ダンジョンさんぽ配信中に炎上系配信者に怪物を押し付けられて最下層に落とされた。死を覚悟して最期にスキル【オリパ開封】を使ったら俺を「ぱぱ」と呼ぶ最強美少女が出てきて無双してめちゃくちゃバズった。

ヤマモトユウスケ

本文


「はい! どうも『鷹崎ダンジョンさんぽ』の鷹崎です。というわけでね! 本日も元気にダンジョン配信やっていきますけれども」


 わざとらしいくらい明るい声を上げて、俺は石畳の上を歩く。

 床だけでなく、壁も天井も白い石材で組まれた遺跡風の通路は、等間隔で設置された青い炎のたいまつで照らされている。


「今日はホームの八王子ダンジョンからちょっと足を延ばして、最近開いた・・・千葉県銚子市のダンジョンまで来ました。ローラシア・カテゴリー、タイプ:ギリシア6。幻想深度は3500から4000ほどで危険なランクですが、一階はモンスターが出ないので安全です」


 俺の斜め上にはカメラ担当の配信用撮影精霊機カメラドローンの『目玉くん』が浮いている。大きな丸いレンズのカメラから蝙蝠の羽が生えているのだが、その姿が目玉っぽいから『目玉くん』。ダンジョン配信者のお供だ。

 有名配信者にでもなればハイグレード版の『目玉くん』をいくつも浮かべて多角的な動画を撮るそうだが、俺は安売りの型落ち一台飛ばすのだけで限界である。


「お、窓がありますね。地下ダンジョンですが、異界化しているためか、上には空が見えます。奇妙ですよねぇ。気候は温暖で、ちょっと乾燥してるかな? 湖エリアもあるようなんで、機材もちこんで海水浴とバーベキューとかも、いいかもしれないです」


 世界で最初にダンジョンが開いた・・・のは、もう八十年も前のこと。

 終戦直後の日本、九州は福岡だったそうだ。それから、毎日のように新たなダンジョンが世界中に生まれた。

 地形を無視した広大な内部構造を持つ、異界への入り口。異形の生物たち。未知の素材と新技術の開発――。その時の動乱について、俺は社会の授業でしか知らない。世界がどうやって対応したのかも。

 ただ、八十年経った今、ダンジョンは人類にとって恵み・・になっていることが、俺にとっての現実だ。異界由来の魔術や超能力といったオカルトが当たり前になって、それらは国営のダンジョン公社によって管理され、開拓については民営化されて……。俺のような一般人が"冒険者"としてダンジョンに潜れるようにすらなった。

 『目玉くん』の下部に、半透明の画面が浮かび上がって、視聴者リスナーさんたちのコメントを表示してくれる。配信開始直後だが、事前に告知していた甲斐あって、それなりに見てくれている方がいるようだ。


「『おっさん海水浴もバーベキューもしねえだろ』ってコメントやめてくださいね、まだ二十代ですからね。『子供と来るのにいいかも! 鷹崎さんもお子さんとどうですか?』 おい! 暗に子供いてもおかしくない歳っていじるな! デリケートなんだぞ歳の話は」


 つまり、まあ。

 俺はダンジョンで動画配信をする、いわゆるダンジョン配信者ライバー

 略して、ダイバーというやつである。ダンジョンに潜る・・というダブルミーニングでもあるらしい。


「まあ、まだ二十代っていうか、ギリ二十代なのは事実ですけど。先週も友達が結婚&出産のコンボ決めてきて、いやホント『俺この歳でなにやってんだろ』感はマシマシになってきてますよね。特にダンジョン配信なんて不安定な仕事をしている身としては……」


 半分事実、半分冗談として、コメント欄のリスナーが自分の年齢をいじる。俺の配信の定番の流れ、お約束のネタだ。


「あの、『いい声してますね! 引退するタイミングを逃した底辺イケボ生主みたーい!』ってコメントした方がいらっしゃいますけれどもね、めげずにやっていきたいと思います。コメントしたヤツ名前おぼえたからな……!」


