予告編〖親愛なるピンクトパーズへ〗 ─並木通りの宝石研磨師は願いを叶える魔女らしい─
pico
Episode XX
お店のなかに足を踏みいれた瞬間、色とりどりのきらめきにおもわず息をのんだ。
「すごい……満天の、星の海みたい」
足を進めるたびに、まばゆいひかりが反射する。
ひかりのもととなる原石や宝石は、店内の棚やガラスケースに几帳面に並べられている。
「いらっしゃいませ。
シャーロット・コリンズさんの、娘さんですか?」
声をかけられて振りむくと、ほっそりと小柄な女のひとが立っていた。
「はい。えっと……ルーナ・コリンズです」
「お待ちしていました」
子どものあたしにも丁寧に対応するなんて、ちょっと変わった女のひとだ。
やわらかそうな茶色の髪に、宝石みたいなピンクの瞳。
このひとが、うわさのピンクトパーズらしい。
「お母さんがピンクトパーズに───じゃない。あなたに、手紙を書いたの?」
「ふふ、ピンクトパーズで構いませんよ」
笑顔のまま、ピンクトパーズはあたしを店のなかに案内する。
うながされて、あたしは椅子に座った。
「ルーナさんのお母様から、ご依頼のお手紙を受け取りました。
お返事をしたところ、ご自身がここに来られない代わりに、娘さんを……と」
「お母さんは、病気で外に出られないから」
「お手紙で、伺っています。今日はどなたかと一緒に来ましたか?」
「お父さんが、おとなりのパブで待っています」
「それなら安心です」
あたしは、お母さんから預かってきたものを差しだした。
ピンクトパーズは「拝見します」と受けとり、包んでいる布を丁寧にひらいた。
「これは───
片手におさまる、角ばった細長い石。ほんのりと青みがかった乳白色をしている。
きれいな石だとは思うけど、宝石だと言われてもピンとこない。
「お母さんが昔、おじいちゃんにもらったって」
「原石のまま保管されているのは、珍しいです。大切に保管されていたんですね」
ピンクトパーズは石をいろんな角度から覗きこんだり、光にあてたりした。
そして「よし」とつぶやいたかと思うと、作業場のようなところに座った。
「これからこの原石を、磨きます。1時間くらいで終わりますので、終わるまでお話をしながら過ごしましょう」
「は、はい」
ピンクトパーズは慣れたようすで、円盤のようなものを回しはじめた。
ぽたぽたと水滴が落ちるしくみになっていて、その円盤に原石を押しあてる。石が削られる音が、店内に響く。
(こんなにきれいなひとが、こんな仕事をするなんて……なんか、ふしぎ)
このお店のうわさは、聞いたことがある。
店主はじつは魔女で、ピンクトパーズと呼ばれていると。
ふしぎな力をもっていて、ピンクトパーズが磨いた宝石はみずから光を放つと。
そしてその宝石は、持つものの願いをかなえると―――
「お母さんは……手紙に、なんて書いていたの?」
「お母様の願いが、書かれていました」
ピンクトパーズに仕事の依頼をするには、手紙を書いて返事を待つしかない。
お母さんは手紙にどんな願いを書いたのか―――なんとなく想像がついてしまって、鼻の奥がつんと痛んだ。
「お母さんは、病気のことも……手紙に書いてた?」
ピンクトパーズは顔をあげ、憂いた表情でうなずいた。
「……はい。お手紙に、だいたいのことは。ルーナさんも、おつらいですね」
お母さんの元気なすがたは、一度も見たことがない。
あたしが10歳になるまで生きられるかどうかと言われていて、それがほんとうなら余命はもうすぐだ。
「あなたの磨く石は、願いを叶えると聞いたわ。その石で、お母さんの病気を治すことはできないの?」
あたしが言うと、ピンクトパーズはかなしそうに眉を下げた。
そしてひかえめに、「残念ながら……」とことばを続ける。
「願いを叶える力があるわけでは、ありません。祈りをこめているだけです」
「なにが違うの?」
「そうですね……
ルーナさんは、どんな時に緊張したり不安になったりしますか?」
ピンクトパーズの言葉に、あたしは必死に考えをめぐらせる。
「ひと前で……ダンスをするとき。たくさん練習をしていても、本番では不安になる」
「そういうとき、たとえば……お母様が見守っていてくれたら、少し勇気がわきませんか?」
「わく! きっと、ぜったい、緊張しないわ」
「ふふ、お母様の効果は絶大ね」
ピンクトパーズがふんわりと笑った。
はしゃぎすぎてしまったと気がついて、すこし恥ずかしくなる。
「わたしの磨く石は、そういうたぐいのものです。
だれかの応援がほしいとき。だれかに見守っていてほしいとき。あと一歩の勇気がほしいとき。
