第11話「魔法練習の日」
魔法を上手くなりたい、なんて思ったことは人生でほとんどなかった。ただ、テストで悪い点を取ると周りに馬鹿にされて恥ずかしいから、とか、将来の役に立つと皆に言われるから、とか、そんな理由で僕は魔法を勉強してきた。
でも、クラスにいる周りの皆はそうではないらしい。魔法が好きで、強い魔法使いや魔法少女に心底憧れている。この科学技術が発展した現代にだ。僕は、良くも悪くも少し冷めた目で魔法というものを捉えていたのだが、それが良くなかったらしい。この人達に努力で敵うはずがないと気付いてから、僕のテストの点数は綺麗にガクンと落ちて底辺を彷徨いだした。一度成績が悪くなってしまうと、今度は魔法を上手くなるために努力をすることが恥ずかしくなり、自分の力だけではそこから這い上がるのは困難だった。
僕がレンの最期を見た日から、約1週間が経った。今日は、ツグミさんとミリンと放課後に魔法の練習をする日だった。魔法が下手で苦手な僕が、放課後に残ってまで魔法を練習するのはいつ以来だろうか。魔法は得意ではないが、なんだかちょっとワクワクしていた。そして、放課後になるまで、僕はいつも通り授業を受けて、昼食を食べて、一日を過ごしていた。いつもと違うのはレンが居ないことだったが、そのことも少しずつ僕にとって当たり前のようになってきてしまっていた。僕は今まであんまり仲良くなかったクラスの男子にも話しかけるようになり、いろんな人と話しているうちに、このクラスには意外と良いやつが多いことが分かった。教室にレンの机は無いままだったが、僕がそのことを意識して気が滅入ってしまうこともあまりなくなってきた。もちろん、レンの命を救い出すという目的は変わっていないが、焦ってばかりいても仕方がないと思うようになってきた。
1日の授業が終わり、生徒たちは次々に教室を出ていく。仲良くなったクラスメイトの男子達が一緒に帰らないかと誘ってくれたが、僕は用事があるからと断った。なんだか大変申し訳ない気分になった。
「ミクジ君、お疲れ様あ!」
教室で荷物をまとめていると、ツグミさんが僕にそう声をかけて、大きく伸びをした。後ろからぴょこんとミリンも飛び出し、お疲れさん!と声をかけてくれる。今更だが、二人ともかわいいな、と心の中で思った。あの事件から時間が経ったことで、女性をかわいいと思える精神的な余裕ができてきたのかもしれない。
「あ、二人とも。もう準備できるの?」
「もちろん!!」
二人の魔法少女はそういって、ピースサインをした。じゃあ校庭に行こうか、と僕が言うと、二人はテクテクと僕の後をついてきた。僕とツグミさんとミリンが三人で行動することはクラスでもほとんどないから、変に緊張しながら僕は先頭を歩いて行った。
「見て!空がすごく綺麗!今日は最高の魔法日和だね」
校庭に出ると、ツグミさんが空を見上げてそう言った。僕も空を見上げると、空を埋め尽くす青色が少しずつ赤に染まり変わろうとしていた。うんうん、と言いながらミリンは頷いた。
「じゃあ今日は三人で、ホウキで飛ぶ練習をしましょうっ!」
校庭に出たからか、やけにテンションの高いツグミさんが胸を張ってそういうと、僕とミリンは、はーいと小学校の生徒のように声を出す。僕は、まあ空を飛ぶくらい楽勝だみたいな顔をして返事をしたが、実際はめちゃくちゃビビっていた。ホウキで空を飛ぶのは元々苦手な上、レンが告白したあの日に空から落ちて死にそうになってしまったのがトラウマのようになっていたのだ。
「そして、今日は二人の練習をこの子達にも手伝って貰おうと思います!」
ツグミさんがそう言ってステッキ取り出して振ると、この前に見たのと同じ羽の生えたブルドッグみたいな犬が地面を通り抜けて二匹も出てきた。そして二匹とも僕の方を見て、よだれを垂らしながら駆け寄ってくる。
「うわああ!!!死ぬ!!」
僕は腰を抜かし地面に尻もちをつきながらも必死で逃げようとする。その犬は獲物をしとめるか時の獣かのように、僕に少しずつ詰め寄ってくる。
「えっと、そんなに怖がらないで大丈夫よ」
ツグミさんが待て、と言って手を出すとその二匹の犬はお利口そうにお座りをした。同じ場所でよだれが垂れ続けた地面が大きな影のように黒くなっていった。
「あ、いや、犬がちょっと苦手で……。」
