第14話 シイタケと剣聖

 伊勢の港町に着くまで10日程あったがまた山賊に襲撃されることはなかった。まあいくら戦国時代と言っても、そう何回もあることじゃないよね。今日はこの街に泊まって明日からは四日市の方向に向けて歩いて行くつもりだ。本当はここから船の方が早いんだけどね。このペースで行くとあと2週間ほどで那古野に着くだろう。


「ご飯はどうなさいます?」

「そうだな、今日は祈も疲れただろうし外食にしようか」

「わかりました。では街を回ってみましょう」


 こうして夕方の港町デートが始まった。祈は見慣れないものがたくさんあってワクワクしているように見える。メイドとはいえ祈はまだ11歳の女の子なのだ。


「何にしようか?色々あるよ、あれはうどんであっちは鍋だね」

「そうですね!ご主人様は何が良いですか?」

「祈が決めて良いよ。俺の好きなものはいつも祈が作ってくれるから」

「本当ですか!ありがとうございます!」


 祈は小一時間悩んだ末にうなぎ屋さんを選んだ。

 鰻は久しぶりに食べたが、タレが多めにかけられた鰻重はとてもおいしかった。さすが高級魚である。ちなみに戦国時代では鰻は高級魚ではないらしく、お値段もそこそこで食べることができた。祈は食べ終わったあと、私もこれ作れるようになります!と意気込んでいた。満足してくれたようで何よりだ。


 それから1週間ほどで四日市に到着した。一度だけ襲撃にあったが問題なく撃退した。四日市は東海道の宿場町であり多くの人で賑わっていた。宿やレストランがたくさんある。通りがかる人たちの視線が戦国時代では珍しすぎる祈のメイド服に注がれている。珍しい服に加え、四日市の街にきてはしゃいでいる超絶美少女の姿にありとあらゆる通行人が2度見、3度見あるいはガン見している。


「伊勢の街も凄かったですが、ここは段違いですね」


 祈ははしゃいでいて周りの視線に気づいていないようだ。わざわざ言うこともないと思い普通に返事をする。


「だな。さすがは東海道だ。とりあえず宿をとって、その後食事を考えよう」

「了解です。ご主人様」


 宿をとり、食事は鉄板焼きに行くことにした。


「これすごく美味しいです!」


 祈が熱々の鉄板焼きを絶賛する。だが俺は気づいているぞ。その可愛い笑顔の裏でこっそりとシイタケを俺の皿に移していることを。メイドとしてあるまじき行為である。俺の目がその美貌にくぎ付けになっている間に移す作戦とはなかなか侮れない。


「シイタケ苦手なの?」

「ふぇっ!?」


 バレてた!?というわかりやすすぎる表情が浮かぶ。


「今、俺の皿に移してたでしょ?」

「…はい。シイタケのあの独特な感じがどうしても」

「へー、知らなかった。祈にも苦手な食べ物あったんだな。いつも残さず食べてるし」

「まず嫌いなものは絶対料理には入れないんです…」

「な、なるほど」


 でもまあ11歳の少女に嫌いな食べ物がない方が珍しいか。


「じゃあこのシイタケ俺食うね」

「はい、ありがとうございます」


 シイタケをまとめて口の中に放り込む。



「む、シイタケか」


 唐突に隣から声が聞こえた。隣には白髪の爺。


「お前さん、これも食べてくれんか?」

「え?」

「儂はどうにもシイタケが苦手でのう。この「むにゅ」というか「ぷにゅ」というかこのよくわからん食感がどうにも」

「わかります!食感最悪ですよね!」


 なんかよくわからん爺に祈が激しく同意する。


「おお、お嬢ちゃんにもわかるか。味も癖があるしのう」

「ですよね!」

「ということで任せたぞ」


 気づけば俺の皿にはシイタケが増量されている。いつの間に…!


「わかりましたよ」

「ほっほ、恩に着るぞ」


 再び俺はシイタケを口に放り込む。

 その間に祈と謎の爺が世間話を始める。


「そなたたちはどこに行くのだ?」

「尾張の那古野へ。おじい様は?」

「駿河じゃ。義元が自分のせがれに剣を教えてほしいというのでな」


 義元って今川義元だよな?大大名を呼び捨て?