この石を持っていることで、ほんのすこし強くなれる……お守りのようなものです」
「それって、やっぱり魔法なんじゃないの?」
「魔法……ではなくて、わたしは人々の信じる心だと思っています」
ピンクトパーズのピンクの瞳が、きらりと光った気がした。
「……むずかしいわ」
「すみません。わたしもうまく、説明できないのです」
ピンクトパーズは肩をすくめると、作業を再開した。
そのあとはしずかに、ピンクトパーズの手もとを眺めて待つことにした。
(ほんとうに、魔法みたい)
ていねいに削られ、形がつくられてゆく原石。
よく見ると、おおまかな形ができたあとで、さらに削って表面に細かな面をいくつもつくっているのがわかる。
「この
「へぇ……ふしぎね」
さらに磨いてゆくと、表面の粗さがだんだんとれてきて、つやを帯びる。
そうするうちに、石がほのかな輝きをはなっていることに気がついた。
(石がひかるっていうのも、ほんとうだったんだ……)
ピンクトパーズは気に留めるようすもなく、最後の確認をしながらしあげに取りかかる。
やわらかそうな布で丁寧に拭きあげると、ピンクトパーズがこちらに向きなおる。
「お待たせいたしました」
その手に大切におさめられた、
つややかに磨かれた石はしずかな光をはなっていて、角度を変えるたびに宝石の奥の青がうつくしく輝く。
「すごい、素敵……! これが、さっきのあの石……!?」
「透明度が高く、美しいブルーを秘めたすばらしい原石でした」
月のひかりを閉じこめたみたいに、宝石の中であざやかな青がきらめく。
ただの石のようだった乳白色の原石が、ほんの1時間でここまですがたを変えるなんて。
「通常
「ファセットカットって……
「そうです。
ピンクトパーズは、
「……ルーナさん。あなたの未来が光り輝くようにと祈りながら、磨きました。
ぜひ、大切にしてくださいね」
ピンクトパーズのその言葉に、胸が痛くなった。
お母さんの願いは、想像していたとおりだった。
(自分のことを願えばいいのに。からだが良くなりますようにって……)
でもきっとお母さんはそうしないって、思ってた。
お母さんはいつだって、あたしやお父さんのことを気にかけてばかりいる。
「なにかあれば、ご相談ください。宝石のこと以外でも、お話を……するだけでも、かまいません」
あたしが目を潤ませたからか、ピンクトパーズはやさしく微笑んで言った。
涙をこらえながら、あたしはそっとうなずいた。
お母さんの願いとピンクトパーズの祈りがこめられた、
大切に両手につつんだその石からは、ほんのりと暖かさを感じるような気がした。
◇◇◇
ルーナさんを見送ったあと、わたしは『親愛なるピンクトパーズへ』という一文から始まる手紙を開いた。
手紙には、夫と一人娘がいること、病に侵され身体の自由がきかなくなっていることが書かれていた。
そして、いずれ遺してゆく娘が、かなしみに暮れることなく笑顔で生きてゆけますように……という願い。
(どうか……笑顔をうしなうことなく、生きてほしい)
いつかあの
祈ることしかできないもどかしさを押しこめて、わたしは大きく息を吸った。
「かわいいお客様だったな」
「ジェミニ」
ルーナさんと入れ違いに店に入ってきたのは、夫のジェミニだった。
わたしを抱き寄せ、そっと唇を重ねてくる。
「すみません、原石の持ち込みの依頼は断るように言われていたのに」
「たまには構わないさ。この店を任せるかぎり、私は君の意思を尊重すると言ったろ」
「……ジェミニはわたしに、甘すぎるわ」
「愛する女性を甘やかして、なにが悪い」
そう言ってジェミニは、ふたたびわたしに口づけた。
甘く幸せな感情が、わたしを満たしてゆく。
きっとこれは、ジェミニなりの励ましなんだろう。
手紙には依頼主の、願いがこめられている。
しあわせな願いもあれば、今日のようにせつない気持ちになる願いもある。
「ひと段落したなら、お茶でもどうだ?」
「ふふ、ジェミニの目的は、お茶うけの砂糖菓子のほうでしょ」
「ははっ、そのとおりだ。付き合ってくれ」
それでもわたしは、自分が選んだこの仕事が、好きだ。
ひとと、石と向きあうこと。そして大切な家族と過ごす時間を、なによりの生きがいに感じている。
これは、わたしの結婚と、魔法と、宝石をめぐる物語。
あたたかくてやわらかい、大切な日々の物語―――
Episode XX
Fin.
お読み頂き、ありがとうございます。
本編の公開まで、もうしばらくお待ちくださいませ...𓂃✍︎𓈒˖°⌖💎
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