僕は咄嗟に弁明をした。いきなりこの犬達が出てきて、変なリアクションをしてしまったかもしれない。ツグミさんに悪い印象を与えてしまうのだけは避けないといけない。今回の練習の目的は、魔法を上手くなることではなくて、ツグミさんとの関係性を進展させることだ。
「そうなんだ。めちゃくちゃお利口だし可愛いんだけどなぁ。」
ツグミさんは口を尖らせてちょっと残念そうな顔をした。ブルドッグみたいな犬は、くぅーんと言いながらうるうるした目で僕の方を見てくる。ミリンは人生で初めて見る翼の生えた犬に感心しながら、「体と翼の生え際ってどうなっているんだろうね」とか「家で飼ったら羽と毛がそこら中についてヤバそう」とかよく分からないことをブツブツと言っている。
「二人に紹介するね。こっちがバウで、こっちがババウ。両方可愛い女の子なの」
ブルドッグみたいな犬は、バウとババウという名前がそれぞれあるらしい。僕には同じ顔の犬にしか見えず、見分けがつかなかった。名前も二匹とも似ていてややこしい。
「まあ、ミクジ君にはちょっと我慢して貰うとして、まずはこの子と一緒に空を飛んでみて。イメージとしては、補助輪を付けたまま自転車に乗るような感覚かな」
犬が苦手って言ったのに我慢しなきゃなのかよ、と僕は心の中でツッコミをしたが、ちょっとだけこの犬が可愛いと思えるようになったのでまあ問題はなかった。こいつらはちょっとブサイクで怖い顔をしているが、よく見るとうるうるした目をしていて愛嬌があり可愛い気がしてきた。
「き、君たち、私を絶対落とさないでね……?」
横を見てみると、いつの間にかミリンがホウキに跨りながら、犬に涙目で訴えかけていた。犬はワンッと元気な高い声で鳴き、ミリンの背中にランドセルのように乗りかかった。
「ミリンは怖がりだね。ツグミさんが言ってたみたいに、この犬達が助けてくれるんだから補助輪を付けたまま自転車に乗るようなもんだよ」
「そ、そうだよね。頑張る……!」
不安そうなミリンを見て、かえって僕は安心した。ミリンと比べると、僕は恐怖もあまり感じておらず、なんだかんだ上手く飛べそうな気がした。そして、僕もそろそろ飛ぶ準備をしなきゃと、持っていたホウキに跨った。すると勝手に犬は背中に乗り、柔らかい肉球のついた前足で僕の体を強く掴みながらバタバタと翼を羽ばたかせだした。
「あぎゃああああああ!!!!」
先に飛んだのはミリンの方だった。ミリンは思春期の乙女とは思えない太い声で叫びながら一瞬で空高くに飛んでいった。叫び声は一瞬で空高くから聞こえる小さな声になった。
――ミリン、流石に魔力の扱い下手すぎるでしょ、と僕の呆れた声が空気を震わせる前に、地面についていた足がふわっと浮き、背中を強い力で引っ張られた。僕の体はジェットコースターが駆け上がるように信じられないほどの高速で天空へと飛んで行った。
(調子に乗って、無駄に魔力を使い過ぎたあああ⁈)
一瞬そう勘違いしそうになったが、これは僕の魔法の力じゃなくて、完全に背中にいる犬の力だった。僕はまだほとんど魔力を使っていない。ミリンと同じように、ぎゃあああああああああ、と胃から声が吐き出される。どれくらいの高さまで飛んで、いつ止まるのかも分からない。恐怖に怯えながら下を見ると、ツグミさんが豆のような大きさで僕らの方を見上げているのが分かった。
「この子達の役割いいいい、補助輪じゃないのおおおおおお⁈」
豆粒みたいに小さくなったツグミさんに聞こえるように、ミリンの大きな叫び声に搔き消されてしまわないように、僕は絶叫しながら問いかけた。叫んでいる間も犬は空を高く飛び続ける。ツグミさんを甘く見ていた。魔法練習をするというのは口実で、やはり僕は殺されてしまうのだ……。僕はツグミさんの手のひらで踊っていただけなのだ。
「私、スパルタ教育派なのよ!」
ツグミさんが遠くの地面からそう言うと、彼女は白い腕を高く上げて校庭に音が響き渡るほどの綺麗な指パッチンをした。その音が合図だったのか、僕の背中から犬の前足がスルッと外れた。僕の体は飛ぶ力を失い、今度は重力に引っ張られ校舎よりも高い空からものすごい勢いで落下し始めた。
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