第10話 球技大会
伯父との話し合いを終えた翌日の月曜日。
翔は聡史に家族から登山の許可が出たことを告げた。
二人は更衣室で制服を脱ぎ体育着に着替えながら話している。
期末試験終了後の採点期間に行われる校内球技大会で、クラス代表のバスケットボールチームに選ばれた為だ。
180センチメートルを優に超える翔と聡史は部活動には参加していなかったが随時バスケ部から勧誘され続けている。
中学から附属校に入学してきた聡史とは気が合い、中学時代は二人ともバスケ部に所属して県大会ベスト8まで勝ち上がった経験があるが聡史が交通事故で腰を痛め、ほぼ同時期に翔が左肩肩甲骨の違和感にみまわれ、高校からは入部せずにいた。
昨年は違うクラスだったが、三日間に渡る全学年対抗のトーナメント戦で1年生のクラスが準決勝まで進んだのは翔と聡史がいたクラスだった。結果は三年のバスケ部レギュラーがいた二つのクラスにそれぞれ負けたが得点王には翔が輝いた。
今年は二人が同じクラスの上、バスケ部のレギュラーに入っている
青嵐学院大学附属高等学校では
「それで、予定はどう組むの?」
翔は先に着替え、ロッカーを閉めて聡史に向き直る。
聡史は椅子に腰かけてソックスを履き直していた。上半身裸である。
「ノープラン。これから熟慮してだなあ・・・必要な道具の調達や幾つもあるルートのどれを行くかが問題なんだよ。予算はどのくらいまでいける?」
聡史のノープランは今に始まったことではない。企画は立てるが、大抵の事は最終的には翔に丸投げが決まりである。
「そんな事だとは思っていたけどな。一応、正規のルートを安全に行くのが許可の条件だよ。獣道探検トレッキングコースとかは絶対NGだからな。」
目を輝かせた聡史に翔が左手の人差し指一本で額を抑える。
「翔君!それ採用!やっぱさあ、若気の至りって大事だよな。」
翔の指を頭突きの要領で弾き返しながら立ち上がり腰にテーピングをし始める。
「まだ痛むのか?」
テーピングを手伝いながら聞いた。背中には何本もの傷跡がある。
「お守りだよ。勉強のし過ぎで猫背に成りがちだからな。」
Tシャツを着て、みぞおちを手で叩きながら聡史は応えた。
背は翔よりも少し高く190センチメートルある。
「それにしても和尚の伯父さんはともかく、よくお母さんや雫のお姉さまがOKしたな。一緒に行くとか言い出さなかったのか?俺は雫さんに来てもらうのは非常に、そして大いに大歓迎だけどな・・・雫さん来るんだったら・・・海だよなあ。」
翔に対して過保護なのは母親ではなく、姉の雫であることは周知の事実である。
雫は身長が162センチメートルでスタイルもよい。目鼻も整っていて異性だけでなく同性からもかなりの人気を誇っていた。
聡史は家に遊びに来ても何かと雫について回り、翔よりも雫と話をしたがった。
「だから!普通は海だろ。」心の叫びが漏れた。
「海にするか。雫さんを呼べよな~」
聡史の優柔不断が炸裂する。いや、欲望が全開である。
「いや・・・それでは昨日の俺の努力が報われない。」天を仰いで翔が言う。
「そうか?んじゃ山行ってから後半は海行こうぜ~雫さんと!」
聡史が何を想像しているか一目瞭然だった。
『直接誘ってみろよ!』いつか言ってやろうと思った。
そして行くのが『海』ならば家族は反対しない事に聡史が気付く時が来るのだろうかとも考えた。
『バスケットボール男子、二年七組と一年二組の選手は中庭Bコートに集合してください。』
校内アナウンスがスピーカーから流れる。
「さて、スターの登場と行こうぜ!一年坊に格の違いってやつをお見せいたしませう。」
『やる気満々かよ』聡史のポジティブ思考には翔にとって救われる事は多いが、いかんせん度が過ぎるところがある。
「球技大会が終わったらこの件で相談したい人がいる。その人に会ってからの計画で良いかい?」
翔が言うと聡史は「はいはい。よろしく。」と言ってさっさと中庭に向かってしまった。やれやれと思いながら聡史が忘れていったゼッケンを持って更衣室を出た。
試合は圧倒的だった。
聡史がセンターで高さを制し、ポイントガードに入った翔がゲームを支配する。部活でも二年生ながらフォワードをはる慎也が面白いように点を入れて行った。組織立ったチームプレーを完璧にこなす。この三人だけで十分だった。素人チームでは相手出来る隙もない。慎也が部に入れよと何度も、何度も言う。
隣のAコートで自分のクラスの男子が試合中である筈の美鈴が見に来ていて、自分のクラスとは関係なく翔の応援をしていた。
こうして三日間の球技大会を最終日まで勝ち続け慎也以外のレギュラーがいる三年のチームにも完勝してしまった。得点王にはダントツの成績で慎也が獲得し、二位には聡史が入る。裏方に徹し、ゲームメイクをしてスリーポイントを決め続けた翔も三位に入り競技別のMVPは翔が選ばれた。バスケ部顧問の小泉が改めて翔と聡史に入部を勧めたが最初に断ったのは聡史だった。やはり腰に負担が掛かっていたようで、表彰式が終わると左足を引き摺っていた。
木曜日。
午前中の授業で追試も補習もないことを告げられ、聡史は足を引き摺りながら喜んでいた。追試補習組は別教室に分けられカリキュラムの説明を受けに行き、自由行動となると他のクラスの生徒達も入り混じって聡史の周りに集まり「万歳!万歳!」と何かの祭りのようにはしゃいでいる。ムードメーカーでもある聡史には人を引き付ける魅力があり、常に皆の中心にいた。
「翔君も大丈夫なんでしょ。」
机に向かってタブレットのメールを読んでいた翔に、隣のクラスの
美鈴の姉の
三つ上なので大学二年生である。
雫と麗香、そしてもう一人、
附属小学校に転校してきた雫を最初に支えて、心を開かせてくれたのが麗香と寛美の二人であり、翔の面倒もよく見てくれていた。
その頃からの幼馴染が美鈴であり、美鈴も当然のように美少女である。
「うん。当然。古文がイマイチだったけどね。美鈴は?」
顔を上げると目の前に美鈴の顔があった。
教室の入口にいた女子達が『チューしてる!』と騒ぎ立てる。
「してない!」美鈴が慌てて訂正しに行ってしまった。
この騒ぎで翔の質問は搔き消されてしまう。
翔は走って行った美鈴の姿を追うと、再びメールに目を戻す。
これから会いに行く人との待ち合わせの指定場所と時間が書かれていた。
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