15:真夜中の事情。④
「それは初耳だね。一体全体どういう事だい?」
「――その前になんですけども、星屑さんの中の人は右目の下と首元と鎖骨の間に妙に目が行くホクロがあって、あとチェーン付きの色付き丸眼鏡をけてる夢女子製造機みたいな見た目の人?」
「――――……これは驚いた。いつ遇った?」
千寿以上に沈黙し、諸々を考えた末に蛍は笑みを浮かべながらも目を細め、聞かれた質問に「去年のGW。”シスターJKのセキララ懺悔室”の帰り」と答えた。
ちなみに”シスターJKのセキララ懺悔室”とは、フェレサ女の公式番組”フェレサ女女子の戯れまみれ”に設けられた3~5分程度のミニ番組。フェレサ女のライバー達が最近or長年に感じた贅沢な悩みやほろ苦い後悔をシスター・エマに赤裸々に打ち明けては懺悔するというもの。
デビューしたての満穂がフェレサ女の先輩達と早い段階で打ち解けられるように蛍が企画したものだった。
「あの日、駅まで行く道中の川沿いでたまたま人が行き倒れまして……まぁ酷い二日酔いだったんですけども」
「その行き倒れが星屑睡蓮花の中の人だったと?」
「多分……いやただのそら似かも?」
そら似の可能性――しかしその可能性は低いと千寿は知っていた。なんせ先ほど聴いた代表曲は何処か既視感があったから。
で、蛍が星屑睡蓮花の中の人の写真を見せてきた事で行き倒れの人と星屑睡蓮花の中の人が同一人物だったと判明した。
「それで? といっても無視できずに介抱したんだろう? 満穂が」
「正解。なんせ見た目がそれでしょう? 万人受けはしないけども刺さる人にはどこまでも刺さるアングラ系。それはもう榎本さんの
先のMVを聴き、MVで出てくるフレーズやその羅列。曲のテンポなどが似ていたのを思い出し、それをきっかけに朧気にだが当時の出来事を鮮明に思い出す。
「あぁそうだそうだ。確か新曲の作詞作曲に行き詰ったとかなんとかでヤケ酒して――。で、何時倒れてもおかしくないくらいの二日酔いだったにも関わらず追い酒を買いに行こうとして行き倒れたんだった……ような?」
「確かに家はあそこら辺だったかな? それに何時かの配信で公言してたっけね? 曲作りに行き詰ったら酒に頼る癖があると。そのせいで酒豪にもなったと」
「えぇ……酒を嗜むならまだしもアイドルが酒に逃げる。しかも酒豪。字面的に不味いのでは?」
「そうだね。でも大手のビールメーカーから新作商品の紹介案件がきたせいで不味いが旨味に変わったみたいだよ。しかもこれをきっかけに本社が連れてきたマネージャーがCM案件まで持ってきてね。”酔え――
「! おぉあれかっ」
蛍の台詞に覚えがあるのか琥珀が声を上げる。しかもやや興奮気味に。
「最初の酔えで空き缶からマイクに持ち替えて、最後の
「あれは確かにセンスが良い。ちなみにCM制作の裏話だけど、本来だったら顔出しに歌も歌わせる予定だったのを星屑睡蓮花自身がそれを蹴ったんだと。あくまでビールのCMであってアタシのCMじゃない。だから終始自分の顔は出さず、出すとしても酒を飲んでる瞬間――その瞬間の口元だけにしてくれってさ」
「へぇ……。アイドルってのは顔なり歌なりを売り物にしてると思ってたがそんなやつもいんだな」
と、暫し星屑睡蓮花について盛り上がた後、話は千寿へと戻る。
「――まぁ、簡単に言えばその曲が気に入った榎本さんがMVを作りたいってなってですね? 聴かせて貰った曲も30秒程度と短かったし、その上に”ボツにする”ってその音源をくれまして……で、最初こそは自分が描いた一枚絵にアニメーションを加えた歌詞だけのものだったんだけども作っていくうちにアレがやってみたいとか、こんな演出もやってみたい、と次々にアイデアが湧き出てきた訳ですと」
「それが面白くって煽ったと?」
「はい。こっちがこういうのも良いんじゃない? ここはもっと派手な演出の方が良いんでない? ってアイデアなり修正点を伝えると榎本さんがそれらを取り入れつつ更に面白いアイデアを返してきてですね? 売り言葉に買い言葉みたいにそれがエスカレートしましたよと」
完成するまで何度もオールしましたっけねぇ、と楽し過ぎた当時の事を振り返る。
「――成程ね。まだ疑問は残るがそれは満穂に聞くとしよう」
この日はこれでお開き。
翌日、話を聞かれた満穂。最初こそ口を濁しながら話していたが苦しくなり白状。全てを素直に話した。
どうやら完成したMVを星屑睡蓮花本人に見せた結果、30秒程度しか作られずボツにする予定だった曲が息を吹き返し、2人は連絡先を交換して意見交換をしながら完成へと至った模様。
挙句に先程千寿達が見て聴いていたMVの制作に飽き足らず、ビールメーカーのCMにも星屑睡蓮花を経由して参加していた事がわかった。
ちなみに。行き倒れたその人が5期生のリーダー星屑睡蓮花だと知ったのは連絡先を交換した時に。連絡先を交換した時に向こうがカミングアウトしたのだとか。
曰く、『5期生の人達と1期生から4期生の人達、そして本社の人達と蛍さん達との間に軋轢的なものがあるのはデビューしたての当時からでも薄々気づいていました。――故にイケナイ関係以上不倫未満の程良い背徳感が堪らず……抗えず……へへっ』とのこと。
発言も、最後に漏れ出た恍惚とした笑みも、現役の信教者が聞いたら助走を付けて十字架を握り絞めた手で殴ってくるレベルであり、古馴染である琥珀に至っては「アイツが通ってたってぇ女子高の公式サイトにゃあ”大和撫子たる慎みと慈愛の精神を育む”って書かれてんのに、アレが育んできたのは浅ましさと劣情じゃねぇか」と額に手を当てるレベルで困惑するのであった。
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