ポンコツ美少女、育成中。

広瀬小鉄

第1話 女神メカクレーからの依頼


『ハロハロー、聞こえるー?』


 突如、聞こえてきた声に桜川辻は驚いてしまう。反射的に身体がビクッと震える。続けて彼は部屋の中を見渡す。


 しかしそこはいつも通りの自分の部屋である。特に変わった事など無い。テレビの画面は真っ暗なままである。そして手に持っていたスマホも動画などは再生していないため音が出るはずも無い。念のため、ちょっと振ってみたりしたが特に何も起きなかった。


 辻は気のせいだと思い、再びスマホへと視線を落とす。彼は通販アプリのセールのページを見ていた。特に欲しい物は無かったのだが、掘り出し物があるかもしれないと覗いていたのだ。


『もしもーし! 聞こえてるよねー? 君だよ、君。桜川辻くーん!』


 しかしまたしても聞こえてきた謎の声に辻は動きを止める。スマホをスワイプしてホーム画面へと戻す。そして再び部屋の中をキョロキョロと見渡す。幻聴らしき声は彼の名前を呼んでいた。その事で彼の警戒心は高まっていた。


「さ、さっきから何なんだ……?」


『お、やっぱ聞こえてるじゃーん。シカトは良く無いぞー。桜川辻くん』


 すると辻の呟きに律儀に反応してくる謎の声。喋り方や声の張りからして若そうな雰囲気である。というよりもややギャルっぽい印象である。


「誰だ?」


 とりあえず辻は会話出来そうだと判断して話し掛けてみる。相手は幻聴か、あるいはストーカーか、はたまた別の何かか。話してみないと始まらないと彼は考えたのだろう。すると謎の声がすぐに返ってくる。


『うわー、初対面なのにタメとか引くわー』


「…………」


 お前もタメで喋ってるじゃねーか、とは言わない。こういうよく分からない相手に正論は通じない事を辻は知っていた。主に彼の姉がそういうタイプだからだ。自分中心タイプの特徴である。


『ま、細かい事は許したげる! アタシってば器デカい系だし〜? という訳でアタシは女神メカクレー、よろしくね!』


「はぁ……」


 女神と名乗った謎の声の主。それに辻は曖昧なリアクションをする。それも仕方ないだろう。いきなり女神と名乗る謎の声から話し掛けられているのだ。取り乱していないだけ立派である。


「それで女神メカクレー様とやらが、俺に何の用でしょうか……?」


『あはは! 女神メカクレー様だって〜、うっけるー! 辻ってばちゃんと敬語も使えるんじゃーん』


 女神メカクレーは何が面白いのか一人でケラケラと笑っている。辻はそれを聞いて少しイラッとするが、表には出さない様に気をつける。


『そんなことより今日は辻にお願いがあってさー』


「女神様が俺にお願い……ですか?」


『そうそう。実はあと数十年で人類が滅びちゃうんだよね〜。マジうけるじゃん?』


「いや全然ウケないんだけど⁉︎」


 女神からのお願い。それに辻は面倒事の予感がした。どうやってそれを避けるか考えようとした途端にとんでもない情報が来たため辻は思わずツッコミを入れてしまう。


 人類が滅びる。女神メカクレーは確かにそう言った。しかも何百年、何千年先では無い。僅か数十年先という非常に近い未来だ。辻にとっても無視できない内容である。


『まぁまぁ慌てない慌てない。問題はそれからよ。いい? 人類が滅びるとアタシの女神査定に響くわけ。大きな文明が滅びたりするとマイナス評価になっちゃうのよ。ヤバいっしょ?』


「査定より人類だろ!」


『そこでアタシとしては自分の査定のためにも人類に滅びてもらっちゃ困るわけ。だから辻、よろしく!』


「待て待て待て! 話が飛び過ぎてるぞ! どういう事だ⁉︎」


 人類の滅亡よりも自分の査定を気にしている女神。それに辻はツッコミを入れている。しかも敬語では無くなっている。彼としてはそれどころでは無いのだろう。何しろ話がぶっ飛び過ぎている上に、何がどうよろしくなのか全く分からない状態である。