 ダンジョン配信は、基本的にモンスターを倒したり、最深部を探索したりするのが定番だが、俺はいじられながら安全な浅いところを歩き回るだけだ。

 だからチャンネル名は『鷹崎ダンジョンさんぽ』。シンプルで気に入っている。


「おおう、『なんでこんな雑魚の配信にリスナー百人もいんの?』ですか。うーん、手厳しい。たぶん、もうすぐわかりますよ」


 てくてく歩いてダンジョンを回る。下層へ続く階段はぜんぶ無視して、風景を映しながら雑談するだけ。たまにリスナーさんからお捻り・・・が飛んできて、右下のカウンターに数字が加算されていく。お、そろそろだな。


「それじゃ、投げ魔力マジカルチャットが五千ポイント溜まったので、さっそくオリパ開封しまーす」


 『待ってました』『メインコンテンツ』『ハズレ来い』等のコメントが、勢いよく流れていく。うんうん、みんなこれが見たいんだよな。


「えー、初見の方のために説明いたしますと、俺のダンジョンスキルは【オリパ開封】と言いまして、魔力を五千ポイント消費して、なにかしらランダムに召喚するという、一種の召喚魔術ですね」


 ダンジョンスキルは、ダンジョン配信者に宿る、ダンジョン内部での使用に特化した固有の魔術だ。ここ数年で急速に発達した新技術である。

 通常、魔力の上限は百かそこら。非魔術系の仕事に従事する方々は、魔力なんて持っていても使わない。そこで、投げ魔力として配信画面越しにダンジョン配信者に贈与するシステムを『目玉くん』の開発者は思いついたらしい。

 そして、異界であるダンジョンは、地上よりもはるかに魔術の発動がたやすい。地上では高名な魔術師百人が十日かけて行うような大儀式も、ダンジョン内でなら素人一人が一瞬で発動できたりしてしまう。

 ……ただし、スキルの内容は個人の魂によって決定されるため、個人差が大きいのだが。


 ともあれ、ダンジョン配信者には投げ魔力と異界の特性、己の適性を組み合わせた、自分だけの必殺技があるのだと考えてもらえばいい。


「『五万も使ってヤカン十個引いたときはさすがに笑った』――ヤカン十連事件ね……。いやアレもちゃんと魔道具だったじゃないですか。忘れちゃった? ほら、入れた水が麦茶になるっていう」


 すかさず『使い道の幅が普通のヤカンより狭い』『買い取り合計金額二千円』とツッコミのコメントが入る。


「結局、買い取り出さずに妹の学校に提供したんですよね。運動部、麦茶あると便利でしょうし。『鷹崎兄汁、いつも飲んでおります。ありがとうございます』――あの、兄汁っていうのはやめてくれないかな……?」


 通路の端、安全そうな一画で立ち止まり、スキルを励起。

 眼前に光り輝く丸い魔法陣が浮かぶ。そこに五千ポイントの投げ魔力を注ぎ込み、魔法陣の外縁を両手でつかんで、ぐるりと一回転させる。


「まあともかく、俺は戦闘が苦手なんで、散歩しながら雑談して【オリパ】を開封しているわけです。ダンジョンによって出るアイテムの系統が変わるんで、たまに今日みたいに遠征したりもしてね」


 宙に浮かぶ魔法陣が光り輝いて、がちゃがちゃと音を立てて組み替えられ、形が変化した。円から四角へ。長方形の、扉のようなデザインだ。大きさは手のひら大。

 四角い扉型の魔法陣の端をつまんで、「それでは――せーのっ」と掛け声をかけ、べりべりと剥がす。

 扉の内側から光り輝く何かがふわふわと落下して、役目を終えた扉は消滅した。

 落下したアイテムを拾って、『目玉くん』からよく見えるよう、手で掲げるように持つ。


「えーっと……、はい! "潮風のスキレット(ノーマル)"です!」


 すぐさま『鉄くず』『ハズレ』『ただの調理器具じゃん』とコメントが表示される。

 俺の【オリパ】で生み出されたものにはレアリティが設定されており、レアリティの低いアイテムはたいてい使い道の少ないトンチキアイテムだ。例のヤカンでレアだったので、ノーマルは期待が薄い。


