旦那様はもじゃもじゃ頭の天才魔法使い
夜摘
第1話 弱小貴族の娘、嫁に行く
私が、西の森に住む魔法使いの元へと嫁ぐことになったと告げられたのは、成人となる15歳の誕生日を迎えてから1年も経っていない、いつも通りの日の夜のことだった。
言わばそれは青天の
私の家は末端ながらも貴族と言う立場を有している家系で、私はその家の3人兄妹の末っ子だ。家の跡継ぎとしては優秀な兄が居り、姉は少し前に遠方にある地方の裕福な領主の元へと嫁いで行った。
幸か不幸か…いや、私たちにとっては幸い…だろうか、婚姻によって強い権力を得ようなんて野心の有る両親ではなかったから、兄も姉も貴族としては珍しく恋愛結婚をしている。だから私も、特に政略結婚の道具みたいに婚約を決められたりすることもなく、日々をのんびりと暮らしていた。
他の貴族の娘さんたちから時々招待されるお茶会くらいには出席していたけれど、夜会や舞踏会みたいな華やかで人が多い場所はイマイチ行く気に慣れず、ほぼほぼ欠席していたから、異性との出会いなんてものも当然なかった。
…まぁ、例え出会いがあったとしても、繋がったところで政略的には役に立たないような弱小貴族の娘であり、見目が特別美しいとか頭が凄く良いとかそう言う素晴らしい部分も特にない、平々凡々な女である自分を見初めるような男性がいるとも思わえない。だからもしかしたら、私はこのまま一生未婚で、いつか父から家を引き継いだ兄の元で、兄の手伝いをしながら実家で暮らしていくのかも?なんてことを考えもしていた。
そんな適当な人生計画が見事に崩れ去ったのが、つい先ほど。
夕食を終え、眠くなるまではのんびり本でも読もうと思い父の書庫で本を漁っていた時だった。
難しい顔で外出から帰宅した父は、私の元へと訪れると「ただいま」の一言すら挟むことなく、開口一番にこう告げたのだ。「お前の結婚が決まった」と。
「え?え?結婚????」
自分で言うのもなんだけど、父は私のことを無理に嫁に出そうとする様子なんてなかったし(だからこそ私が一生結婚なんてしなくても良いかな…なんて考えに至った訳だけれど)、突然その考えが変わったなんてことも思えなくて、私はとてもビックリしてしまった。
父が辛そうな…苦しそうな表情をしているのも気にかかる。
「……お父様、何があったの?」
私の言葉に父は泣き崩れるような勢いで膝をついてしまう。私は慌てて駆け寄り、父を支えようとする。
「すまない…。すまない。メーデル。…私が不甲斐ないばかりに、お前を辛い目に合わせることになってしまった…」
「お父様……」
父の話によると、先日王都で行われた貴族の会合の際に、王族とも縁深い大きな権力を持つ貴族の機嫌を損ねてしまったらしい。
その貴族は、自身の権力を使い、父への嫌がらせを続けていたらしく、このままでは、この家の存続どころか、嫁に行った姉の家にまで迷惑をかけてしまうかも知れないと言う状況になっていると言うことだったのだ。
そこで、父が信頼できる友人にどうしたらこの状況を良くすることが出来るかを相談したところ、持ち上がって来た案が「私をある人物と結婚させる」と言うものだったのだと言う。
そして、その人物と言うのが、"西の森に住む魔法使い"だったのである。
この国では、"魔法使い"と言うのは"魔"の力を操る者として人々に恐れられている存在だ。
この国の宗教の聖典によれば、魔法… 人知を超える力を有すると言うことは、この世界の人間を作った神を冒涜する所業であり、魔に魅入られ、魂を売り渡した邪教徒であると言われている。
この国で魔法を使えるなんてことが明らかになれば、処刑されるか、牢に幽閉されて一生をそこで過ごすことになるかだろうと言われている。そのくらい重たい罪に問われるのだ。
それならばどうして”西の森に住む魔法使い”は捕らえられ、処刑されないのか?と言うのには勿論理由がある。
宗教的には禁忌とされている"魔法"だが、その強力な力を王族は秘密裏に利用しようとしているのだと言う。
それは、いつ均衡が崩れ戦争が始まるかもわからない諸外国に対するけん制手段の一つとしての意味だったり、国の各地に時折現れる協力な魔物を討伐させる役割を彼らに担わせようという魂胆があるようだ。
その為に、この国に古くから存在する魔法使い一族の末裔である男の元に若い娘を嫁に出し、国との繋がりを作ろうと言う計画が立ち上がった。
そうすることで魔法使いが国へと反旗を翻すようなことが起こらないように、抑止力となることも期待されているのだとか。
魔法使いと国を結びつける役割を担うことになるわけだから、魔法使いの嫁となる娘を輩出した家は王や王族から重宝されることになる。
だから私が魔法使いの嫁となれば、今、父を敵視してくる貴族も、迂闊には手を出せなくなるだろうと言うことらしい。(下手すれば反逆罪に問われかねないので)
…とは言え、そこまでお家にとって"美味しい話"であるなら、その話に乗りたがる貴族も多いのでは?と思うところなのだが、貴族の娘って基本的に成人前に…正確に言うなら子供の頃にもう大体婚約者が決まっていて、どこに嫁ぐか決まっているのである。
それは互いの家にとって、子供同士の婚姻によって繋がることが有益であると判断されたからこそ結ばれた契約であり、簡単に反故出来るようなものではない。
だからこそ、現在貴族たちの中にいる丁度良い年頃の娘たちはほとんどが婚約者がいるという状態であり、今すぐに用意できる成人を越えた未婚の娘と言うことで私に白羽の矢が立ったと言うことらしい。
(人生何が起こるかわからないものだなぁ……。)
一生を未婚で過ごすことすら考えていた弱小貴族の末娘である私に、そんな政治的に大きな意味を持つ婚姻話が舞い込んでくるなんて…。
しかもその相手が、国中の人々に恐れられ、嫌われているあの魔法使いだなんて…!
私はとても驚いたし、戸惑う気持ちがなかったと言えば嘘になる。
………でも…、少しだけ、いや、結構私はワクワクもしていた。
だって、これは普通に生きていたら絶対に出会えないはずの"魔法使い"に、大義名分を抱えて会いに行けると言うことだもの!興味が沸かない訳がない!
それにね、これまでずっと私を大事に育ててくれた、愛してくれた家族への恩返しが出来ることも嬉しかったんだ。
何の取り得もなく、守られるばかり、与えられるばかりだった私が、初めて家族の役に立つチャンスだって考えたら、政略結婚だってなんだってやってやる!という気持ちになれた。
「お父様、私、その魔法使いのところへ嫁ぎます!」
私はずっと項垂れたままの父を励ますように、力強くそう言い切った。
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