第20話 クラスメイト②

「そっか、じゃあ、初めまして...だね。わたし、井藤君と同じ二年一組で学級委員長の伊野上小茉いのうえこまちです。よろしく」


 初対面のクラスメイトの学級委員長さんはニコやかに会釈した。

 

「あ、その、えっと、い、井藤フミヒロです...」


 俺はしどろもどろぎこちなく挨拶を返した。

 

(あっちはきちんと明るく挨拶してくれたのに、俺は暗〜くどもっちゃってる......ああ、絶対キモイって思われた......)


 途端にゲリラ豪雨みたいに襲ってくる不安と自己嫌悪。

 俺は言葉と態度が続けられずうつむいて黙ってしまう。

 そんな時。


「伊野上さん。フミヒロ様は久々の同級生との邂逅で緊張していらっしゃるようです」


 ネーコがフォローするように言葉を投げ込んできた。


「あ、そ、そうですよね!クラスメイトっていっても初対面...だし、いきなりゴメンなさい!」


 学級委員長さんはアセアセと申し訳なさそうに謝った。

 

「い、いや!そんな!」


 さすがの俺もここはそれなりの声を上げた。


「で、でも、良かったぁ」


 学校委員長さんはなぜだか少しほっとしたように安堵を見せる。


「え?」


「だって井藤くん。完全に部屋に篭りきって出てきてくれないかもって、そう思っていたから。でもこうやって出てきてくれてちゃんと話してもくれて...」


 学校委員長さんは穏やかに微笑んだ。

 俺は思わず彼女をじっと見つめてしまった。

 

(この子、本当に優しくていい子なんだな......)


 綺麗なセミロングの黒髪に、優しくて誠実そうな瞳と顔。

 清純という言葉がぴったりの、まるで朝ドラのヒロインにでも出てきそうな女の子。


(クラス人気、どころか、学校人気高そうだな......)


 そう思うとにわかに恐縮するような気持ちが芽生えてきた。

 会話する相手が俺でいいのか?と。

 俺に用があって来てるわけだからそれは仕方がないことだけど。


「あっ、あの、井藤くん?」

「......ハッ!な、なんでもないっす!そ、それで、どんな用件でうちに?」


 俺は我に返ると、とりあえずこの学級委員長さんのためにも相手の用事を早急に済ませようと促した。


「うん。はい、これ」

「あ、ああ、プリントね」

「これで確かに渡しました」

「ど、どうも、ありがとうです...」

「いえいえ」


 彼女は先生から届けるように頼まれたプリントを俺に手渡し、無事任務を完了させた。


「じゃあ、帰るね」

 と彼女は言ってから、ネーコに視線を移した。


「どうなさいましたか?伊野上さん」


「あの......田網袮絵子さんは、なぜ水着なんですか?」


 ついに彼女はその質問のボタンを押した。

 おそらくここまでは気を遣って(あるいは怖くて?)訊いてこなかったのだろうが、ここに来てさすがにもう訊かずにはいられなかったのだろう。


「先ほども申しましたが、それは私がフミヒロ様の性奴隷だからです」

 ネーコはしれっと答えた。


「待てぇぇぇい!!」

 すかさず割って入る俺。


「フミヒロ様?」

「誤解しか招かない言い方やめろ!」


「なるほど。ではフミヒロ様が私の性奴隷と言えばいいのですね?」

「どっちも違う!そして性奴隷って言うな!」


「あ、あの〜」

 学級委員長さんがおそるおそる口を挟んできた。


「伊野上さん?」

「学級委員長さん?」


「その......セードレーって、何なんですか??」


 なんと、学級委員長さんはわかっていなかった!

 これは不幸中の幸い。

 ここはテキトーに誤魔化して流してしまうが勝ちだ!


「ええっと」

 俺が説明しようと言いさした時。


「それはですね?ゴニョゴニョゴニョ......」

 ネーコが学級委員長さんの耳元で何やら囁いた。


「!!」


 学級委員長さんはいったんビクッ!としてから、綺麗な黒髪をハラリと垂らしてうつむいた。

 それから次第にぷるぷると震えだし、パッと顔を上げる。

 彼女の可愛らしい顔面はちょうど今の時間の夕陽のように紅潮する。


「......い、井藤君の......ヘンタイィィィィ!!」


 怒りとも悲鳴ともとれない穢れなき女子中学生の叫びがこだまする。


「いやぁぁぁぁ!!」


 彼女はひと息の間にバーン!と飛び出してダーッと走り去っていった。


「あら?伊野上さん一体どうしたのでしょうか?」

 悪びれないどころかまったく理解していない様子のネーコ。


「お、お、お前......なにしてくれちゃってんだぁぁぁ!!」


「フランクにちょっとしたジョークを言っただけですのに」


「フランク通り越してただのセクハラだ!!」


 この時、俺は確信した。

 俺の不登校がさらに長期化するであろうことを。

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