「へえ、剣がお上手なのですか?」

「まあ、そこそこじゃな。巷では剣聖などと呼ばれているが…義元もこんな老いぼれに何を期待しておるのやら」

「今川義元殿がわざわざお呼びになるのですから、すごい剣士なのでしょう」

「ほっほ、そうかもしれんな。そなたらは尾張の那古野へ何しに行くのだ?」

「実は僕の友達と父上が戦をしそうになってまして、それを止めたいのです」

「ほう、ちなみにそなた名は?」

「坂井千代松と申します」

「ほう、坂井…では貴様の父は…」

「坂井大膳です」

「やはりか…では今坂井大膳と戦っているということはお主の友人はあの尾張の大うつけか!」

「ええ、まあ」

「一度見てみたいと思っておったのだ。どうじゃ?わしも連れてってくれんかの?」

「え?」

「儂がいれば移動中の安全は保障しよう。これでも儂、剣聖じゃからな。お前と行けば尾張の大うつけに会えるのじゃろ?」


 自分の都合のいい時だけ剣聖の称号を使いやがるこのジジイ!だいたい名も名乗ってねえじゃねえか。


「失礼ですが、お名前は?」

「名は名乗らん。儂の実力が気になるのならかかってくるがよい。実力の知れない護衛など怖いじゃろ?」


 急展開!?なんで名乗んないの?もう意味わからん。誰だか知らねえがやってやるよ!



 店を出て、町から少し離れたところに行く。時刻は夕方の6時。なんかエモい対決場所だ。


「では、かかってくるがよい!!」


 爺が持つのは鍔のない日本刀。剣を持った爺は何か雰囲気が変わったように感じる。さっきまでのふざけた爺とは打って変わって完全に歴戦の猛者の風貌だ。

 爺の構えに隙は無い。軽々しく勝負なんて受けるんじゃなかったと今、反省した。だがその反省は少々遅すぎた。


 夕陽に照らされ、見渡す限り広がる草原に2人の男が向かい合っている。1人目は刀を構えた“剣聖”。剣聖は一部の隙も無い構えで向かい合う少年を観察する。その向かい合う少年は背中に忍者刀、腰に小型の火縄銃、手にも銃身が長めの火縄銃を装備して向かい合う剣聖を睨みつける。


 剣聖が動く。人ならざる速度で銃を構える少年に突進する。少年は一瞬驚いたようだがすぐに平静を取り戻し、的確に剣聖の脳天に向けて銃を発砲する。剣聖はその弾丸を愛刀で軽々と弾く。剣聖の速度は落ちない。少年は大きく後ろに下がりながらリロードし、数歩下がった所で再び剣聖に狙いを定める。少年が狙ったのは剣聖の足。またもや的確すぎる射撃。だが剣聖は当然の如く弾く。もう少年と突進してくる剣聖の距離はわずか数メートル。剣聖の間合いだ。少年も右手の刀、左手に小型の火縄銃を握りしめ、剣聖に一撃を入れようと剣聖の動きに集中する。剣聖の刃が少年に振り下ろされる。少年は刀で剣聖の必殺の一撃を受けようと刀を動かす。それと同時に左手で剣聖に銃を向ける。剣聖の斬撃。一撃目、少年の刀が綺麗に切られる。ニ撃目、少年の銃の引き金が引かれるより早く剣聖の刀が少年の首に振り下ろされた。



 死んだ。と思った。剣聖の斬撃は見事な寸止めだった。俺の刀は刀身が真っ二つに切られている。折られたのでは無い。切られた。


「ほっほっほ、わしの勝ちじゃな」


 見事な敗北だ。剣士対ガンマンという圧倒的有利な状況で完敗した。この爺さん今まであった人の中でダントツで1番強え。


「そう落ち込むで無い。そなたもなかなかであったぞ?その若さでそれだけ戦えるのであれば将来有望じゃ」

「そうですか。ありがとうございます」

「うむ。では約束通り尾張の大うつけに会わせてもらうぞ」


 仕方ない。まあこのレベルの強さの護衛が無償でついたと考えれば悪くは無いのかもしれない。そう思うことにしよう。


「わかりました。僕たちは明日発ちます。街の入り口に集合しましょう」

「ほっほ、了解じゃ」


 こうして俺たちの旅の仲間に“剣聖”が加わった。


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