「いやいや、ノーマルでも使い道のある魔道具かもしれませんからね? 効果は……炒めたものに塩味が付きます。『微妙』『微妙』『微妙』――好き放題言いやがって! 塩は大事なんだぞ!」


 その魔道具がどんなものか、俺にはすぐにわかる。俺の【オリパ】で生み出されたものだからだろう。

 "道具袋(レア)"にスキレットをしまいこんで、さんぽを再開する。見た目はナップサックほどの大きさだが、内部に百リットルほどの容量を持つ魔道具だ。俺の【オリパ】から出た、数少ないアタリのアイテムである。


 以降、一時間ほど歩き回って【オリパ】を追加で三パック開封し、俺は地上に戻った。

 出てきたものは全てN。鑑定結果は四つで千五百円だった。余った投げ魔力はダンジョン公社に買い取ってもらって現金化。動画配信の広告収入もあるので、成果としてはまずまずだろう。


「では、また明日も配信しますんで、ぜひ見に来てくださいねー!」


 挨拶をして、配信を切る。

 せっかく遠征してきたのだ。今日はビジネスホテルに泊まって、明日も朝イチでこのダンジョンに潜るつもりだ。


 ●


 翌日、ダンジョン配信中にほかのダイバーと出会った。それ自体は珍しいことではないが、相手が悪かった。……最悪と言ってもいい。


「あ、鷹崎じゃん。リスナーのみんな、見て見て! 鷹崎がいる! 今日もダンジョン徘徊に精が出ますねぇ! 田舎のジジイみたいだな!」


 金髪マッシュのイケメン有名ダイバー、『アラガネナヲト』である。周囲には二人の若い男性スタッフがいて、ハイグレード版の『目玉くん』が四台も浮かんでいる。

 いわゆる迷惑系、炎上系と言われる素行の悪いダイバーで、主なコンテンツは他ダイバーへのウザ絡みやいたずら――それも度を越して悪質なものが多い――だ。

 しかしながら、その過激さが一部の人々から支持を得ており、チャンネル登録者数は俺の一千倍の百万人越え。定期的に投稿するする『歌ってみた』動画やオリジナル楽曲の評価も高く、アイドル的な人気もあって、ライブも開催しているとか。


「鷹崎、今日なんかいいアイテム出た? 俺にくれん? あ、ところでさぁ、妹さんは元気? 今度飲み会しようや、妹さん連れてきてよ。まだ高校生だっけ。あ、なんなら妹さんだけでもいいけど」


 だが、基本はこういうウザくて下品なやつだ。以前、別のダンジョンで出会って以来、なぜか妙に絡まれている。……どこからか、俺の妹の話も聞きつけてきたし。


「今日はまだ一パックも開封してないよ。妹はダメ。会わせない。それじゃ」


 と、最低限の会話だけして去ろうとしたが、アラガネも一緒についてきた。


「なあ、一緒に下の階層行かね? そんで打ち上げしようや。妹さん呼んでさぁ。大丈夫だって、なんもしないから!」


 荷物を持っているスタッフたちが「ちょ、ナヲトさんしつけえっすよ」と笑い声を上げる。積極的に止める気はないらしい。……俺を馬鹿にするだけならまだいいのだが。


「あのさ、マジで妹の話はやめてくれないか。まだ学生なんだよ。アンタみたいな大物の話に出されるの、正直、迷惑だ。……アンタたしか、大手のギルドから迷惑行為で訴えられて、ダンジョン公社から警告受けてたろ、次はないんじゃなかったのか」


 脅しのような物言いになってしまったが、事実だ。ダイバーの多くは資材回収と攻略に命を懸ける民間企業ギルド所属で、俺やアラガネのような企業非所属の個人勢が彼らの真面目な開拓業務を邪魔すると、公社はいい顔をしない。

