07:新生活の事情。

 あれから早3週間。

 クラスメイトであり家出女子である瑠璃山琥珀をvtuber”鈴鹿”としてデビューさせてからそれくらいの月日が経過した。

 最初こそ慣れない配信の数々に悪戦苦闘を強いられたが、彼女を拾いvtuberに仕立て上げた石垣千寿が手厚くサポート。更には姉でありvtuber関連の仕事をしている石垣蛍の協力を得られた事と、直近でGWゴールデンウイークがあった事でvtuberとしての基盤が開拓されつつある今日この頃である。


 ちなみに居候の件。

 家の主である姉の蛍からは快くお許しが出た上に、GW企画”リングフィットジャングルジムを3日間でクリアする!”の企画相談とその協力までしてくれた。


「『こんのっ――オルラッ!!』」

「『カスがよッ!? 今ぜってー入ってただろ!!』」

「『だーら! 腹ァ触ってみろや! もうねじ切れるくらい入っとるわ糞ッたれ!!』」

「『あああぁぁっぁああぁぁ』」

「『諦める? ――舐めんなおんばかが。オレの辞書に敗北はあっても諦めるは無ぇんだよ』」

「『ぶっ壊れろっ!!』」


 と、やいのやいのと罵詈雑言を洩らしながらもアスリート顔負けのフィジカルを披露。困難を前に昂ると言うスポーツ漫画の主人公の様な精神力をフル活用。

 

 結果――初日でクリア。


 数多くの配信者を屠り、オリンピックに出場経験があるアスリートでさえも汗だくの汁だくにさせたゲームを18時間33分という凄まじい記録を叩き出した。それも計8台のコントローラーを犠牲にして。

 ※海外のオリンピック選手が叩き出した最速記録が14時間6分1日。日本のプロサッカー選手で15時間11分1日。vtuber最速は24時間34分3日掛けてである。


 この時の報酬として3Dの身体を作って貰う事となり、罵倒しながらボスを蹂躙する姿に”悪鬼羅刹”の異名と共に数万人の鈴鹿組の組員新規の登録者を獲得した。

 で、残りの余った2日、3日は琥珀が子供の頃にやっていたと言うゲームのリメイク版を急遽千寿と行う事に。当時流行った他のゲームや当時の流行などの話などをして同世代のリスナー達の心を掴んだ事でこのGW3日間でvtuber”鈴鹿”のチャンネル登録者数は30万人を突破。その副産物としてvtuber”鯰”の登録者数も1年越しに10万人を突破した。


 これがvtuberとしての新たな生活――で、此処からが現実のお話。


「おい千。次の授業何処だ?」

「ウス。生物室っす」

「おい千。寝てたからノート見せろ」

「ウス。1限から4限全部っすよね?」

「おい千。なんか食いもん持ってねぇか?」

「ウス。飴とキャラメルとチョコ、なにが良いっすか?」

「飴の味は?」

「ミルクセーキっす」

「なら飴を全部くれ」

「ウス!」


 とまぁ千寿が琥珀の舎弟扱いに。名前も”千”と省略されて呼ばれている。

 ただ雑に、都合よく扱われている訳では無い。GW最終日に琥珀は家出中に積み重なった疲労が祟ったのか体調を崩し、千寿に手厚く介抱され、自身の弱った所を見せた事で琥珀が抱く千寿への感情は”見た目は頼りないけど意外と行動力がある気を許せる”となっている。

 今の関係はひとえに生まれ持った姉御肌と、それに当てられた千寿が学校での世間体を加味して自発的に舎弟に徹し、琥珀が嫌々ながらもそれを受け入れた感じ。


「千。飯」

「ウス」


 4時限目が終了。教室内が賑やかになる中、琥珀が以前から憩いの場として使っていた旧ゲーム部の部室へ向かう。


「今日の配信どうする? ウルバニすっか? 反応良かったし」

「絶対に嫌どす」


 ウルバニとは”ウルトラバニーマン”の略。四つん這いとブリッジ状態の着ぐるみを着たマッチョマン2人を操作、協力をしながらゴールを目指す配信者に人気の協力ゲーム――なのだが、反応に困る体位の絡みが多々発生するセクハラ要素盛り盛りのろくでもないゲームである。


 そんなゲームだとは知らずに2人は遊び、結果としてはその配信は大成功。

 多くのリスナーがヤバい体位になった2人の反応を楽しみ、そんなリスナー達よりも楽しんだ琥珀。しかしその傍らで千寿だけが垢バンの恐怖に胃がキリキリ。時にはコントローラーを奪おうとして返り討ちにあい、配信の最後に「もう二度と御免だ!」と断言までする始末。


 それ故にまたウルバニをしようと提案に確固たる意志を持って拒絶する千寿なのであった。


「もしウルバニするなら自分以外の誰かとしてください」

「誰かって誰とだよ。蛍の姐さんか?」

「やめてつかーさい」


 惨事が大惨事を越えて世界の終末になる未来しかない。あの姉なら悪ノリが行き過ぎて天変地異並みのやらかしをしでかしてしまう、と千寿は本能に従って拒絶した。


「じゃあやっぱりテメェしかいねぇじゃんか。悪いが壊れたラジオよろしく1人で喋り通すのはまだ無理だぞ? 誘ったのはテメェなんだ。責任とってサポートしやがれ」

「ならウルバニ以外で!」

「却下だ。どうせ道具1つで勝負か決まる系のゲームだろ? シラケるから嫌だっつーの」

「それでもウルバニだけはもう嫌です!」

「諦めろ。その反応が良くて昨日はあんなに盛り上がったんだ。だから諦めろ」


 嫌だ嫌だと抵抗する千寿。されど聞く耳もたん。問答無用、とバックから携帯電話を探して告知しようと琥珀。

 そんな時に突如として憩いの場のドアをノックする音が鳴る。突然の来訪者に警戒しながらも千寿が琥珀に代わって「どうぞ」と言い、深呼吸でもしていたのか返事からワンテンポ遅れてドアがゆっくり慎ましやかに開かれる。


「こんにちわ~」

「!」


 現れたのは千寿の知人にして千寿達の同業者。

 登録者数21万人のvtuberにして千寿と同じ日にデビューした聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院所属の”シスター・エマ”。

 リアルの本名は榎本えのもと満穂まほ

 夕陽でいの一番に輝くマロン色のふんわりと柔らかそうな髪。それを活かしたハーフアップのヘアスタイル。誰が見ても手入れをしているとハッキリ分かるくらい透けるような乳白色の肌。整った鼻梁に小さくも目を惹く唇といい、実に恋愛漫画に登場するメインヒロインのような可憐でたおやかな美しさを誇っていた。

 まさに清廉潔白、品行方正、大和撫子――等々の言葉が似合う女子高生。それが榎本満穂という人間。

 そんな彼女の登場にVの同期である千寿は黙って席を立って、開けられた時と同じ速度でドアをのであった。

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