奏汐音には逆らえない3
藤沢駅の南口から通り沿いを道なりにまっすぐに進むと、携帯ショップの看板がすぐに見えてきた。
ガラス張りのビルの一階。
自動ドアの外から、中に入るまでもなく混雑状況は確認できる。
等間隔に並べなれたたくさんの待ち合い席は、あいにく満席のようだった。
「うわー。凄い混んでるな……もちろん予約はしてないんだよな?」
「そうね。でも機種を選んでる間に順番はすぐに回ってくるんじゃない?……携帯ショップで予約。そんな事できるの?」
こいつ何時間、機種で悩むつもりだよ……
……ひとまずそれは置いておくとして、奏の受け答えから察するに予約できる事すら知らなかったようだ。
今までスマホ持ってなかった訳だし仕方ないか。
「まあ、いいや。とりあえず入ろう」
自動ドアのセンサー真下に立つとドアがスゥーっと開く。そして、心地よいひんやりとした空気の流れが出迎えてくれた。
あー気持ちいい。
「本日のご用件はなんでしょうか?」
中に入るとスーツに身を包んだ店員のお姉さんが出迎えてくれた。
「あのスマホを買いに来たんですけど……」
珍しく自信無さげに奏が答える。
「新規ですか?買い増しですか?」
「えっと……」
困ったのか、奏は俺の顔とお姉さんの顔を交互に見比べている。
まったくしょうがないな。
「新規です」
「承知しました。申し訳無いのですが、現在大変込み合っておりまして、最短で150分待ちとなっております。お時間は大丈夫でしょうか?」
「はい!!大丈夫です!!」
と奏、そこは元気いっぱいに答える。
返答を受けてお姉さんは、発券機で整理券を取り出して、奏に手渡す。
外で待つか中で待つか聞かれた奏は、スマホの種類を見たいからと中で待つことを選択した。
それでしたらこちらへどうぞ。とスマホの新商品なんかかが展示されたスペースに奏は通された。
俺は一緒に見ていても仕方がないから、奇跡的に入れ違いで空いた待ち合い席で待つ事にした。
席に付くと店員さんが冷たいお茶を持ってきてくれた。
神店か?
お腹を冷やさないように、冷たいお茶をちびちびとやりながら奏の様子を見ていると、お姉さんの機種説明にいちいち大袈裟に頷いてはいるのだけど、遠目に見ていても目が泳いでいるのがわかる。
専門的な用語で説明されてもよくわかんないもんね。俺もそうだったからわかる。
機能面の説明をされてもよくわからないから、結局は見た目がカッコいい奴にしたんだっけ。
自分のスマホをポケットから取り出して、眺めながらそんな事を思い出していると唐突に
「一緒に選んでくれない?」と声をかけられた。
顔をあげるとすぐ近くまで奏がやってきていた。
「ん?決められないのか?」
「うん。よくわかなくて」
展示スペースに目を向けると、奏に説明していたお姉さんも困り顔のようだ。
今日は大和さんから仰せつかった仕事で俺はここにいるわけだしな。……仕方ない。
「はあ、わかったよ」
重い腰をあげて展示スペースに移動する。
「彼女さんが、良くわからないとおっしゃっていたので、ご一緒にお話を聞いて頂いても宜しいですか?」
お姉さんは開口一番にそう言った。
「はあ、それは良いんですけど、彼女ではないです」
「……左様ですか、失礼しました」
『あーそうなんだーそうだよねーわかるわかるよ』みたいな、なんとも言えない空気が流れた。
これだったら否定しない方が良かったかなと、横に目を向けると奏はムッとしたような表情だ。
……そんなに俺が彼氏に間違われたのが不快だったのか。なんかごめんな。
否定しておいてよかった。
微妙な空気の中、ではと前置きをしてからお姉さんが今まで幾度となく繰り返してきたであろう説明をスラスラと語り始めた。
奏は頷いてはいるのだけど、全く聞いている様子がない。
お姉さんが喋り終えるまでとりあえずといった感じで聞いていたようだが、結局の所、これでは説明の意味がないのではなかろうか……?
「で、どうするんだ?」
「どれがいいと思う?」
やっぱりこいつは自分で決める気が無いようだ。
「いやいや、アドバイスはするけど決めるのは奏だ」
「むー、だってよくわからないんだもん」
「だったら、今日の所は帰ってまた来るか?少し考えた方がいいと思うぞ」
「それはダメ!!お母さんの気が変わっちゃうかもしれないから……あっ!!そうだ」
何を思い付いたのか、奏が想定外の大声をあげた。
驚いたお店の中の人、全ての視線がこちらに向いた。恥ずかしい……
お姉さんも苦笑いをしている。
「静かにしろ」
「ごめんねー。翔君ってどれ使ってるの?」
「ん?俺のか?それならここにはもう無いんじゃないかな。古いモデルだから」
俺のスマホを購入したのはたった五ヶ月前、だけど発売したのは一年以上前の片落ちモデルだ。
あの時はまだ新製品コーナーの片隅に並んでいたのだけど、今はもう見る影もない。
奏は、躊躇する事なく俺のスマホを指差すとお姉さんに告げたのだ。
「これと同じのにします!!」と
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