 アラガネは「次にトラブルを起こすとダイバー資格を剥奪されるかもしれない」と噂されていて、余計な騒動は避けたいはずだ。

 事実、アラガネは額にしわを寄せて、不機嫌そうに俺を睨みつけた。


「……は。つまんな。エンタメをわかってないな、ホントに。……さて! つまんねーオッサンはほっといて、俺達は地下に進んでみようと思います! 凶悪なモンスターが出るって噂もあるんで、可能な限りモンスター倒してヘイト集めていくぞ~!」


 謝罪することもなく、足早に去っていく。……まあいいや。謝罪が欲しいわけじゃないし。

 俺も息を吐いて、「それじゃ、再開しますか」と明るく『目玉くん』に笑いかける。嫌な流れになったが、配信をやめると、もっと流れが悪くなる。

 低評価がいくつか増えていたのは、アラガネのファンの仕業だろう。



 二時間ほど歩き回って、大して価値のない魔道具を開封して、そろそろ帰ろうか……、というタイミングで、事件が起こった。

 通路の向こうから、アラガネと二人の男性スタッフが、ダッシュで走ってくるのだ。

 なんだ? 血相を変えて、明らかに尋常じゃない様子。

 ……嫌な予感がする。


「あの、さんぽ中ですけど、ヤバそうなんで俺も逃げたほうがいいですかね」


 『それがいい』『そうしろ』『二窓してるけどマジでヤバい逃げろ』等々、コメントの流れが加速する。二窓とは、二つの配信を同時に見る行為を指す。この場合は俺の『鷹崎ダンジョンさんぽ』と『アラガネナヲト』の二つのチャンネルだろう。

 ……ちょっと待て、『縦断型モンスターに喧嘩売って敗走中』だって!?


「はあ!? に、逃げます! 逃げます!」


 慌てて、俺も走り出す。

 通常、ダンジョンは階層ごとに異界化されているため、モンスターが階層を行き来することはない。が、そのルールを無視して行動するモンスターが、ごく少数存在する。

 それが縦断型モンスター。タイプ:ギリシア6ではミノタウロスがその役割を担う。

 強靭な肉体、異様に高い耐久度、鈍足ながら執念深く追いかけてくる習性。攻略ガチ勢が口をそろえて「目をつけられたら撤退するしかない」と断言する怪物だ。

 走る俺、その後ろにアラガネ一行、そのさらに向こうにミノタウロスがいるのだろう。

 ……嫌な考え方だが、目をつけられているのはアラガネだろうから、あいつが俺の後ろにいる限り、俺が直接襲われることはないはず。

 だが、アラガネも同じことを考えたのだろう。


「くそっ、しゃーねぇ! 【こんな社会に誰がしたタナアゲ】!」


 請えと同時に、背中に、なにか・・・がぶつかった。重たくて、強い衝撃を与えてくるなにか・・・だ。

 俺の視界が、狭く、暗く、低くなる。足がもつれて、走る勢いそのままに、ダンジョンの床に身体を投げ出して転倒してしまう。顔が石畳にこすれて激しく痛む。

 これは――アラガネのダンジョンスキル。凝固した呪いの弾丸。


「あ、らが……ね!?」


 口がうまく動かない。

 だが、これがアラガネの【こんな社会に誰がした】なのは、間違いなかった。自分へ向けられる悪意や批判を呪いに変換して対象になすりつける弱体化魔術デバフ

 だからこそ、アラガネはあえて迷惑系、炎上系のダイバーとして許容されているのだ。嫌われることで、強くなる――そんないびつなダンジョンスキルを持っているから。

 でも、さすがに人間相手に使うのは、度が過ぎているんじゃないのか……!?


