第2話

 放課後となり、楽しみにしていたバイトへ。ベルリンの地区のひとつ、テンペルホーフ=シェーネベルク区にある『カフェ ヴァルト』。壁は一面板張りになっており、森林をテーマにしたかのような絵が額縁に入れて何枚も飾ってある。


 『森』を意味する店名よろしく、木の温もりを大事にしている店であり、店内も森をイメージして様々な動物の置物などがある。店内の敷地面積は一三〇平米ほどの、広めのカフェだ。アニーの住むノイケルン区とは隣なのだが、ここを選んだ理由は『賄いが一番美味しそうだったから』。


「やっぱりこの店のレモンティーが一番美味いッス」

 

 レジ裏のキッチンの片隅で、わざわざティーカップとソーサーまで用意して、軽く一杯、アニーはいただく。この瞬間がたまらない。店内は混雑しており、てんやわんやとしているのだが、そんな時にふと、全てを忘れて紅茶が飲みたくなるのだ。


「……そういうのは休憩時間にしよっか……」


「店長。今が一番美味く飲める瞬間なんで。勘弁してほしいです」


 いつものように、気づいたらアニーはフロアから消えたのを確認した、最年長者ダーシャ・ガルトナーがキッチンを覗くと、悪びれる様子もなくイスに座って、レモンティーを飲んでいる。続けてもう一口。


「幸せってこういう時に感じますよね」


「うん、じゃあお客さんの幸せのために働こっか」


 ニッコリとダーシャが微笑むと、つられて「そうっスね」と一気に飲み終えてアニーは仕事に戻る。接客はとてもいいのだが、こういうことが頻繁に起きる。こういう子は根は素直だから、と上手く操る。ベルリンに出てきてひとり暮らしが心細いのだろうから、父親代わりになってあげねば、と気を吐く。心細いにしてはずいぶん図太い気もするが。


 実際、アニーはとても有能だとダーシャは考えている。様々な国から人が集まるベルリンにおいて、フリースラントの言語であるフリジア語は、英語とオランダ語の両面を持ち合わせる言語で、時には通訳として働いてもらっている。両言語ともドイツ語に近いため、なんとなくはわかるのだが、話せる人がいるなら助かることこの上ない。生まれながらのトリリンガル。


「あんま深く考えたって無理ですよ。あいつ、なんも考えてないですもん」


 そうダーシャに進言してくるのは、キッチン担当のひとり、ビロル・ラウターバッハ。大学生で、もう二年はここで働いている。忙しくて退屈しなそうだから、という理由で始めたバイトだが、すっかりハマっているらしい。飲食関係に就職も考えているとか。


「ビロルくんも、アニーちゃんがサボってたら言わないとダメだよ。お店、忙しいんだから」

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