第27話 最高の天才
土曜日。
自習という名の自由時間が始まった。既に聡史は昨日の出来事を話したくてそわそわしている。
昨日、考古学総合資料館を出てから寛美とタクシーでファミレスに向かい、寛美に呼ばれて雫が合流したのである。聡史は最後の一人、森澤麗香の登場を期待していたが、研修でアメリカに旅立った後だった。
その代わりに自転車で美鈴が駆けつけた。
「そっち行きなよ。
六人掛けのテーブルに後から来た美鈴が聡史を追いやり翔の隣に座る。
聡史は「ナイスアシスト!」と言って美鈴の肩を叩き、さっさと向かいの席に向かう。
雫と寛美の間に何とか入れないものかと席の後ろでうろうろしているところを翔に耳を引っ張られ、雫の隣の端の席に座らされる。
雫と寛美は笑顔でそのドタバタを見ていた。
雫に促されて、翔は今日の寛美との話と、初めて聞く美鈴が分かり易いように説明する。
「すごい偶然ね~
深山との話は先に母親に話していたが、雫が帰って来た時には概ね終わっていた為、大まかな話だけを言っていた。
翔が入院していた頃、雫は黎明寺で伯母の妙子と祖母が面倒を見てくれて、英幸や俊之と一緒にいたため、何があったか知らされていなかった。
「まぁ、いいや。」
雫はこの話を止め、寛美と世間話をしていた。
聡史が二人の会話にちょいちょい入って、終始ご満悦であった。
美鈴は食事をしながら翔に向って小声で抗議する。
「
翔は美鈴に顔を近付けて更に小声で応える。
「
「・・・うん。」
翔の応えを聞いて美鈴が嬉しそうに下を向くのを寛美は微笑ましく見ていた。
雫は聡史のおもりで忙しかったが内容は把握していて隣の寛美に目線を移し、二人で笑い会っていた。
食事を終え、寛美が『魔法のカード』といって水橋教授のカードで支払いを済ませ、雫のトヨタパッソに向かい、翔が送ろうかと言ったが、美鈴は手を振って乗って来た自転車で帰って行った。
聡史はサッサと助手席に乗り「よろしくお願いします。」と言ってシートベルトを着けてしまう。
雫の後ろに寛美が座り、翔が膝を畳んで聡史の後ろに座った。
大学に近い寛美の家に戻る。名残惜しそうな聡史を残して寛美が帰り、聡史の家に向かう。聡史の家は照明が点いていて父親が帰宅していた。
姉弟になり母親に連絡すると「勤務が終わってこれから帰る。」と言ったので大学病院に戻って家族揃って帰宅したのだった。
追試予定の生徒が翔に物理の解説を聞き終わるのを待って、聡史が昨日の感動を話に来る。慎也も来て内容を聞くと悔しがって寛美の高校時代の伝説を語った。
「水橋寛美先輩っていったら、開校以来最高の天才って言われていたんだよな。三年間全科目の学業試験を全て満点って記録出しているらしいよな。そのお陰で、今に至るまでうちの高校の試験レベルかなり上がったていう噂だもんな。」
慎也の言葉に翔が補う。
「ああ、ねーちゃんが言っていたけど、それは小中等部でも同じだ。中学まではまだ普通に褒め称えられていたんだけど、高校に入ってから先生対寛美さん的な戦いが何となく始まって、いかに寛美さんに満点取らせないかっていうゲームが始まったんだとさ。結果、先生側の完敗に終わったんだけど、その煽りを受けて全科目のレベルが一気に上がったんだって。流石に先生達も言いがかりで減点出来ないし純粋に国内最高峰の試験になって行ったんだって。もともとうちの学校って文科省の指針なんて一年の内に終わらせて受験で入って来た人達が面食らうくらい高度な授業やっちゃうから付いて行くのが大変だけど、まあ、先輩達もやってきた事だからな。たださ、前に麗香さんにも聞いたけど、ねーちゃんの時代は本当にえげつない位高度な問題だったらしいよ。」
何故か話を聞いていた聡史が胸を張って頷く。
聡史に冷たい目線を投げて慎也は話を続けた。
「しかも超美人でスポーツも確か弓道の個人戦、全国優勝してるんじゃなかったっけ?正面玄関にトロフィーあったよな。うちの学校、弓道の個人戦だけやたら強いんだよ。皆気にしていないけどさ去年も誰か優勝していたよな。俺も会いたかったなあ。前に会ったのは聡史のお見舞いだから二年前か・・・あの時は三女神揃ってたもんな。あの人達揃うとアイドルなんて相手にならないもんな。思春期の男子には刺激強かったよ。聡史の気持ちはまあまあ分かる。ま、俺は手の届く幸せしか追わないけど・・・それでもさあ、翔はともかく、聡史はメシまで奢って貰ったんだろ。今度俺も混ぜてくれよ。」