「悪い、鷹崎。囮ンなってくれや。妹さんの面倒は見るから心配すんなよ」


 言い捨てて、倒れる俺の横を走り去っていく。スタッフの男性たちも、ちらりと俺を見て、半笑いで走り抜ける。おい、待てよ。


 ひっしにもがく俺に、大きな影がかかる。首だけで振り返ると、巨大なモンスターがいた。

 牛の頭を持ち、両手に斧を持つ巨人型モンスター。

 ミノタウロス。


「ぐ、あ……!」


 異形の怪物は、両手の斧を振りかぶり、そして、俺目がけて振り下ろした。


 ●


 目を覚ます。


「……いっつ」


 全身が軋むように痛み、左腕にいたっては動く気配がない。傍らには翅のもがれた『目玉くん』が転がって、その無機質なカメラを俺に向けていた。

 まだ配信自体は続いているらしい。


「ここ、は……?」


 コメント欄が爆速で流れ、『下層』『床を崩された』『シャッフルアタックだ』『がれきの隙間』『通報済み』と情報をもたらしてくれる。

 いつもの十倍以上のリスナーがいるのは、アラガネのチャンネルでの狼藉を見た人たちが、こっちに流れてきているかららしかった。

 俺も少しずつ気絶前のことを思い出す。


 ミノタウロスの両斧による一撃は、間一髪で身を捻って避けられた。

 だが、通路が崩壊したのだ。がらがらと崩れて、階下へと――。


「くそ、シャッフルアタックか。そうか、マジかよ」


 縦断型モンスターは異界化の断層を無視でき、その特性は攻撃にも適用される。一撃で崩された床の穴に落ちて、違う階層に飛ばされたのだ。

 浅い層でさんぽをしていた俺は、一転、薄暗い下階層へと……。

 不幸中の幸いは、崩れた通路ごと転移したためか、ちょっとした小部屋みたいな場所に落とされたことだ。入り口は狭く、モンスターは入ってこれないらしい。

 ……気絶中に殺されたほうが、苦痛は少なかったかもしれないが。


 がれきの隙間から、そっと外を伺う。薄暗い通路には、多くのモンスターが闊歩していた。

 三つの頭を持つ巨大な犬、人間を十人纏めて丸呑みできそうな大蛇、獅子と蛇と山羊が一体になった怪物……。


 ああ、俺、ここで死ぬんだな。


 ダンジョン探索は民営化されているが、その所持者は国土と資源を管理する日本政府。この場合、救助隊はダンジョン公社による緊急の公募によって決められるはず。緊急とはいえお役所仕事、三日か四日はかかるし、応募するギルドがあるかどうかも怪しい。

 大手ギルドに所属する冒険者は、公募なんてしなくても、ギルド内で救助隊を組む。俺みたいな個人勢を救う義務はないから、渋る人達が多いはずだ。

 ここがどの程度の下層かはわからないが、"道具袋"内の水と食事だけで生き残れる気は、まったくしない。


「……すいません。あの、俺はどうやらここまでみたいです。誰か、妹に遺言を……。『【オリパ】で解決しよう』――俺のスキルに、そんな強度はないです。できるのは、ちょっとした魔道具を産むだけだし、当たり率も低いし……って、あれ?」


 そこで、気づく。俺のダンジョンスキルが、進化していた。

 こんな体験をしたせいか、あるいはシャッフル時に異界を直接通らされたせいか。


「あの、俺のスキルが【百万オリパ開封】になってて、発動コストが百万になってるんですけど……!? 百万なんて、俺にはどう足掻いたって開けられるわけ……あ」


 いま、俺の配信には『アラガネナヲト』チャンネルのリスナーが流れ込んできている。さらに、やつのほぼ殺人と同義のあくどい行為に対するバッシングがネットで拡散されているらしく、人数はどんどん増加中。一万を超える人々が、集まりつつある。


「あの、もしよかったら、みなさんの魔力を分けてもらえませんか。最期に一回だけでも、このスキルを使っておきたいんです」


 そう言うと、不憫に思ってくれた人たちがたくさんいるのだろう。信じられない額の投げ魔力がカウンターに加算されていく。一度だけなら、回せそうだ。


「ありがとうございます。俺の……『鷹崎ダンジョンさんぽ』の最期の【オリパ開封】になると思います。どんなものが出るかはわかりませんけど、誰か拾ったら、妹に渡してやってください。これだけ投げ魔力を注ぎ込むんだから、それなりの魔道具が出ると思うんで」


