佐渡晃は求めこう2
得てして悪い予感というのは当たるのものだ。
「君と、君の友達にお願いしたい事がもう一つできた」
着信を受けるや否や、佐渡晃はそう告げたのだ。
そしてもう一言「いつもの場所で待っている」それだけ言うとプツンという音と共に通話は途切れた。
こちらの都合はお構い無しか……
これが佐渡晃以外からの依頼だったのならば、無視をして知らない振りを決め込む事も考えたかもしれない。
でも俺には、奏との約束がある。奏には現状避けられてしまっているものの、一度してしまった約束を反古にするのは憚られる。
俺にそんな気はないのだけれど、友達というのはおそらく立花の事で、いつもの場所と言うのは東浜の公衆トイレの前の事なのだろう。
時間の指定は無かった。
けれど佐渡晃は夏休み中も関係なく部活動を行っていた事を考えると、始業式である今日も部活動に勤しんでいる可能性が高い。
部活が終わる頃合いをを見計らって、待ち合わせ場所に行けば良いだろう。
そこまで考えてスマホの通話アプリを開いた。
通話アプリの上から三番目、立花の表記をタップしてメッセージ欄を開き簡単なメッセージを送る。
『佐渡先輩から呼び出された。十八時くらいに東浜集合』と
アプリを閉じようとするとすぐに既読が付いた。
『オーケー』と一言だけ返信が帰ってきて、俺はそれに返信すること無くアプリを閉じる。
スクリーセーバーに表示されているデジタル時計に目を向けるとまだ十六時三十分だった。
待ち合わせの時間にはかなり早い、でも俺は家を出ることにした。奏と顔を合わせるのは気まずい気がしたから。
もう少しすれば、さくらの散歩に行くために奏がやってくるのだ。
すやすやとベットの上で眠るハアトに「じゃあ行ってくるな」と声をかけてすぐに部屋を出た。
はやる気持ちを押さえて、ゆっくりとした足取りで下の階に降りると、俺の目論見通り奏はまだ来ていないようだ。
大和さんは事務作業中のようで気を散らせないように通り過ぎるとそのまま事務所を出る。
「あっ翔君……」
視線を向けるまでも無く誰なのかわかった。
今一番会いたくない相手、奏だ。
「おっ、おう奏。きょ、今日は早いな」
回りで見ている人がいたのならば、俺の態度は不自然な物だっただろう。
自分でもわかるほど声は上ずっていて、奏の方を決して見ないように左上、虚空を見上げていた。
すぐにでもこの場から逃げ出したい気分だ。
「あっうん……ちょっと今から時間ある?」
奏の雰囲気もどこかよそよそしい。
でもそちらに目線は向けられない。だからどんな表情をしているのかはわからないのだけど……
「ごめん。これから立花と待ち合わせをしてるから」
「そっか。それじゃあ仕方ないね……」
なんとも言えない微妙な空気だった。夏の終わりが近いとは言え、まだ気温は高い。
それなのに俺と奏の回りだけは、冷ややかな空気が流れているように感じた。
「じゃあ、もう行くわ」
奏の返事を待たないまま、決して奏の方を向かないように左に進路を取ると俺はすぐに歩き出した。
すぐにその場から離れたい一心で、少し早足になっていた。
そんな心持ちで事務所から二十メートルは歩いた。
「翔くーん!おとといはごめんねー!」と後ろから叫ぶ声が聞こえたのだ。
思わず振り返る。そこにはもう声の主の姿はなかった。言ってすぐに事務所の中に引っ込んでしまったようだった。
「はあ、なんだよ……。言い逃げなんてズルいぞ」
たったそれだけの事なのに、先ほどまで心の中にあったはずの黒いわだかまりがスゥーと融解していくのを感じる。
まったく……。用事が済んで、帰って、もし奏がまだいたならば少しくらい話す時間を作るのも悪くないかもな、なんて考えながら待ち合わせ場所に向かう。
足取りは先ほどとは打って変わって、自然と軽やかなものになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます