「魔法少女を好きになってはいけない。」

@deruta-kaku

第1話「魔法少女を好きになってはいけない」

――「当たって砕けろ」という言葉がある。人生においても、恋愛においても、結局は行動した奴が成功する。たとえ挑戦が失敗に終わったとしても、それは大した失敗じゃない。


「お、俺は、ツグミさんのことが大好きです!俺と付き合ってください……!」


 照れくさそうに、でも真剣なまなざしで、レンはツグミさんに気持ちを伝えていた。レンの顔は、かっこつけているのか、泣きそうなのか、よく分からないぐちゃぐちゃな表情をしていた。放課後になって静かになっていた魔法学校の校庭の隅っこの方で、愛の告白が小さく響いた。


 レンの声の震えが空気を伝わり、2人から少し離れた木陰で声を聞く僕までなんだか緊張してきてしまった。レンがツグミさんを好きなことは今まで全く知らなかったけど、正直、意外性はあまりない。


 ツグミさんは僕とレンのいるクラスで一番と言っていいくらい整った顔立ちをしており、魔法の成績もクラスでトップレベルの魔法少女だ。そのくせ、魔法が下手な魔法使いの男子にも優しく接してくれるから、レンが彼女のことを好きになってしまう気持ちもよく分かる。実際僕もちょっとだけ気になっていた。


 だが、ツグミさんがそれほどまでに魅力的だらからこそ、レンの告白は無鉄砲なものにも思えた。レンとツグミさんは特別仲がいいわけでもなく、クラスで話しているところもほとんど見たことが無い。日直で一緒になって、業務連絡みたいな渋い会話をしているのを見たことがある程度だ。


 レンは友達としてはいいやつだか、客観的に見て特別かっこよかったり、魔法や運動ができたりするわけでもない。まあ、異性からのモテなさは僕と同じレベルだということだ。僕もレンも、今まで恋人なんて出来たことがない。そんな奴がクラスでも高嶺の花であるツグミさんにに告白して、果たしてうまくいくものなのだろうか。


 ……でも、告白をしてみるまで結果がどうなるか分からないのが恋愛というものなんだと、恋愛経験の少ない僕は思い込むことにした。どれだけレンが無鉄砲なことをしようとしても、僕はそれを応援するしかない。それが友達というものだろう。僕はゴクリと唾を飲む。


(絶対に余計な音だけは立てないようにしないと……!もし盗み聞きしていることがバレたら後でレンにぶっ殺されるぞ……)


 レンのことは応援しているが、僕が今日この場で隠れて告白を盗み聞いている、なんてことをレンは知らない。今朝から何かレンの様子がおかしい、と思った僕は、ひっそりと彼の後をついていくと、この現場に遭遇することになったというだけの経緯で僕は今ここにいるのだ。普段は何でも話してくれるレンが僕に告白のことを教えてくれなかったということは、よっぽど他の誰かには知られたくなかったということなのだろう。


 だからもし、勝手に告白を盗み聞いているなんてことがレンにバレたら、流石のレンでもブチ切れて僕は殺されてしまうだろう。これは比喩表現ではなく、本当に殺されてしまう危険性がある、と思っている。僕は音を立てないように細心の注意を払いながら、告白を受けたツグミさんの顔を木の陰から覗き見する。


 ツグミさんの顔は、恥ずかしそうに、照れくさそうにしていたけれど、その口元は今にも笑ってしまいそうなくらいに、とても嬉しそうな顔に僕には見えた。


(告白、成功しちゃうのか……?レンがあのツグミさんと付き合うのか……⁈)


 僕はそわそわしながらも、音を立てないように必死で息を抑える。心臓の音だけが僕の骨を伝って大きく聞こえる。僕は、自分自身が告白をしたのかと思うくらいの緊張をしていた。


「あ、ありがとう。レン君のその気持ちは本物?」


 少しの沈黙の後、ツグミさんはレンの目を見ながら、そう静かに尋ねた。


「……うん、本当だ。今も胸がすごくドキドキしてる」


 レンは、声が震えながらも力強くまっすぐツグミさんの目を見て答えた。レンの言葉はなんだか古いドラマの台詞みたいで、僕はちょっと笑いそうになる。笑ってはいけない状況であればあるほど、しょうもないことでも笑いそうになってしまうことは年末のバラエティー番組でも証明されている普遍的な理論だ。僕は何とかその笑いを嚙み殺して飲み込んだ。


「そうなんだ、すごく嬉しい」


 ツグミさんはそう言うと、照れくさそうにしながら沈黙した。その純粋で愛おしい表情に、遠くで見守っている僕の心までも持っていかれそうになる。


(まずい、レンが告白に成功してしまう……)


 僕は心の中でなぜかそう思ってしまった。レンの恋愛を応援していたはずなのに、いざレンが上手くいきそうになると、僕とは遠いところに行ってしまうように思えて、すごく寂しく、切ない。きっとこれからは、いつものようにレンと喋りながら二人で学校から帰ることもなくなってしまうんだろうな。


 僕自身でも、僕がどうしてそんな卑屈なことを一番に考えてしまうのか良く分からない。レンにはうまくいってほしい、けれど僕を一人にはしないで欲しい。僕は不安な気持ちで、二人の恋の結末を見守る。彼女の長い綺麗な髪が、風に揺られてその表情を隠した。


「でも、残念でした……!!!あはははっ!」


 残念でしたと言うツグミさんの顔からは、ついに笑顔がこぼれ始めていた。そして、レンは緊張の糸が解けたように顔をゆがめて涙を流してしまった。


(どういうこと……?レンは振られたのか……?あんなにツグミさんは嬉しそうなのに?)


 木陰でただ一人、訳が分からないまま混乱している僕のちょうど目の前に、宙を舞うステッキが突然現れたかと思うと大きな魔法陣を地面に描き始めた。


 ステッキが描いた魔法陣の中心に目を向けると、レンがただ畑に突き刺さっているカカシのように背骨を伸ばされ腕を大きく広げて立っていた。レンは動かずに、ただひたすら目から大粒の涙を流している。そして、ツグミさんはそれをニンマリと嬉しそうに眺めている。


――パンッ


 一瞬、レンはいきなりビンタされてしまったのかと思ったが、そうではなかった。ツグミさんが勢いよく手のひらを合わせた音が、静かな校庭に大きく響いていた。


「愛の告白、いただきますっ!!!」


 ツグミさんがそういうと、魔法陣から虹色の光でできたオーラのようなものが台風のように渦を巻きながら放たれて、レンの姿もツグミさんの姿も見えなくなってしまった。魔法陣からは電子音のような騒音が流れ空気を揺らしており、中の音や声はここからだと全く聞こえない。こんな規模の魔法を、僕は人生で一度も見たことがない。これをツグミさん一人でやっているのか?それともレンと二人で?


(な、なんだこれ……。)


 僕は状況が掴めず混乱する。視覚からの情報、聴覚からの情報、……五感全ての情報がおぼろげな夢の中の出来事のようで、信頼できない。目の前の魔法現象は、見たことも聞いたこともない、現実ではありえないような不思議な魔法だった。……いや、よく考えると僕はこの魔法を、現実ではないどこかで見たことがある気がする。そういえば、何度か教科書でこんな魔法を見たことがあるかもしれない。


(まさか、これが愛の儀式ってやつなのか……?)


 僕がその時見た光景は、魔法学校の授業で習ったことがある「愛の儀式」というものによく似ていた。教科書では、パステルカラーの色鉛筆を使ったかのようなタッチのイラストと、今考えると抽象的な説明文で、その不思議な儀式の様子を簡素に説明していた。思春期を迎えた魔法少女は、「愛の儀式」という魔法を使えるようになり、意中の魔法使いとお互いの愛を確かめ合うという。


(レンとツグミさんはこの中でいったい何を……)


 僕が授業で習ったのは、愛の儀式はとても幸せで穏やかな魔法ということだけだった。愛の儀式が具体的にどういったもので、二人がどうなってしまうのかについては何故か教科書では教えてくれないのだ。『人生で大事なことは学校では教えてくれない』みたいな言葉をどこかで聞いたことがあるが、それじゃあ果たして僕達は何のために学校に通っているんだと、その言葉を考えた昔の誰かに文句を言いたくなる。


(あの虹色のオーラの中が見てみたい……)


 僕は無意識のうちに、その虹色のオーラの方へ吸い込まれるように右手を伸ばしていた。僕の本能が、僕の体を勝手に動かす。その光を見ているだけで、脳がとろけそうな感覚になって快感が波打って全身を襲う。この光に触れたら、この光の中に入ったら、一体どんなに気持ちが良いんだろうか。


――! 右手が虹色のオーラに触れそうになった瞬間、ハッと僕は我に返る。


(ヤバイ、今下手に動いて、告白を覗き見してたことがレンにバレたら、絶対に後で殺されてしまう……)


