ゴブリンはカジアを追いかけます1

 怒りに駆られたジャバーナを止められる人はいなかった。

 さらに蛇族から話を聞いたところ蛇族の族長であるガラカンは蛇族たちを引き連れて蛇族の大都市に戻ったらしい。


 ガラカンはさらにそこから人間の国に向かうという。

 そうはさせるかと獅子族たちも速度を上げて後を追ったけれどさらにそれよりも速い速度で走っていってしまった。


『蛇族は失敗したな』


「なぜだ?」


 ペースが速くてオルケなんかはギリギリだけどユリディカの強化も手伝ってなんとかついてきている。


『大猩猩族に手を出すのならジャバーナだけは確実に殺さねばならなかった』


 いまだに事態の全貌は分かっていないけれどカジオは冷静に状況を見ていた。


『大猩猩族の族長は仲間を何よりも大切にする。正面から戦っての名誉ある死ならともかく卑怯な手を用いて同族が傷つけられた時に背中が銀色の大猩猩族はとんでもない化け物になる』


「ジャバーナがそうだと?」


『そうだ。他の大猩猩族はともかくジャバーナは確実に殺さなければならなかった。毒を盛って殺すにしても、まずはジャバーナからだ』


「……失敗したらどうなる?」


 現に失敗している訳であるが、失敗の結果が何をもたらすのかドゥゼアは聞くのがちょっと怖かった。


『昔小猩猩族という氏族がいた。小さくても戦えるのだと大猩猩族を目の敵にしていてな。数の有利を活かして大猩猩族を襲撃したのさ。隠れていきなり襲いかかる奇襲だ』


 カジオの言葉の続きはなんとなく予想がついた。


『それが大猩猩族の怒りに触れた。当時はジャバーナが族長じゃなかったけれど背中が銀色の大猩猩族が大暴れした。銀の毛が赤く染まるほどに暴れ、残された小猩猩族が完全に戦意を喪失して泣きながら地面に平伏してようやく戦いは終わった』


「酷い話だな」


『数の優位どころか大猩猩族よりも少なくなってしまった小猩猩族は奥地に引っ込んで出て来なくなった。俺が生まれる少しぐらい前の話だ』


 誠実で優しい側面もある大猩猩族であるが、仲間のためとなると一気に怒りを爆発させる。

 その時の力は計り知れず、カジオも勝てるとは断言できないほどであった。


 今蛇族は多くのゴリラの獣人を虐殺した。

 だがジャバーナは予想外に倒すことはできなかった。


 どうなるのか。

 カジオは血の雨が降ることになるだろうと思っていた。


 やるならば確実に事を進めねばならなかった。

 他のゴリラの獣人を倒せばジャバーナが獅子族と共倒れになると考えたのは悪くもない作戦だったけれど結果的には失敗に終わった。


 ジャバーナの怒りの矛先は蛇族に向いている。

 可哀想に、とカジオは小さくつぶやいたのであった。


『これは……』


『くっ、血の臭いが酷いな』


 蛇族の中心都市に着いたドゥゼアたちが目撃したのは凄惨な状況だった。

 死屍累々と蛇族たちの死体が転がっている。


 そこら中に血が飛び散って、女子供関係なく生き絶えていた。

 濃い血の臭いがして獅子族たちは顔を歪めている。


『あちらで悲鳴が聞こえます!』


『行こう!』


 壁にめり込んだり頭が潰れていたり体が変な方向に曲がっていたりとジャバーナの圧倒的なパワーが随所から感じられる。

 都市の反対側の方から悲鳴が聞こえてきてドゥゼアたちは走った。


『た、たすけてください! この子は、この子だけは!』


 ジャバーナに立ち向かったのだろう、武装した蛇族の死体が積み重なっている。

 子供を守るように抱きかかえて壁際に追い詰められた蛇族は泣きそうな顔をしてジャバーナを見上げている。


 黒っぽい毛なので分かりにくいがジャバーナの全身からは返り血が滴っていた。


『ジャバーナ! やめるんだ!』


 蛇族憎しと言っても罪もない子供や母親に手を出すのはやってはいけない事である。

 駆けつけたマルヤが声をかけると蛇族に伸ばされてかけていた手が止まった。


『邪魔をするな……』


 地獄の底から響いてくるような声にマルヤですら一瞬引くような思いを抱かされる。


『ここで暴れてどうなる』


『復讐は何も生まないなどと戯言ならやめろ。ここで蛇族を根絶やしにすれば我々を出すような卑怯なものはいなくなる』


『……復讐するのは言わない。だがここにもうガラカンはいないのだろう? 倒すべきはガラカン、それに協力していると思われる人間だろう!』


 罪もない女子供を殺して回るのなら今回のことを画策した蛇族の族長ガラカンを追いかけるべきである。

 説得の方法としては正しいとドゥゼアも思う。


 ここで蛇族を一人残らず探し出して殺してもドゥゼアとしては別に構わないけれど優先すべきはさらわれたカジアである。

 このまま放っておけばジャバーナとしても最も憎い相手が生き延びることになってしまう。


『うううん!』


 ジャバーナが怒りを押し殺したような声を上げて拳を横殴りに振るった。

 へたり込んでいる蛇族の母親の頭スレスレのところにジャバーナの拳がめり込んだ。


『獅子族に感謝しろ。逃げろ、そして伝えろ。浅くて小狡い策略を練ることは構わんがその卑怯な手を使うことの代償を考えろとな。お前ら蛇族はこんな手ばかり使うからこうなったのだと、よく言い聞かせろ』


『わ、分かりました……』


『俺の気が変わらぬうちに早く行け』


 子供を抱えて蛇族の母親は走って逃げ出した。

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