第18話「ミリンからのメッセージ」
ミリンのメッセージを開くと、僕のスマートフォンの画面はひたすらに黒い文字で埋め尽くされた。僕は、見慣れない文章の量になんだか不安な気持ちになる。
(どうして、こんなにも長文なんだ……?僕が何かやらかしたりでもしたのか……?) そういえば、ミリンとは小さい頃からの幼馴染だが、文面でやりとりをしたことはいままで一度もなかった。クラスで普通に話したりはするが、かといって連絡先を交換しようという話になったことは今までに一度も無かったな。そんなことを考えながら、僕はミリンから届いた小説の冒頭部分かのような文量のメッセージを読んでいく。
『ミクジ!今日は一緒に練習してくれて、ホンマにありがとうネ!すごく楽しかったし、魔法もちょっとは上手くなった気がするな!それとあと、一つちゃんとお礼をしないといけないなと思ってて。私が魔法に失敗して空から落っこちてしまったときに、ミクジが助けてくれてすごく嬉しかったんよ。あの時は、ホンマにもうアカンと思って、死ぬかもしれんとも思った。そんで……』
最初は真面目にミリンからのメッセージを読んでいたが、一向に話が終わる気配がないことに気づき眉間に皺が寄ってしまう。ミリンからの言葉は頭に入らず、読んだ瞬間に僕の脳みそから零れ落ちていく。魔法学校の授業でも長文を読むのがあまり得意でない僕は、サッと画面をスワイプしながら、内容を軽く読み飛ばしていくことにした。
『そういえば、来週は花火大会があるよね。ミクジは……』
気になる文章を見つけて、僕の指は画面の摩擦に引っかかったようにピタッと止まる。ミリンの書いた長文の中で、「花火大会」という単語だけがパッと光り出したかのように目に入り、僕は続いていく文章を読み進めた。
『ミクジは誰かと一緒に行ったりするん?私は、友達と行こうかなって思ってたんやけど、一緒に行く約束をしてた子に家庭の用事が入っちゃって。結局、今年は一人ぼっちで花火を見に行くことになってしまいました……!』
ミクジは誰かと一緒に行ったりするん?と聞かれても、僕が他の誰かと行くわけがないことはミリンなら分かっているだろうに。僕の頭の中には、花火大会に誰かと一緒に行くという発想すらなかったのだ。レンも居なくってしまった今、誰かと僕が一緒に花火大会に行くわけなんてない。
(……あ、ツグミさんを花火大会に誘うのってどうなんだろ)
僕の頭の中でピコンッと音がして天才的なアイデアが浮かんだ。あと1ヶ月でツグミさんに好きになってもらうためには、来週開催される花火大会は絶好のチャンスだと思った。
(なんとしてでも早くツグミさんを花火大会に誘わないと……!もしかしたら、ソウタに先を越されてしまっているかもしれない)
ソウタだけじゃない、ツグミさんをデートに誘うような男はクラス中に山ほどいる。それに、この花火大会を逃してしまうと、すぐに夏休みになってしまう。夏休みになると、ツグミさんとはしばらく会うこともできない可能性も高い。そうなると、ツグミさんから愛の告白を受ける前に、ソウタがほぼ確実にツグミさんに告白をすることになるだろう……。
(ツグミさんに速攻でメッセージを送らなきゃ!!)
『ツグミさん、こちらこそ今日はありがとう!僕もツグミさんと一緒に練習が出来て楽しかったし、魔法も上手くなれた気がしました。僕も、良ければ二人きりで会ってみたいです^^ そういえば、来週は花火大会が近くであるみたいなのですが、よければ一緒に行きませんか?』
急いで僕はツグミさんに送るメッセージをまとめた。さっきまで作っていた返信の文面に、花火大会へのお誘いを自然に入れ込んだつもりだ。ツグミさんを、もとい女子を花火大会に誘うなんて恋愛経験の少ない僕には、棒高跳びを棒無しで飛び越えるくらいにハードルが高いが、文面であれば意外とすんなりと誘うことが出来そうだった。
(これで送信をするぞ……)
今回はそもそも、ツグミさんの方からメッセージが送られてきたわけだし、『良ければ、今度は二人きりで会いたいな』なんて書かれてたわけだし、これで断られるわけがない。とはいっても、僕はうまくいくかどうか非常に心配だった。僕は文章を何回も何回も読み直したり、文章を敬語からタメ口に変えてみたり、絵文字を大量に付けてみたり、またそれを元に戻してみたりした後、結局は最初に作ったメールの文面のままメッセージを送信した。シンプルイズベスト、ってやつだ。
「……ついに、自分から女の子をデートに誘ったぞぉ!!」
気が緩み、一人寮で大きな声を出してしまった。声が胃の中から出し切った後に、またはしゃいでしまったことに気づき反省する。だが、今回はソウタから壁ドンをされることはなかった。流石にソウタもいちいち僕の声や生活音に怒って壁ドンしてたら気が病んでしまうのだろう。
(ひとまず、あとはこれでツグミさんからの返信を待つだけだ。)
今日は帰ってからずっと部屋に居ただけのはずなのに、なんだかどっと疲れてしまった。一仕事を終えた僕は、すっかり眠くなってしまい、明日の学校に備えて寝る準備を始めようとする。
(……あ、そういえばミリンにも返信をしとかなきゃな)
ツグミさんのことばかり考えていて、ミリンのことをすっかりど忘れしてしまっていた。眠たくなってきた頭でミリンへの返信を考える。スマートフォンを操作して、再度ミリンからのメッセージを確認してみるが、その文量にやはり嫌気がさす。異性とメッセージをやり取りする際は、相手に合わせて同じくらいの文量で返信をするのがいいとネットか何かで見たことがあるが、流石にこのミリンの文量に合わせた返信を考えるのは僕の眠たい頭では厳しかった。
『ミリン、こちらこそ今日はありがとうね。ツグミさんに魔法を教えてもらえて、すごく勉強になったよね。来週の花火大会は、気になっている女の子と行くつもりなんだ。ミリンも花火大会楽しんでね!』
文章が少なすぎるような気もしたが、僕はこれ以上文章を書いていくのが正直面倒だった。質問に対しての回答はしているし、こんな感じでいいだろう。ミリンは幼馴染だからと僕のことを知った気になって、僕が誰とも花火大会に行く予定がないだろうと蔑んでいるのだろう。
(残念だったな……!僕にもついに花火大会に行く相手ができたんだ!)
僕はそう心の中で言いながらメッセージを送信した。長い時間、国語が苦手なくせに文章を考え続けて頭が疲れた僕は大きく伸びをした。そして、ツグミさんもミリンもすぐに返信をしてくるかもな、なんて思いながらニンマリとした。僕はさっさと寝る準備をすることにした。準備が終わったころには返信が届いているかもしれない。
――スマートフォンの明かりを浴びながらいくら待っても、ツグミさんから、そしてミリンからも、メッセージの返信は届かなかった。僕の目は水分を失い酷く乾いていた。まぁ、今日は夜も遅いし、二人とも魔法の練習で疲れているだろうし、そんなもんだろう。そうは思ったものの、いつの間にか眠気は覚めており、ついに布団に入ったまま朝まで眠ることができなかった。
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