 『諦めるな』と優しいコメントも届くが、たとえ強い武器が出たとしても、俺じゃ使いこなせなくて死ぬのがオチだ。

 せめて、妹に遺すために使いたい。


「では――【百万オリパ】、開封!」


 スキルを励起。

 眼前に光り輝く丸い魔法陣が浮かぶ。いつもより豪華で、いつもより大きい。そこに五千ポイントの投げ魔力を注ぎ込み、魔法陣の外縁を両手でつかんで、ぐるりと一回転。

 宙に浮かぶ魔法陣が光り輝いて、がちゃがちゃと音を立てて組み替えられ、形が変化した。円から四角へ。長方形の、扉のようなデザインは、しかし手のひら大ではなく人間大。


「……なんか、いつもよりデカいですね」


 痛む体を動かして、四角い扉型の魔法陣の端を右手でつまんで、「それでは――せーのっ」と掛け声を上げて、べりべりと引きずり下ろす。

 そして――。


「――え?」


 光り輝く扉の内側から出てきたのは。


 女の子だった。


 十代半ばくらいだろうか。腰まで届きそうな黒の長髪と、芸能人もかくやというくらい整った美貌。抜群のスタイルは繊細なデザインの白い下着で隠すだけで、へそも谷間も惜しげもなく晒し――、って。

 俺は瞬時に転がる『目玉くん』を掴んでカメラを右手で抑え込んだ。


「オウワァーッ!? な、なぜ下着……!?」


 『目玉くん』を押さえつけたまま叫ぶ。

 大丈夫、カメラの画角的に、撮っていたのは女の子の顔面のアップだけ。首から下はまだ映っていなかったはずだ。

 全年齢向けの配信で、女性の下着裸なんて映してしまったら、間違いなく終わる。せっかくここまで地道にやってきたチャンネルがアカウント停止垢BANなんてされたら号泣するぞ俺は!

 ……セーフ! なんとか配信を切って終わらせた。女性の下着姿を全世界に配信することは避けられた。

 ……もう死を覚悟していたはずなのに、垢BANを怖がるのも妙な話だが。我ながら馬鹿みたいだ。

 ぜぇはぁ息を吐きつつ、俺は"道具袋"から替えの服になりそうなものを取り出して、女性の方を向かないようにしつつ差し出した。


「すいませんBANされるんで服着てもらっていいですかすいませんはいコレ服です!」

「ばん? ふく?」

「ていうか、きみはいったい――」

「きみ? ……わたし?」


 やや舌足らずな活舌で、まるで子供みたいな反応。

 ――いや、子供みたい、ではない。実際に子供なのだ。

 たったいま、生まれたたばかりなのだ。

 召喚者たる俺にはわかる。冷静になって、落ち着いて、その繋がり・・・を感じる。魂の部分その子の名前……、いや、種族・・は。


「う、USRウルトラシークレットレア使い魔、"魔迷宮の蜘蛛姫アリアドネ"だって……? 使い魔なんて聞いたことないぞ!?」

「ありあ……? わたし、ありあ? ありあ、ありあ……」


 彼女はわざわざ目を背ける俺の視界に入り込んできて、首をかしげながらオウム返しに呟いた。

 それから「うー?」と唸り、上目遣いで俺を見て。


「……あなたは、ぱぱ?」

「おッふ」


 こう、なにかイケナイ気持ちになった。

 彼女は生まれたてだ。【百万オリパ】が生み出した、魔道具ならぬ魔生物。そういう意味では、俺の娘といえるかもしれないが……。

 いや、詳しいことを考えるのは、あとだ。ひとまず服を着てもらって――"道具袋"に妹のワンピースが「ダンジョン行くついでにランドリーに預けてきて」のメモと一緒に入っていた、あの横着者め――『目玉くん』で配信を付け直す。

