ヒト・カンブリア紀〈Boosted Man file.03〉

安西一夜

01 半世紀前・シベリア

「ユーリ、何処どこへ行ったの?」於女香オメガは父親に尋ねた。

施設ここを出て、生まれた町へ帰ったのよ」応えたのは母の方だ。

 隣室に住む仲良しのお兄ちゃんが居なくなって、於女香オメガはとても寂しい。すぐに偉そうな態度をとる姉より、やさしいユーリの方がずっと好きだ。

 あの子は処理されたんだ、きっと。そんな呟きが両親の間で交わされたけれど、5歳の幼女に言葉の意味はわからなかった。

 ユーリはいつも成績が良くて先生に褒められていた。衝立ついたてのむこうにあるカードの絵柄を当てるでは、驚くほどの的中率だった。

 それが、ちょっと前から当たらなくなった。もう全然あたらない。

「クスリが強すぎたか」先生たちは、難しい顔でそんな話をしていた。クスリというのは頭を良くするクスリだ。於女香オメガはそう教えられている。

 間もなくユーリは病気になった。頭が痛いと言って、を欠席するようになった。

 その日、友達とかくれんぼをしていた於女香オメガは、少しばかり調子にのった。配管が何本も通る壁の隙間をくぐり抜けている内に、見たことのない通路に出た。

 壁が黄色く塗られた場所だ。立ち入ってはいけないと言われている黄色い区画。戻ろうとしたところに、奥から足音が近づいてきた。於女香オメガはあわてた。狭い隙間に躰をねじ込むヒマがない。

 見つかる。叱られる!

 足音と反対方向へ通路を逃げた。半開きのドアがあったので、そこへ入って隠れた。

 灯りの点いていない部屋は倉庫のようで、たくさんの薬品や機材が置かれていた。奥に垂れたカーテンのむこうは明るく、人の気配がある。

 忍び足で寄って、カーテンの隙間から覗いた。

 看護婦の白衣の背中が見えた。ベッドに向いて立っている。

 病室らしいが、その部屋も壁は黄色く塗られていた。

 どうしよう。泣きそうになる。

 そのとき、看護婦が横へ移動した。

 看護婦の陰になっていた、ベッドに寝ている人の顔が現れる。

 ユーリだった。

 ユーリの頭は、髪の毛という帽子を脱いでいた。皮ごと脱いだ部分に、ピンクのシワだらけの肉が剥き出しになっている。ピンクの肉には、コードの付いた針が何本も刺さっていた。

 於女香オメガは息をのんだ。後ずさった足が何かの壜を倒した。

 その音に反応して、ユーリのあおい瞳が、ギョロリとこちらを向いた。

 於女香オメガは悲鳴をあげた。

 目の前に、白い光が炸裂した──


     ***

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