『えー? まだ分かんないのぉ? キミが人類を滅亡から救うって事!』


「えーと、それは魔王と勇者的な意味か……?」


『うーん、どっちかと言うと主人公とヒロイン的な意味!』


「しゅ、主人公とヒロイン……?」


 世界を危機から救う。そう聞いて真っ先に思い浮かべるのはファンタジー的なイメージだ。勇者が魔王を倒して世界を救うタイプである。


 しかしどうやらそういうタイプでは無いらしい。女神メカクレーはラブコメ的な事を言っているが、辻としてはどうやってラブコメで世界を救うのかいまいちピンと来ていない。そのため首を傾げている。


『良い? 人類が滅亡する原因を作るのは何人かの女の子たちなの』


「何人かの女の子たち……?」


 女の子によって人類が滅亡すると聞いて、辻は余計に静かになってしまう。女神の言った言葉を反芻してその意味を理解しようとしている。


『いえす! その子たちがこのまま成長すると、特技が異能の域にまで達しちゃって人類滅亡しちゃうんだよね。そ・こ・で、ツージーの出番ってわけ!』


 辻の事を勝手にツージーと呼び出す女神。しかしそれにツッコミを入れている余裕は今の辻には無い。何故なら彼は現状の整理だけで手一杯であるからだ。女神はそのまま話を続ける。


『ツージーにはその子たちの成長を阻害して欲しいのよ。その子たちが堕落しちゃえば特技が異能にまで昇華する事は無くなるから!』


「なるほど……」


 特技が異能の域に辿り着かないように邪魔をする。それが辻の役目らしかった。人の成長を阻害するというのは、あまり気持ちの良い事では無いが事情が事情である。辻としても女神の話が本当ならやらざるを得ないと考えていた。


「二つ質問がある」


『許可します!』


「一つ目は……わざわざ成長の阻害なんて面倒な事をしないで、殺したりした方が確実なんじゃないのか? あんまりこう言う事は言いたく無いけど……」


 辻は少し後ろめたさを感じながらも疑問を口にした。


『それはめっちゃマイナス査定されるからダメなんだよねー。短絡的かつ暴力的な解決方法っしょ? そう言うのは女神的にNGらしい。それなら人類が滅びた方がまだマイナス点は低いかも』


「あっそ」


 思っていたよりも私的な理由だったためか、辻は塩対応になる。どうやらこの女神は自分の査定の事しか考えていないらしい。その事に彼は頭が痛くなる。


「もう一つは何で俺なんだ……?」


『それはアタシと相性が良いから! 何か波長が合うっていうか〜、運命的っていうか〜、きゃ〜! ちょー恥ずい!』


「あっそ」


 こちらの質問の答えはどうやら女神の力との相性によるものだった。先ほどよりはまともな理由であったものの、女神のリアクションはまともでは無かったので辻は塩対応のままである。


『ま、つまり! ツージーは美少女たちをポンコツに育成すれば良いってわけ! 簡単でしょ?』


「全っ然、簡単じゃないだろ! てか話がイカれ過ぎててやっぱりただの幻聴な気がしてきた!」


『おー、錯乱してる。せっかくだし記念撮影しーちゃお』


 パシャリという音がその場に響く。どうやら女神がテンパっている辻を写真に撮ったらしい。ただそれがこの世界にあるカメラと同じ物なのかは不明だが。


「そ、そうだ! あんたが神だって証明できるものは無いのか⁉︎」


『は? 女神オーラバリバリでしょ? この美しくて、知的で、美しくて、神々しいオーラが感じ取れないわけぇ?』


「分かるか! そもそも声しか聞こえて無いんだぞ!」


『声だけでも充分伝わりますぅー。ツージーのセンサーが鈍いだけですぅー!』


 辻としてはこの声がただの幻聴であって欲しいと願っていた。もしそうで無いならば彼は人類の滅亡を賭けたラブコメを繰り広げなければならなくなるからだ。人類の存亡を背負うというのは彼にとっては重過ぎた。いや、例え誰であろうがそんなものは重いに決まっている。


『まー、でもツージーの現実逃避したいって気持ちはめっちゃ分かる。アタシもあの日の事を何度思い出した事か……』


 混乱状態の辻を見て、女神がフォローを入れる。そして自らの回想を勝手に始める。


『あれは神様たちがたくさん集まる大宴会での事でした————』

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