 すぐにリスナーが集まり、コメントが書き込まれていく。……主に俺の隣にいる美少女についての言及が多い。顔面ドアップの画面で終わったから、彼女が【百万オリパ】から出てきた存在だということは、みんなわかっているようだ。


「……えー、ダンジョン底に閉じ込められた人間――人間か? が、ひとり増えました。どうしましょう、コレ。『最悪の展開で草』――草生やしてんじゃねえよ、こっちは大まじめだぞ」

「わたし、ありあ。ぱぱの、むすめ」

「アリアだそうです。『同級生と同じレートじゃん』じゃねえ、結婚もしてないのに娘が出来てたまるか」


 つい、いつも通りのトークをやってしまう俺を尻目に、アリアは『目玉くん』をじっと見つめて、ふんふんとうなずいている。……なんだ?

 アリアの指先から細い糸が伸びて、『目玉くん』に突き刺さっている。


「ちょっ、おい、いちおう高い機材だからなんか変なことするのは……!」

「うん、うん……。わかった、だいたい、わかったよ。ぱぱ、ここからでたいんだよね?」

「……へ?」


 会話の内容が、急に一段階上がった。まるで成長したみたいに。

 まさか、『目玉くん』から情報を引き出したのか?

 どういうことだ? と聞こうとした、そのとき。

 俺達が隠れていたがれきの小部屋、その狭い入り口を吹き飛ばして、ミノタウロスがあらわれた。


「は――おい、なんでコイツがここまで……!?」


 『そうか、ミノタウロスはダンジョン破壊できるし執念深いからタゲ外れないのか』と冷静な分析のコメントが流れていく。理由はわかったが、まったく解決には結びつかない。

 せめて、アリアだけは逃がしたい――そう思ったのだが。


「んうー、うるさい。まだ、ぱぱとおはなし、ちゅうだよ」


 ミノタウロスが吠え、空気が震え、俺はそれだけでひっくり返って気絶しそうだというのに。

 なのに、アリアはむすっとした顔で、ミノタウロスを睨みつけている。


「ぱぱ、まりょく、もらうね」


 え? と思う間もなく、俺とアリアを繋ぐ契約に、ごっそりと魔力が流れ込む。配信を通して俺に付与され続けている、莫大な投げ魔力が。


「【自在糸フリイト】、【刃糸ブレイト】、【金剛糸アダマンタイト】、さんしゅこんごう――。【斬糸キリト】」


 ダンジョンスキルを複数使った!? と、驚く間もなく……。レベルの低い俺に見ることができたのは、白く輝く細い糸が縦横無尽に走り回ったあとの、きらきらした残像だけ。

 高速で振るわれた糸に切断され、幾十もの肉片に分解されて、ばらばらと石畳に散らばる哀れなミノタウロスの死骸が、黒い霧になって消えていく。


「しゅ……瞬殺!?」


 コメント欄も『はあ!?』『ええ!?』『鬼つええ!』『縦断型を一撃討伐!? 風向き、変わりそうね……』等と、驚嘆の言葉で埋め尽くされている。

 なお、アリア本人は、屈託のない笑顔を俺に向けている。


「えへへ。ぱぱ、ありあ、すごい? ぶい!」

「あ、ああ、すごい……すごいよ、アリアは」


 つまり。

 アリアは、ダンジョンから生まれた姫で。

 生まれついての絶対強者だったのだ。


 ●


 この後も、いろいろな事件が待ち受けている。

 ダンジョン脱出ついでにアリアがダンジョンボスを切り刻んだり。

 アリアを見てなぜかふてくされた妹が「あたしもお兄ちゃんの娘になる!」と言い出したり。

 悪質行為で垢BANされたアラガネに逆恨みで襲撃されたり。

 別のダンジョンで【百万オリパ】を開封したら違う使い魔が生まれたり。

 大手ギルドから多数のスカウトを貰って、結局自分のギルドを起業することになったり。

 ただ、どれだけいろいろな事件があろうと、この話の本質はたったひとつだけ。


 これは、最弱の義父おれが、最強の義娘むすめを育てる物語だ。



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