誘拐少女と探偵 - 7

 翌日、僕は紅坂さんの運転する車に乗っていた。


 仕事兼プライベート用だというその車は、僕には何の車種かもわからなかったが、小型で全体的に丸みを帯びた茶色をしていた。紅坂さんは「どうよ。かっこよくない?」と自慢げに言っていたが、どちらかというとかわいいという印象だった。


 高速道路に乗って一時間ほど経っただろうか。紅坂さんはマンションが並ぶ住宅街の一角で車を止めた。「少し待ってて」と言い残すと、僕を置いてどこかへ姿を消してしまった。


 ここに着くまでの間、ゼンマイから読み取ったという情報について話してくれず、僕はもやもやとした気持ちを抱え続けていたのだが、ここまで来たからには紅坂さんが話しを切り出してくれるのを待とうと考え、僕の方からは聞かずにいた。


 紅坂さんは三十分足らずで戻ってきた。運転席に戻るなり、「じゃじゃーん」とある物を見せてきた。


「それは……鍵ですか?」


 言葉が疑問形になってしまうのは仕方がない。紅坂さんが持っているそれは、確かに鍵の形状をしているのだが、持ち手の部分がゲームセンターのコインだった。


「いまからゼンマイから読み取ったマンションの一室に向かいます。これはその鍵なのです」


 僕は絶句した。あきらかに偽造した鍵を使って彼女がいったい何をしようとしているのか。嫌な想像が頭をよぎる。


「まさか、不法侵入するんですか?」

「少し家の中を覗かせてもらうだけだよ。君が持っていたゼンマイの記憶から探し当てた場所なんだから、真雪くんの記憶の手掛かりがある可能性は十分にあるでしょ」

「別に僕は記憶を取り戻したいわけではありません」

「君はあたしに『幸せになりたい』って依頼をしたけれど、肝心な『幸せ』の定義を聞いても答えてくれないじゃない」

「それは申し訳なく思ってます。はっきりとした答えが自分の中にあるようには感じるんですけど、それがどうしても出てこなくて」

「あたしはさ、その答えが君の記憶にあると踏んでるの。だからこれは君の依頼を遂行するために必要な工程ってわけ」

「だからって人の家に忍び込むのは間違ってます。僕が住んでいた家であれば結果オーライかもしれませんが、何の関係もない人の家だったらどうするんですか。もっと情報を集めてからにするべきです」

「無駄に時間を喰うから、まどろっこしいやり方は嫌いなんだよ。大丈夫。家族が住んでいるみたいだけど、ここ数週間帰ってきていないことまではわかっているから。もしかすると、帰ってこない家族こそが真雪くんのことかもしれないしさ。それも行ってみればわかるでしょ」

「そうかもしれませんけど……」

「真雪くんは考えすぎだよ。頭の中でいくら考えたって現実は何も変わらないよ。行動することこそが未来を切り開く唯一の方法だと上司としてアドバイスしておくよ」


 まったく納得はできなかったが、すぐに走り出した車と同じく、紅坂さんを止めることはできないことは目に見えていた。


 僕は助手席で頭を抱え、もうどうにでもなれという気持ちで流れに身を任せるしかないと悟った。

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