第6話 炎の惑星
メタンの手には分厚い赤い本が開かれていた。
「炎の惑星」
遙か上空の宇宙空間に赤い惑星が現れると、メタンは再び口を開いた。
「アレスの盾」「ダストストーム」
半透明の赤い球体が私達の体を囲み、辺り一帯の塵が火の粉となり吹き荒れた。
「今のうちに逃げよう」
メタンの一声に私は頷き、視界が悪い中をライヒテュームとは逆の方向へ飛んだ。
火塵の嵐が止むと、ライヒテュームは光沢のある紺のダブルロングコートを身につけて目の前で待っていた。
「!?」
紫のオーラを放つコートは、ライヒテュームを完璧に保護している。
「何処へ行こうというのですか?久しぶりの再会なのに」
私達を庇うように一歩前に出たメタンの瞳は揺れていた。
「メタン、ご覧なさい!このレムリアの至高の逸品を!」
「ライヒテューム先生はそんな人じゃなかった。何があったのですか?」
「メタン、貴方も私と共に行きましょう。もう信じることに縛られなくてよいのです」
メタンは手に持つ赤い本に意識を集中し、炎の惑星の場の中で唱えた。
「ファボス!ダイモス!」
緋色に揺らめく炎が現れ、術者のメタンの瞳の色を赤色に照らす。
炎は膨張し巨躯なゴーレムが2体、周囲の霧を蒸発させながら咆哮を上げた。
溶岩を滴らせながら前進するゴーレムは、燃える豪腕を振るいライヒテュームと一緒に周囲の地形をもなぎ払った。
「先生は誰よりも慈悲深い天使で、人間の時も富や財宝の豊かな生かし方を知っている人だったはずなのに・・・なんで」
荒れ狂うゴーレムの手から逃れるライヒテュームは、手の中の剣に見惚れていた。
他には何も興味を無くしていた。
ライヒテュームはゆっくりと周囲を見渡し、私と目が合うと目尻を下げ、両口角を異常な程につり上げた。
狂人の狩りを楽しむ表情なんて、今まで私は見たことがなかった。
私の脳裏に強く焼き付くと、心臓が大きく1回「ドクン」と脈打ち、全身に響く鼓動を感じながら、私は逃げた。
振り返る余裕も勇気もなくて、無我夢中で飛んでいると、メタンが何かを叫んだ。
もう駄目かなと思った時、頭の中にイメージが流れ込んできた。
ライヒテュームは、明るい花緑青の日差しが差し込む草原で、子供達の前に立っていた。
真っ白いスーツに身を包んだライヒテュームは清涼感に溢れ、爽やかな笑顔で子供達に何かを説明していた。
「さあ、胸の中心の光を思い浮かべて下さい。自信をもって」
生徒達はそれぞれ、意識を集中させている。
「光の強さが魔法の強さに比例します。どんな時も光を弱めてはいけません。例え窮地に陥っても、どんなに打ちのめされようとも」
「光を弱めたときを、悪魔達は忍び寄ってきます。隙を作ってはいけません。さあ、始めて下さい」
「「ムーン!」」サッカーボールほどの月の複製が、次々と生徒達の頭の上に現れる。
海面を照らす月明かりのように、キラキラと輝くフィールドが出来上がった。
月の領域を作り出せた生徒達はジャンプして喜んだり、誇らしげに胸を張っている。
「クスクス」
「またメタンだぜ、だっせー」
「ガイア出身が天使なんておかしいよね」
数人の生徒がせせら笑いながら、後ろの方を注目していた。
彼らの視線の先には一際、幼い生徒がぶかぶかの白いローブに首を通し、俯きながら立っていた。
メタンは小さな声で呟く。
「ムーン・・・」
声は震えていた。
「できない・・・私、迷子になる」
肩を落とす小さな天使の前にライヒテュームは立った。
「メタン。また迷子になるつもりですか?迷子になったら私は、どう思うと思います?」
メタンは口をへの字にし、泣き出しそうなのを堪えながらライヒテュームを見つめた。
「心配する」
「そうですよ。私はとても心配してしまいます」
ライヒテュームは両手で握りこぶしをつくる。
「どっち?」
メタンは左手を指した。
ライヒテュームが手を開くと、タンポポの綿毛があり、風に揺られどこかへ飛んでいった。
「わあ!」
「メタン。私も地球出身です」
「えっ先生が!?」
メタンを小馬鹿にしていた生徒は顔を赤らめ俯いていた。
「どうします?魔法の実技続けますか?」
メタンは満面の笑みで、ライヒテュームに頷いた。
――これは、メタンの記憶――
私の目の前には、薄笑いを浮かべる変わりきったライヒテュームがいた。
メタンは目を閉じ、胸に手を当てている。
「ムーン」
月の地場が形成される。
それと同時に、胸の中のハルトが共振し白銀に輝く。そして、魔法を唱えた。
「ムーン」
空を覆い尽くす二つの月は、お互いに近づいていく。
メタンははっきりと力強く声に出した。
「ムーンインパクト」
アクシオンを振りかぶっていたライヒテュームは、月の衝突間際にメタンをチラリと見た。
アクシオンのエネルギーを飛ばすと、その暗闇のエネルギーの中へとライヒテュームは自ら吸い込まれていき、消えた。
衝突閃光が水平に伸び、爆発が起きた。
真っ白で何も見えなかった。
こんな全てを巻き込む魔法なんて、敵も味方も無い・・・
そう思って私の意識は飛んだ。
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