「・・・あっ!」
言われて初めて気が付いた。
中学の時、姉の雫に連れられて弓道場の寛美の応援に行った事があった。全国大会は別の県で行われたのと、自分の部活が忙しくて見に行けなかったが全国大会で優勝した事は雫から聞いていたのだった。
聡史と顔を合わせて口を開けたまま固まっていた。
「寛美さんと深山先輩って知り合い?一っこ上だから寛美さんが優勝した三年の時深山先輩って一年生で、中学連覇した後だよな。寛美さんからうちの学校って弓道の個人戦連覇だったって事か。知らなかった。翔お前は?」
翔の前の席に座った聡史が聞く。
「気にしていなかった。なんか凄い人っていう事は認識していて全国優勝くらいするだろうって思っていたけれど、物心ついた時には普通に面倒見て貰っていて、何かを知りたい時には、寛美さんに相談すれば解決するから頼りになる優しいお姉さんっていう感じでいた。深山先輩が弓道やってたのも・・・あ、中学で表彰されてたけど、考えが及ばなかった。すまん。」
寛美は父親の水橋教授も舌を巻くほどの才女で、幼少の頃から目に入ったものは全て記憶され、類似の内容も解析出来る為、古文書や遺跡の調査には同行させて類似又はその違いを指摘させていたほどである。慎也に言われるまでも無く本物の天才が身近にいる事を翔は熟知している。その対象は、姉の雫や美鈴の姉の麗香も同様である。
寛美は理由を明かしてはいないが、弓道を高等部に入ってから急に始めて高等部三年の時に優勝していた。一、二年時点でも十分に全国に行けるだけの実力があったが、父親の発掘調査旅行に連れ回されてしまい、進学審査の年になる三年の時だけ選手権大会に出場していたのだった。進学審査は当然満点の一位で通過していたので大会に専念出来ていたのだった。
大学に入ってからは専ら学業中心になり、父親である教授の研究室に入学時から出入りする特別待遇を受けている。
「・・・なんだよ~深山先輩の事も昨日のアフターで聞けばよかった。まあ、今日も弓道場覗いて行こうぜ。」
聡史はやる気満々で言う。
「アフターって何だよ?お前はオヤジか?寛美さんにそういう言い方するのやめろよな。ねーちゃんに言いつけるぞ。」
翔は冗談めかしに言ったが、弓道場には行きたいと思っていた。
終礼が終わり、来週月曜日からは終業式までの三日間、追試組以外は自主登校となった。
美鈴には昨日のうちに予定を教えてあったので昇降口までは一緒に歩き、靴を履き替えると手を振って神谷と正門へ行ってしまった。
約束の時間は15時。
大学から車なら10分もあれば辿り着く筈だ。
雫とは14時半に大学病院の有料駐車場で待ち合わせにしている。
待ち合わせ時間まで2時間以上あった。昨日と同様に弓道場へ向かう。
今回は正規のルートで裏門から大学に入り、神社の参道を通って武道館の正面玄関に入った。
持参した上履きに履き替え観客席に入ったが、少し早かったのか今日は誰もいない。
聡史が廊下に出て、射場側の控室に向かって行く。
「ダメだ。今日は深山先輩休みだってよ。昨日の一年生達から聞いて来た。」
言って翔におにぎりを手渡す。
「おい。一年生からカツアゲして来たのか?」
言いながらも翔は受け取った。
「失礼だな。仲良くなったって言っただろ。『おいしそうだね』って言ったら恵んでくれたんだよ。観客席は飲食禁止だから表行こうぜ。」
正面玄関を出て、鎮守の杜に入り最初のベンチに座る。
雑木林では蝉が大合唱で反響していた。
気温は30℃を越えているが、木陰で適度に浜風が吹き体感はそれ程でもない。二人でおにぎりを頬張りながら木々の隙間から見える空を眺めていた。
「この後どうする?『昆布』だ。ずっと外にいたらさすがに暑いから大学のラウンジにでも潜り込もうか。」
おにぎりを食べながら聡史が話した。食べ終わると汗を拭く。
大学の公共的な校舎には附属校の生徒証を見せれば入館可能になっている。昨日の資料館や図書館がその対象だが、ラウンジと学食は誰でも利用可能になっていた。
「そうしよう。『明太子』当たり。昨日も昼飯喰い損ねたし。それに今日は初対面の大人の人相手だから気合入れたいしな。」
翔も食べ終わり立ち上がる。
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