第4話「魔法学校」

 レンとツグミさんとの一件があった次の日、ぼくはいつも通りに学校に向かった。精神的にしんどく、体力的にもつかれていたが、学校を休むという選択肢は頭になかった。もしかしたら、昨日の出来事は夢で、学校に行けばいつも通りレンが居るかもしれないと心のどこかで期待していたからだ。もし昨日の出来事が現実だったとしても、親友を失った僕がそこから逃げ続けることは僕にはできない。


「ミクジ、おっはよ~」


 魔法学校へ向かう通学路で、考え事をしている僕に誰かが声をかけてきた。声が聞こえてきた方を振り向くと、幼馴染の魔法少女『ミリン』が心配そうな目でこちらを見ていた。ミリンの歩くスピードに合わせて、黒髪のショートヘアが左右に波打ち揺れている。


「あ、うん。おはよ」


 声をかけてきたのがミリンだと分かると、僕は必要最小限のエネルギーで挨拶をした。


「どしたの?今日のミクジ、なんか元気ないやん」


 そうかな、と僕は言うと、歩幅を大きくして歩くスピードを上げた。いつもならミリンと会ったらそのまま雑談でもしながら登校をしているのだが、今日はそんな気分じゃなかった。それに、ミリンも昨日のツグミさんみたいになるかもしれないと思うと、下手に会話をすること自体が命の危機に繋がるかもとさえ思った。


「ごめん、今日は先に行くね」


 僕は歩幅を合わせてなんとか隣についてこようとするミリンにそうとだけ伝えた。ミリンは僕のその言葉を聞くと、何か考え込んだような顔をした後にゆっくりと喋り出した。


「……私もね、一人にしてほしい時とかよくあるんよ。学校でも家でも、うまくいくことばっかじゃないからさ。……まぁ、なんかしんどいことでもあったら私がいつでも相談に乗ったげるから」


 ミリンはそう言うと、足を止めその場で立ち止まって大きく手を振った。幼馴染の彼女は、今日の僕がいつもと違うことに気づいているようだった。


(……ごめん、でも、きっとこれでいいんだ)


 僕は、ミリンに冷たく接したことに罪悪感を感じながらも学校へと速足で向かっていった。―――


 僕の通う魔法学校は、全寮制で男女共学の珍しい魔法学校だ。魔法学校自体が珍しいのに、全寮制かつ男女共学なのはなおさら珍しい。


 1クラスは20人と人数が決まっていて、男女比はほぼ1対1。15歳から18歳までの魔法が使える男女が通っている。僕とレン、そしてツグミさんもミリンも同じクラスだ。


 ちなみに、生まれつき魔法を使える素質を持った女子のことを「魔法少女」と呼び、男子のことを「魔法使い」と呼ぶ。


 実は日本では、科学技術の発展とともに、魔法少女と魔法使いの数が激減していった歴史がある。科学技術が経済成長を生み、学校では魔法ではなく数学や化学、プログラミングを教えるようになったのだ。


 魔法を使える素質を持つ人の数は日本全体の人口に対してあまりに少なく、国全体の経済成長を支えるには無力だった。魔法使いとして空を飛んだり火を起こしたりすることよりも、コンピューターや労働者をうまく使えることの方が社会全体に与える経済効果は大きいのだ。


 今では魔法使いや魔法少女はご飯を食べていけない職業として有名で、公務員として国に守られながら雇用され、害獣退治などの雑用をしたり、魔法学校の教師として働いたりするようになっている。そして、彼ら・彼女らは魔法が使えるからと言って普段の生活で魔法を使う場面はほとんどなく、使うとしても基本的には移動手段として使うくらいである。


―――


 僕はいつもより早く学校につき、不安になりながらも教室の扉を開けると、そこにはいつもと変わらない景色が広がっていた。男女で楽しそうに話しているクラスメイトもいれば、机に伏せて寝ているようなクラスメイトもいた。ざっと見た感じ、ツグミさんとミリンはまだ教室にはいないようだった。


 僕は動き回るクラスメイト達を搔い潜りながら、教室の奥隅にあるレンの席へと歩みを進めた。そして、いつもレンと話していたその席へと向かうと、そこには不自然な何もない空間があるだけだった。20人のクラスに、机と椅子は19個ずつしかなかったのだ。だが、このおかしな状態に誰も気づいていないのか、それとも意図的に気付かないふりをしているのか、レンのことや机のことに言及しているクラスメイトは誰一人としていなかった。


「レンは、レンはまだ来ていないの?誰が机を勝手に持って行ったの?」


 僕は、近くにいる眼鏡をかけたクラスメイトの男子に問いかけた。そのクラスメイトは不思議そうな顔で僕の方を見る。


「レン……?誰のことを言っているんだ?そこにはもともと誰の席もないだろ」


 その言葉を聞いて、僕の全身の力が抜けた。何を言っているんだコイツは。いつもこの席にレンがいて、クラスのみんなとも話していたはずだ。


 呆然と立ちつくしかない僕の方を見て、会話を聞いていたのであろう周りにいたクラスメイト達が笑い出した。そして、僕を会話のネタにしてクラスの男子と女子がまた楽しそうにガヤガヤと盛り上がっていた。


(クソッ……馬鹿ばっかだ)


 何も知らずに女子と話している馬鹿な男達を見ると無性に腹が立つ。だが僕はその怒りをこらえながら自分の席に着いた。クラスメイトに怒っても仕方がないし、何も解決しない。


(クラスメイト達の記憶も魔法か何かでおかしくされているのかもしれない……。担任が来たらレンのことを聞いてみよう。)


 僕はそう考えて、担任が教室に来るのをまだかまだかと待つことにした。クラスに一つしかない壁掛け時計をじっと眺め、各々の速度で回り続ける針を眺めて時間を潰した。しばらくして周りを見ると、既にレン以外のクラスの皆は登校してきているようだった。ツグミさんは静かに窓の外を眺め、ミリンは遅刻しそうになったのか息を荒げて席に座っていた。


「みなさん、静かに!」


 大きな声がしたかと思うと、突如教卓の上に足を組んで座る長身の女性が現れた。騒がしかったクラスに緊張が走り、一瞬でざわめきが消えた。僕は教室が音の無い世界になってしまったのかと錯覚した。

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