう。天井の蛍光灯を見上げて愕然としてるけど……わかってくれるかな?

 

「シキ様は……エッグザミン領のカメムシも欲しいんですよね?」

「うん、欲しい。なんか魔族が買い占めてるらしいじゃん。普通にヤバいと思う」

「……私にお任せくださいませんか?」

「どうにかできるの?」

「んふふ〜っ。お忘れですか?」


 ぐっと胸を張ったマシロは乳の下で腕を組み、自慢げにボヨヨンっと持ち上げた。


「閣下は私のコレがお好き♪ 」


 色仕掛けかよ。まぁ、マシロならイイ感じに転がせそうだけどさ。


「ねぇ? 何食べたらそんなになるの?」

「えっと……遺伝です。たぶん」


 やっぱり遺伝かぁ〜……パメラのはどんなもんだったかな?


「むぅ……そんなでもなかった気がする」


 将来への期待が挫けそう……『育ち盛り』が『早熟』の進化系であることを祈ろう。


「お母様ですか? どんな方だったか聞かせてくださいよぉ」

「え〜? なんか恥ずかしいなぁ〜」

「私は親の顔も知らないので興味があります」

「それは可哀想だね。仕方ないなぁ〜」


 パメラについて誰かに話せたことは今までに無くて、わたしはとても嬉しかった。



**********



 捕虜たちのリーダーに収まったエッロイ卿は要塞建設現場でお山の大将を気取っていて、樹海新地に投入された人足たちの間で派閥のようなものが出来ていた。


 現場監督のカリギュラとその補佐を務めるレイモンドを擁するグループが最大派閥。何故か人が集まるエッロイ卿を擁するグループが第2派閥。残りはどちらのグループにも属さない日和見だが、これが最も人数が多い。


「おじさーん! 補給だよ〜!」

「おう! 食糧はそっちの納屋に放り込んどけ! あっちじゃねぇ! そっちだかんな!」

「……はーい! マシロ、よしなに」

「ふぇ〜ん、重いよぉ〜! 腰砕けちゃう〜!」


 さすがはマシロ。アニキンと違ってちゃんとよしなにやってくれる。


 わざと膝上まで巻き上げられたスカートが揺れるたびに下心を満載した野郎どもが集まってくる。遥か遠くからダッシュしてくるヤツもいるから面白い。


 大伐採丸MK-3の荷台には食糧やら衣類やら建設資材やら、大量の物資が満載されている。こんな物量を『放り込んどけ』の一言で6歳の童女と14歳の少女に丸投げするような脳筋は死んだ方がいい。


 そう。なんとマシロは14歳だったのだ。


 この巨乳で14歳。『育ち盛りLV9』のスキル持ち。おかげでわたしの将来にも一縷の希望が見えた気がした。


「すっごぉ〜い! あっという間だぁ〜!」

「へへへっ! 別に大したことねぇなぁ!」

「ところでメイドさん? 今晩ヒマ?」

「マシロ、よしなに」

「すみませぇ〜ん。卿にお呼ばれしててぇ……ごめんなさいですぅ」

「エッロイ派閥か! 貴族がいるからってチョーシん乗りやがって捕虜の分際でぇ!」

「オレも鞍替えしようかな」

「まったねぇ〜!」


 はい発進。爆風で満載の下心をぶっ飛ばしての納屋へ。の納屋へ荷卸ししていた時には既に集合を終えて、整然と隊列を組んだ男たちが一斉にお辞儀した。


「ようこそ! 魔女っ子シキちゃん!」

「「「「「ようこそぉ!」」」」」


 コイツらのほとんどはわたしの可愛さを骨身に染みてわかっているから、マシロが敢えて腰を振る必要も無い。


「ア、アレが噂の……魔女」

「クラァアアア――っ! 貴様……正気か!?」

「魔女っ子シキちゃんとお呼びしろ! 死にたいのか!?」

「この新兵が! 修正してやる!」


 何かわたしの想定と違っている気もするけど、細かいことは考えないようにしよう。


「「「「「ようこそようこそ! 魔女っ子シキちゃん!」」」」」

「……うん、はい、こんにちは」

「「「「「こんにちは! 魔女っ子シキちゃん!」」」」」

「…………」


 マシロを連れてくるようになって益々おかしくなってる気もするけど……きっと勘違いだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る