第13話「魔法練習の終わりに」
しばらくしてツグミさんが泣き止んだ後、僕達三人はまた魔法の練習を再開した。正確に言うと、僕達三人とバウ、ババウの犬二匹だけど。
今度は僕とミリンだけじゃなく、ツグミさんも一緒に空を飛んで練習をしていった。飛ぶ時の感覚についてアドバイスを貰ったり、時には手取り足取り指導してもらったりしながら、僕たちは少しずつ空を飛ぶことに慣れて感覚を掴んでいった。ツグミさんは魔法が上手いだけでなく、指導をするのも得意なようだった。彼女がクラスではトップレベルで成績がいい優等生な魔法少女だとは知っていたけれど、魔法の能力はもちろん、魔法に関する知識や感覚の言語化能力も想像以上のレベルだった。たまたま同じ学校の同じクラスで過ごしているクラスメイトではあるけれど、僕とは比べ物にならない人間なんだなと実感した。僕は、この人から愛の告白を受けないといけない、と思うと、まさに彼女が高嶺の花に思えて、自分に自信がなくなってくる。
「バウバウ!!」
僕達が練習に夢中になっていると、地面にお座りをしていた2匹の犬が急に大きな声で鳴き出した。ツグミさんはホウキを減速しながら地面に近づけてから降りて、どうしたの?と犬達の方に向かって歩いていく。
「あら~、お腹が空いちゃったのね。確かにそろそろご飯の時間かもしれないね」
ツグミさんはしゃがんで、犬達の頭を撫でた。バウとババウは嬉しそうに尻尾を振りながら、よだれを垂らしている。
「……私もお腹空いちゃった!やっぱ魔法ってめちゃくちゃカロリー使うね……」
疲れた表情のミリンがゆっくりとホウキから降りて、お腹を軽く手で押さえて言った。
「じゃあ、そろそろ今日の練習は終わりにしますか!」
ツグミさんはまだ空を飛んでいた僕の方を見て、大きな声で言った。僕は、はーいと言ってツグミさんとミリンに合流する。
3人での放課後の練習はあっという間に終わった感じがした。いつの間にか空の色が変わり、青空が夕暮れになり、夕暮れは少しずつ星の輝く夜空になろうとしていた。
(もう、終わりなのか……。なんか、楽しかったな)
僕が誰かとこんなに長い時間を一緒に過ごしたのは、いつ以来だっただろうか。魔法が上手くなって嬉しかったのは、いつ以来だっただろうか。レンが居なくなって心にぽっかりと空いた穴が、彼女たちと時間を過ごす中で少しだけ埋められていったような感じがした。
――そして僕は忘れかけていた。放課後に魔法の練習をした本当の目的を。
(そういえば、ツグミさんに、僕のことを好きになってもらわないといけないんだった……!今日なんも行動できていないじゃんか、僕……!)
我ながら思い出すのが遅すぎた。ツグミさんとミリンは荷物や魔法道具の片づけを始めていて、片づけが終わったらすぐにでも解散しそうな雰囲気になっていた。この機会を逃してしまうと、もう自然とツグミさんと話せるタイミングもあんまりないかもしれない……。
一つ方法があるとすれば、ツグミさんと、もしくはミリンも合わせて三人で下校ができれば、ドキドキするような恋愛トークでも話して、相手の好きなタイプを探ったり、相手を胸キュンさせるような話ができたりするかもしれない。(もちろん、それが難しいのは分かっているけれど。)だけど多分このままだと、ツグミさんと一緒に下校するなんていうイベントが起こるはずもなく、きっと僕はまた一人で寂しく鼻歌でも歌いながら帰ることになってしまうだろう。それだけは何としてでも避けたい。
「じゃあ私、先に帰るね!」
左右に手を振りながらそう言ったのは、ツグミさんだった。彼女はいつの間にかホウキにも乗り込んでおり、爆速で帰る気満々のようだった。仕事が終わったら定時に帰る、まさに優等生タイプの性格なんだろう。せっかく一緒に長い時間練習したんだから歩いて三人で帰ればいいじゃんか、と僕は思ったがそれを口に出す勇気は無かった。
「……ねえ、ミリンももうカエルノ⁈」
僕は、咄嗟に大きな声を出してミリンに話を振った。不意に大きな声を出したせいか、言葉のイントネーションがおかしかったが仕方がない。帰りそうになるツグミさんの気を引くのが目的だった。そして、ミリンならうまく話を広げて、三人で一緒に下校する流れを作ってくれるんじゃないかと期待もしていた。
「……んー、私もそろそろ帰るつもりやけど、どしたの、ミクジ?」
ミリンは不思議そうな顔で僕の方を見る。残念ながらミリンも三人で帰るつもりはあんまりなさそうなようだった。僕は焦りながら、ツグミさんの様子を伺う。ツグミさんは手を振るのを止めて、僕とミリンとの会話を聞いているようだった。
「ええっと……」
何かツグミさんと仲良くなるための都合のいい方便はないだろうか。今日一緒に過ごしたこの時間を、無駄にしてはいけない。
「二人と、連絡先の交換がしたい、です……」
この流れで三人で一緒に帰ろうと言うのは、恋愛慣れしていない僕にはハードルが高すぎた。でも、連絡先を交換するくらいなら、次の魔法練習の日程決めのためだとか、言い訳がいくらでも言えるだろうと思ったのだ。恋愛ゲームでも、まずは連絡先を交換して、2人でデートを重ねていくというのが定番で最強の攻略法だから、まずは連絡先をどうにかゲットしたい、と思った。
「……私はいいけど、ツグミさんは?」
ミリンはツグミに声をかけた。今にも帰りそうになっていたツグミさんは、ついにホウキから降りて、僕たち二人の方に歩いて戻ってきた。ミリン、よくやったぞ、と僕は心の中でガッツポーズをした。
「……私、ミクジ君と連絡先の交換はできないよ」
一瞬、聞き間違いかとも思ったが、確かにツグミさんはそう言った。はい?僕の頭の中でクエスチョンマークが細胞分裂でもするかのように溢れていく。僕、なんかやらかしたっけ、と今日の記憶を一つづつ遡っていったが、思い当たる節は無かった。強いて言えば、練習で魔法があまり上手ではなかったくらいだろうか。それか、もしかしたら彼女は犬嫌いな男が嫌いなのかもしれない。とにもかくにも、僕は驚いた表情を隠しきれなかった。
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