 本能に理性が勝った瞬間だった。というよりも、僕の生物として一番強い本能が生存本能だったということなのかもしれない。今の状況がレンにバレてしまうこと=死だ。普段はお世辞でも魔法が上手いとは言えないレンだが、怒った時の魔力は信じられないほど強力で危険だということを僕は経験的に知っている。


(今はじっとしているしかない……)


 僕は勝手に動きそうになる体を押さえて、エネルギーを頭に全集中させた。ただひたすら想像や妄想をして時間が経つのを我慢をするという作戦をとることにした。


 ――今の状況を整理すると、レンはツグミさんに愛の告白をした結果、二人は虹色のオーラに包まれた訳だ。おそらくだが、このオーラはきっと愛の儀式というやつで、レンは今、ツグミさんと二人だけの世界の中ですごく幸せで官能的な気持ちで満たされているのだろう。でも、具体的にそれってどういう状態なんだろうか。脳みそが気持ちいいのか、体が気持ちいいのか、どんな気持ちよさなんだろうか。魔法陣から放たれる虹色の光を近くで浴びていると、いけないことを考えているような気分になり、僕の体は頭からジワジワと熱くなっていく。(今頃レンはツグミさんと……) 妄想だけが膨らみ、ムンムンとしてしまう。レンが羨ましいという気持ちが、僕の頭の中を満たしていく。いよいよ我慢が出来なくなり、また体が動き出そうとする。


『でも、残念でした……!!!あはははっ!』


 僕の体が動き出そうとする瞬間、頭の中にその言葉が響いてハッと冷静になる。僕の頭の中はムンムンとし続けながらも、一つだけ大きな謎があった。ツグミさんが言った『残念でした』という言葉の意味はよく分からないままで、頭の中にずっと引っかかり続けていた。この謎のことを考えていると、僕は頭に大量のエネルギーを使うのか、本能で体が勝手に動き出すことはなくなった。僕の頭の中は、誰かが脳みそでクリームシチューを作っているかのようにごちゃごちゃに搔き混ぜられながら、二人の様子を虹色のオーラの外から見守ることしかできないでいた。


「ごちそうさまでした!!」


 ツグミさんの大きな声が聞こえると、虹色のオーラが絡み合うように少しずつ消えてなくなっていく。魔法陣から流れる電子音が、少しずつボリュームを下げていく。


 そして、虹色のオーラが消えたかと思うと、描かれた魔法陣の中にツグミさんだけが、何故か衣服をまとわない姿で立っていた。彼女のほっそりとした首筋から大きな胸のあたりには、見たことのない青色の宝石が輝く綺麗なネックレスがぶら下がっていた。


 え、レンはどこに、と目を動かすと、ツグミさんの裸足の足元に、体の栄養素をすべて吸い取られたような人間が、いや人間の抜け殻のような何かが小さく倒れていた。その抜け殻に生命力は感じられず、今にも強い風が吹いたら飛んでいきそうなものだった。


――ヤバいものを見てしまったのかもしれない・・・。


 理解が追い付かず、瞬きをするのも忘れて僕はその抜け殻を数秒間眺めていた。冷たい汗が僕の額や手から染み出す。呼吸の回数は無意識に増えているのに、脳の血液には酸素が回らず、物事を冷静に考えることができない。


 僕は胸に手を当て呼吸を落ち着かせた。静かに息を殺し、あの魔法少女がどこかへ去っていくことをひたすらに祈った。祈ることしか、できなかった。もし、さっきのタイミングで僕のいる場所が魔法陣の中に入ってしまっていたら、今頃僕はあの抜け殻のような状態になってしまっていたのかもしれない。そう考えると、恐怖で腰が抜けて倒れそうになる。


『魔法少女を好きになってはいけない』


 僕の頭の中に、直感的にその言葉だけが響き渡った。ツグミさんを、魔法少女を好きになったレンは、愛の告白をした結果として、悲しい抜け殻のような姿になってしまった。あの魔法陣の中で何が起こったのかはよく分からない。レンは殺されたのかもしれないし、ツグミさんと一緒になって幸せになったのかもしれない。


 でも、僕の頭の中では、ツグミさんに『残念でした』と言われた時のレンの泣き顔が何度も何度も繰り返し生々しく再生され続けていた。僕は抜け殻のような何かを見た時、真っ先に、『レンみたいなことにはなりたくない……』と思ってしまった。そんな僕自身に嫌悪感が止まらず、吐きそうになる。でもそれが僕の素直な気持ちで、僕の生存本能そのものだった。


 レンがツグミさんに告白したその日以来、僕の魔法学校での生活は大きく変わってしまった。


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